第四章׳י:銃声
夜は更けてきた。時計は見てないが、大体十一時……というところだろうか。
俺はアニーを抱えて、歩いている。これがお姫様抱っこという奴だろうか。だったら、アニーはお姫様なのである。
歩いている……というところから分かる通り、俺はもう疲れている。全く、引き籠りなんかしてなくてもう少し持久力をつけていれば、こんなことにはならなかったんだろうな。
いや……それでもアニーを抱えてここまで逃げたのは凄いと言わせてくれ。
体重はざっと、この重さから三十キロってところだろう。俺はゲームをやりながら引き籠っていただけなのに、こんなにも持ちこたえられたのだ。結構頑張ったと思えるだろう。いや、思ってくれ。
まあ近所のお爺ちゃんに誘われて月に何度か、筋トレさせられていた気もするが。
「もう……もう逃げないし、立ち止まったりしないから……。下ろしちゃってもいいよ」
アニーがそう言う。そういえばさっきから「ちゃん」付けしてないな、と俺は今はどうでもいいことに気付く。
俺の胸元が濡れている……さっきからアニーが何かしていると思ったが、泣いていたらしい。
俺なんて泣いている暇も、怖がっている暇もないのにな。
――なんて皮肉を言っていても仕方がない。俺は答える。
「いや、まだ心配だ」
アンリから距離は離せただろうか。どうやらなぜか幸いなことに、アニーはゆっくりと追っているらしい。そう、そのアンリと見られる人影は俺を追っている。グレゴワールとマチルダは助かったのだろうか。
……うわ、何か変なものを踏んだ。虫か? 気色悪い。
時刻は完全に深夜、足元は全く見えないのである。
「ダメ。流石にルイちゃんも疲れているでしょ。もう気は強く持てたから大丈夫ちゃんだよ。お願い、下ろして」
「ちゃん」付けが戻ってきた。少しアニーの精神状態は回復してきたらしい。
だったらここは、言葉に甘えるとしよう。
「しゃあねえな」
と言いながら俺は下ろす。
勿論、辺りに何もいないことを確認してから。
「――それじゃあ、ちょっと立ち止まってて辺りを警戒していてくれ。俺はその間に、ライトを取り出す」
「ライトちゃん?」
「ああ、電池が切れているかどうかは知らないがどうにか見つけるつもりだ。幸い、アンリは来てないみたいだし」
「ふうん。というかルイちゃん、ここまでよく噛まずに言えたね」
あ、本当だ。
俺は少しの間に進捗を遂げたコミュ力(?)に喜ぶのであった。
さて、ライトライトと……。
そう探し始めると、まず最初に取り出されたのがメモ帳だった。あれ? こんなの持ってたっけ。
俺は不思議に思いながらメモ帳をレジ袋の端に寄せ、またライトを探す。
……見つけた。
よし、取り敢えずはこれで――。
バッ!
「避けて!!」
何か変な音が鳴り、アニーはいきなり慌てて俺を押す。
その勢いは、人外の強さだった。
「うわ!!」
俺は反応より先に、悲鳴のような何かをあげる。
何が起きたか、俺には分からないのだ。
「おい、今何が」
そう言いかけた時気付く。これは、火薬の匂いだ!
もしかして今アニーが俺に避けさせたのは……銃?
「……アニー!? 大丈夫か」
やっと状況を把握して、アニーを見る。
アニーのお陰で俺がさっきまでいたところと距離は人二人分ぐらい離れているが、アニーは撃たれてないか、それを確認したかった。
「――御免ちゃん、風属性ちゃんで咄嗟に動いたけど。ギリギリ背中ちゃんを少し撃たれた」
やっぱりさっきの勢い、風属性だったらしい。
ふう。ひとまず安心だ。
…………。
え? 何が安心なんだよ!?
バンッ!!
「うわっ!」
――さっきの変な音は恐らくこの音であったのだろう。確信と共に、銃声が聞こえてくる。
俺は咄嗟に適当に避ける。運よく地面に倒れていたアニーは当たらなかったが、俺はギリギリ当たりそうになった。だが、俺も運よく当たらなく終わった。
「ヤバいな、明らかに俺たちを狙った銃弾だ。アニー、音を少し立てないでくれ」
二回目が少し遅かったことから装填時間が必要と考え、俺は一回敵の位置を突き止めるために五感、特に聴覚を出来るだけ研ぎ澄まさせる。
暫く出番が無かったとは思うが、俺は五感が鋭い方なのだ。
バンッ!
次の銃弾がくる。俺はまたしても勘で避ける。
運よく、俺たちにまた当たらなかった。
「それにしては……おかしくないか?」
俺は思いついた疑問を、アニーに投げかける。
「ここまで暗い真夜中だ。でもそこまで相手は外してない。何でここまでちゃんと当てられる?」
「別に、そんな魔法ちゃんは無いと思うけど……」と、アニーは暫く考える。アニーが考えている間、俺は相手場所を考えた。
俺たちを襲っていることから、恐らく相手はアンリ――。彼の場所はどこか、それを知りたいのだ。
「そうか、監視カメラちゃんだよ!!」
……え? そんなものがこの世界にも合って良いのか??
俺は言葉に出してしまった。
「いや、その意味ちゃんは少し分からないけど、ここには監視カメラがある。相手ちゃんはここら辺の地理にも詳しい。そのデータちゃんをどうしてか見て、銃の向きちゃんを決めている」
「なにそれ天才かよ。だったら、ここから離れなきゃいけないってことか?」
多分ね。
アニーは告げる。
――銃声。
咄嗟に判断したアニーは俺を倒して避けさせた。
「取り敢えずここちゃんから離れよう。基本的には監視カメラちゃんでこの山は監視されちゃっているから。そこを出来るだけ避けるようにね」
だったら、案内させてくれ。
俺はアニーの手を取り、案内通りに木々の中を駆けだした。




