第四章׳אי:俺と一緒に死ねばいい
――銃声!
銃声、銃声、銃声!
どんどん聞こえてくる銃声に、俺達はペースを速めていた。
「さっきより銃のペース速くなってねえか! しかもさっきよりはガバガバだけど、まだ俺達追えてるぞ」
「知らないちゃんよそんなの!! 大体、アンリちゃん位の天才だったらこんなの当たり前ちゃんなんじゃないかな」
俺達は共に慌て、走りながら言葉を交える。
正直、それは効率が悪いことは分かっていた。だが俺は気になったことを口に出してしまうのだ。
というか、天才!? アンリって天才なのか?
「うん、ルイちゃんは、本当に、何も、知らないんだね」
アニーは息を荒らげながら、言葉を続ける。そろそろ疲れてきたらしい。
鵺みたい。でも、鵺じゃないんだよね……。
アニーは小声でそう言うのを俺は聞き逃さない。
「でも、まあ、アンリちゃんって言えば、昔は、魔王になる前は、世界で最強って、言われてた魔術師だったし、私ちゃんも、記憶こそないけど、彼ちゃんに教わったって聞いてるよ」
世界最強の魔術師……。
道理で闇堕ちする訳だ。そんなキャラは普通そうなる……ってイメージあるもんな。
俺はそう考えるが、そろそろ俺も疲れてきたらしく、そこまで思考が回らない。真夜中であるということもあるだろう。
「ふふふふふ、ははははは!! 莫迦が。素直に先程死んでおけば良かったものを……まさか俺に俺の故郷を汚せというのか?」
は! アニーはそのアンリの言葉に反応する。
「やっぱりアンリちゃんはまだ体力を、十分に残してた! 多分これから大規模な魔法を、使うつもりだよ!!」
大規模な魔法!? 何だそりゃ。
俺の問いにアニーは答える。
「アンリちゃんの演算能力を、用いれば、私ちゃんが、不可能だ、って言ってた、ことだって、出来ちゃう、んだよ」
俺はその時、アニーの言葉とは違うところに注目していた。
アニーのこの息継ぎの回数、多量の汗、その他から推察しても……。
アニーの体力は、そろそろ限界だ。
「おい、アニー。そしてそこの青年。これより俺は、この森を焦土と化す。炎で死ぬのは辛いだろう、俺の前に出てこい」
その声が聞こえた、そう感じたと共にアンリは何か詠唱を始め、森全ての木々の枝に火がつけられた。
いや、つけられたという表現はおかしいだろう。急に全ての木の枝の先端に、火がついた。そう、何も手を付けてないのに火がついたのだ。
――これが、魔法なのだろう。
「……ルイちゃん。私ちゃんをアンリちゃんの元に行かせて」
急にアニーが立ち止まって、そう言いだした。
確かに、これ程大きい山で、木が無い場所はここからすぐ近くには無いかもしれない。
だが、その言葉は信じられなかった。
俺は思わず叫んでしまう。
「何言ってんだよ!? 正気か」
「正気だよ。しかも、死ぬ気ちゃんなんて更々無い」
「それじゃあ、何で行くんだよ」
「……アンリちゃんを倒しに行く」
それこそ正気を疑った。
ミシュリーヌを瞬殺し、ロランを倒し、森全ての木々の枝に炎を宿したあのアンリを、アニーは倒せるのか。
結論は、やる前から出ている。無理だ。
そんな事無理に決まっているのだ。
確かにアニーは強い。アニーは俺より強いが、それでも転移初日、二日目を見れば分かる。アンリには勝てない。
幸い、アンリは動かずにいるっぽい。俺の五感がそう言っている。だったら――。
「やめろよ」
俺はアンリの声の方へ行こうとするアニーを止める。
それは自殺行為だ。誰が見たって。
「……何でよ、何で私ちゃんは、私は死んじゃいけないの!? ルイちゃんは、ルイは私を捨てれば生きられるのに!!」
俺は、そのアンリの瞳を見た。
また涙が浮かんでいた。
そうか、お前はミシュリーヌ達の元に行きたいのか……。俺はその時、瞬時に悟った。
「大体、鵺じゃなければ貴方は何なの? 私の弟子? いいや違う。貴方は私の何でもない。ただの通りすがりだ!!」
アニーは続ける。
「大体、グレゴワール達が生きているって保証もない。もし彼らと合流できなかったら……私はこれからどうすればいいの」
そして泣き出した。
それでも俺は、行こうとする手を止め続ける。
本当に、何でこの時アンリは俺達を攻撃しなかったのだろう。
「……通りすがりに、よくもまあここまでしてくれたね」
不意に、俺は答えていた。
柄でもない、そんな発言をしていた。
俺だったら、その続きの言葉に恐れてアニーに従う気がするのに……。
ああ、そうか。俺は今色々見てしまって、変になっているんだ。
でも、不思議とそれは心地よかった。
「大体お前、通りすがりに魔法を教えてくれたり、色々教えてくれたり、そんな優しいのに何で最後だけ俺に冷たいんだ? 俺に一生の傷を一人で背負わせることを強要するんだからさ」
まあでもはっきり言って、俺は先程ミシュリーヌが殺されたところを回想しても、今はもう何も感じなかった。
それ程俺は冷たく、狂っているのかと、気付いてしまっていた。
そしてそれが、俺の心を傷つけていたのだ。
「べつに……やさしくなんかっ」
「いいや、優しい」
少しの無言の時間に入る。
「…………それじゃあ、私はどうすればいいの??」
アニーは俺に問いかける。
その答えを、俺は考えていなかった。だが、口が勝手に動いていた。
「俺と一緒に死ねばいい」
これは、俺が知っているゲームの主人公の台詞だろうか。
いや違う。俺はそんな台詞なんて、知らなかった。




