第四章׳ח:涙と赤と……
眺めていると、ミシュリーヌの声が聞こえる。
よく聞くと、それはこういうものだった。
「夕飯できたから、アニー。皆を呼んできて!」
アニーはそれを聴く。
そして暫く考え、俺に話し掛けた。
「ルイちゃん、ちょっと付いてきてくれる? 魔法ちゃんの勉強を兼ねて」
俺は考える。
一瞬了承しそうになったが、ここは慎重に答えるべきだ。
「魔法ちゃんの勉強も兼ねて」が気になるのだ。嫌な予感を覚えるのだ。
だが、俺はここで頷くことにした。
「おっけー、じゃあちょっと風属性ちゃんを使って」
あ、やっぱりそうか。
「私ちゃんに付いてきて!」
そのアニーの声が聞こえるか否か、俺たちはダッシュで川に向かっていた。
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その道中、アニーは俺に訊いてきた。
「ねえ、ルイちゃんは今、何を思ってる?」
「――何で?」
「いいから答えて」
何か真剣な質問の気がする。
今、何を思っているか。そう訊いたよな。
実際、俺は今何も思ってなかったのだが、これは言葉を選ばなければなるまい。
「……良い夕日だったな、何て」
その苦渋の選択で選ばれたのはこの台詞だった。
アニーはちょっと変に感じたようで、
「他には?」
等更に訊いてくる。
俺はまた悩む。
だが、俺はその前に自分にもう体力の余裕がないことに気付いた。
「うわ!」
そして転ぶ。
山道をコロコロと。
「大丈夫ちゃん!?」
アニーはその俺を捕まえて、自分も移動を中断する。
相変わらずの心配の言葉に、俺は笑みが零れる。
何で、笑うのか。
そう訊かれた気がしたが、俺もそれは分からなかった。
「でもアニー。俺は今、何も考えてないよ。ただ、何か嫌な予感を覚えているだけだ」
――嫌な予感。
それは決して、大きいものではなかった。
だがそれは、不思議と気になったのだ。
「……今日、ルイちゃんと一緒に居て、何か印象ちゃんと違って吃驚した。もっと無表情で無頓着、そして怖い人ちゃんだと思ってたのに、実際は普通の人間で」
アニーが何を言っているか分からない。
それは俺の事を指しているようで、他の人を指している気がした。
「だからさ。ルイちゃんを、信用していい?」
信用して、いい?
そう言われて、俺はより自分が何を言われているのか分からなくなる。
でもそれと共に、アニーの声がどこか柔らかくなったように感じた。
いや、これは柔らかくなったというより……。
「あの、さ。私、貴方を、警戒した方が、良いって……言われて。ずっと、警戒……してたけどさ」
アニーは、俺を抱えながら泣いていた。
なぜだろう。なぜ泣いているのだろう。
なぜ俺の胸の中で、泣いているのだろう。
「もう、出来ないよ。私は、その、一日でこれだけ仲良くなった友達を、警戒しろだなんて、お母さんのこともあったのに」
俺は思わずそんなアニーを優しく抱擁してしまう。
こんなこと俺がしちゃっていいのだろうか、と考えながら。
でも少しでも、俺が知らない彼女のストレスを和らげるためにはこうしなければ、と考えたのだ。
――――――――。
……………。
アニーは泣き止んだ。
そして俺の体から離れた。
「御免、少し取り乱した。さっき悲しい知らせが入ってきて、泣かなかったから。ここで泣いちゃった」
ああ、別に大丈夫。
俺は答えた。
アニーは彼女なりに、苦しいところがあるのだろう。それを発散できたなら、良かったのではないだろうか。
そう思えて、気にならなくなったのだ。
さて、それでは漸く俺は気になったことが言えるらしい。
「なあアニー。別に『ちゃん』付けしなくても話せるんだな」
そう言う俺を、アニーはぶっ叩く。
痛い。
「いや、べ、別に癖で『ちゃん』付けちゃん をしちゃう訳でね……。素に戻ると、その、あのね!」
まあいい。アニーはそういう人物である、と考えておこう。
俺はそれを微笑ましく思いつつも、さっき欲情しなかったことから俺はロリコンでない証明が出来たため、一先ず安心したのであった。
「そういえばさ、アニー。グレゴワールを探しているんだよな」
ここで俺は、話を戻す。
そう、俺たちは未だに洗濯をしているグレゴワールを呼びに来たという目的があるのだ。
「あ、そうちゃんだけど」
「……その表現紛らわしいな。人物名何だかただの相槌なのか分からん!」
「――そうだけど!!」
さて、アニーを揶揄うのもそれ位にして、そのグレゴワールの居場所である。
すっかり日が暮れ、薄気味悪くなったこの森の中に、人影が一つ。
「あの人影じゃない?」
俺はそれを指さす。
そうだ、あの体格からしてどう見てもあれは、グレゴワールのようだ。
実際、その人影は喋り出した。
「ふふふ。いつから気付いておったんじゃ?」
「今だよ。お前こそ、いつからそこに居た?」
「……教えられんのう」
その反応。――どうやら、アニーが泣いているところも見たらしい。
「まあいいか。それじゃあアニー、早く帰ろう。皆が待ってる」
「え、あ、うん」
まあこうして、俺たちはまたミシュリーヌ達の拠点に戻るのである。
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「いただきま~~す!!」
そして夕飯。
ホカホカのご飯やおかず。
それらを囲炉裏の周りで食す。何と気持ちの良いことだろうか。
「どうですか? 皆さん」
「美味しいです!!」
ミシュリーヌの質問に、今度は俺が最初に答える。
「お? この肉、そろそろ食べごろじゃよ?」
グレゴワールは、その囲炉裏の中心部で焼かれている肉を箸で示す。
そう、今バーベキューのようなことをしているのだ。
「じゃあ僕が食べるよ」
ロランが箸を出して、それを取る。
マチルダはその隣で無言でその隣の肉を取る。
「マチルダちゃん。それ私ちゃんのもの!!」
そんなマチルダに抗議するアニー。正しく子供の様であった。
「グレゴワールさん。めっちゃ微笑ましいですね」
俺は思わずグレゴワールに話し掛ける。
だがグレゴワールは、頷くだけで答えなかった。
「ところで……」
そんな俺に、話し掛けたのがミシュリーヌである。
「何ですか?」
俺は訊く。
そんなミシュリーヌの質問は、意外な、そして定番になりつつある質問だった。
「貴方って、鵺ですか?」
………………。
…………。
……。
「へ?」
俺は、箸を落とす。
箸は転がり、囲炉裏の灰の中へ。
すっかり汚れてしまった。あの箸はあとで洗わなければ使えないだろう。
不意にどうでもいいことを観察してしまう。
俺は再び、彼女を見た。
そして思った。
また、鵺か。
だが次の瞬間起きたことは、誰も予想がつかないと思う。
そう、次に俺が目にしたのは。
肉片と血だった。




