第三章׳י:想い出は霄高く
――『雷』!!
あの日、雷が見えると共に、雷鳴が響いていた。
「いい夜だ」と彼は言って、私はそんな彼に引っ付いて雷に怯えていたような……そんな記憶がある。
――『炎』!!
キャンプに行ったとき、綺麗な炎を見ながらミシュリーヌとどっちが炎を多く出せるか対決をした。
勿論ミシュリーヌの方が多かったけれど、ミシュリーヌはそれに対して威張らず「今度練習一緒にしようか」と誘ってくれた、そんな記憶もある。
――『風』!!
私が風を勉強しようとした理由は、やっぱり強そうだったからだった。
まあ実際強かったけど、それだけ難しかったな。何度マチルダに勉強を教えてもらったか……。懷かしい。
――『闇』!!
グレゴワールと夜道を散歩したこともあった。綺麗な月を見ながら確か彼は教えてくれた。
「月にお月様はいないんだよ」と。そんなの知ってる! って私は言った。
――『光』!!
まだH-2ダンジョンに行っていたころ。私が一番仲良かったのはやっぱりロランだった。
特に恋とかもしてなかったけど、一緒に電灯作ったり、色々したのを覚えている。
――『氷』!!
H-5ダンジョン。氷の中で一番活躍したのは、存外私だった。
私は昔から寒いことに耐性あったからな。まあでも私運悪いからびしょ濡れになるんだけど。
――『無』!!
そんな私の何が足りないか。そんなこと訊かれるとやはり一番思うのは現実だったと思う。
もう、私は幸せすぎたのだ。
お嬢様並み、いやそれ以上と言ってもいい。
私は、幸せ過ぎた。
――『復』!!
……なんか急に眠くなってきたな。戦闘中だけど、ここで私は寝るとします。
ー ー ー ー ー ー ー ー
「……アニー。朝だよ」
気が付いたこの場所は、暖かいベッドの中だった。
何ともここは良い場所です。ミシュリーヌに起こされて、意識が回復しても寝たふりをしたくなる良い場所だ。
「アニー!!」
「ああ、おはようちゃん。ミシュリーヌちゃん」
仕方がない。起きるとしますか。
ここまで激しく起こされてはたまったもんじゃないし。
――目覚まし時計。
――本に、その他色々のもの。うん、今日も普通の枕元だ。
私はそれを確認すると、ミシュリーヌに連れられて食堂に行く。
「おはようです、アニー」
端っこのPCにはマチルダが、窓から中が見える隣の部屋にはグレゴワールが、そして席にはロランとミシュリーヌ。どうやら今日は勢揃いらしい。
というかあれ? ロラン??
少々疑問にも思ったが、それは夢だということにしておこう。
え? 今流れているこの朝が夢?? はは、そんな訳ない。
だってこんなにも気持ちのいい朝が夢であるはずが、ないんだから。
「おはよう、皆」
そんな部屋に入ってくる者。そう、ルイだ。本物のルイだ。
先程すっかり勢揃いと言ってしまったが、彼の存在を忘れていた。うん、これで勢揃いだ。
「おはようございます、ルイ」
「あ、おはようです。ルイ」
ミシュリーヌにマチルダが、挨拶をする。
そしてロランもそれに続けて挨拶をした。
「おはよ。ルイ」
「あ、ああ。おはよう、ロラン」
相変わらず彼らは誠に仲がよさそうである。
そう落ち着いて見ていると、ルイは今度私の方向を見てきた。
ドキッ!
私の心臓は少し速度を上げ、体温もまあまあ上がっていくのを感じる。
……えーと、一応言うけどこれは決して、けっっして恋じゃないよ??
うん、男性と関わる経験が少ないから、それだけなんだから!
決して、決して恋じゃ……。
いつの間にか私は私に言い訳をする。
私はそれに飽きれる余裕もなく、ただ唾を飲み込んだ。
「おはよう。アニー」
するとルイは、そう挨拶してくる。
え、うん。おっはよー!!
そう言いたいが、なぜか次に私が発した言葉は、理想とは大分かけ離れたものだった。
「あ、えっと、おはよう、ルイ。ピーマン食べる?」
そうやって思わず自分用に差し出されたピーマンをルイに差し出してしまう。
あ。
あーーーーーー!!
ここで私は顔を真っ赤にしながら自身の過ちに気付いたのであった。
っていうか
何でピーマンなんやねん!!
ふつうそこはもっと、もーーーーーーーーと違うものでしょ!!
野菜とか差し出すとかマジでナイワガラの滝だよ。じゃなくてナイアガラの滝だよ。
もう恥ずかしくて死にたひ。
そう思いながら私はルイを見る。
ルイは戸惑いながら、そしてこう言っていた。
「あ、有難う」
パクっと私のピーマンが食べられる。
ルイはそれから「美味しい」と口にする。
……なんか変な感覚を私は覚えてしまう。
そう、なんか、その。
「はい! アニーはそんな感じで自分の嫌いなものを人に押し付けるのをやめよう!!」
ミシュリーヌがその場を乱すように私に向かって叫ぶ。
リナリアの花がその振動でまた一枚散った。
「あーー!! うん、わかってるよ。それ位分かってるよーーーーーー! わざわざ叫ばなくてもいいじゃん」
そう言いながら叫ぶのは私である。
「皆!! 儂を忘れんでくれ!」
「ちょっと、煩いのでボクとしては静かにして頂けると!」
「とにかく!! 皆、食べよう」
そして話にグレゴワール、マチルダ、ロランまでもが入り、話は混沌に。
遂には近所迷惑な音量までいった。
……全く。こんな内容の薄いことでそんな議論しないでほしいものだ。とても恥ずかしくなってくる。
そうは思いながらも、私もそのボリュームを出して議論する。
結局、楽しいのだ。
ー ー ー ー ー ー ー ー
……気が付くとそこは、先程アンリと戦闘したところから数メートル離れた山の中だった。
どうやら今まで夢を見ていたらしい。
それを気付いた瞬間、私にはまた枯れたはずの涙が出てくる。
アンリはどうしたのか。
あれから私は何をしていたのか。
そんなのはどうでもいい。
私は幸せ過ぎた? いやそうではあっても、だから幸せじゃない方を望むなんて間違っている。
「ここは……どこなんだろう」
不安と共に、私は泣いた。
そして私は泣いた。
もう、こんな狂ったところなんか消えてほしい、と。
その時のそこは妙に静かだった。
いや正しく、嵐の前の静けさだった。
というか、
嵐の前の静けさとは、よく言ったものだ。




