第三章׳ט:重いもの
山道――。
木陰を通って涼みながら、夏を改めて実感する。
「大丈夫か? お前。ボーっとして」
ボーっとしていた?
ちょっと戸惑いながら、私は答える。
「いや、夏ちゃんが来たなぁって」
「え? 誰か来たのか??」
あ、いや夏ちゃんは名前ちゃんじゃなくて季節ちゃんのことだよ。
私は慌てて訂正する。
アンリは既に分かったような反応で、ただ愛想笑いを浮かべていた。
「そーかそーか。そうだよな~~」
そんなアンリを見て、私もつい笑ってしまう。
いわゆる、貰い笑いというやつだ。多分。
まあ何で笑ったかは分からないけど。
「ふふ、ところでアンリちゃん。グレゴワールちゃんは知ってる? どこにいるか知っていたら教えてほしいんだけど」
ここで私は口が滑る。
いや、滑るという表現はおかしいかもしれない。
とにかく勝手に口が動いたのだ。
だから今、私もその言葉に驚いていた。
「え? 彼の場所知っているが、どうした?」
一方アンリも、少し驚いた顔で私を見ていた。
なるほど、やはり。
思うとともに、私は何でそのことについて訊いたのかを考えてみた。
まあそんなこと、二重人格でもなければ何でもないんだからすぐに分かったんだがね。
そう、私はそういえばミシュリーヌ達を探すためにわざわざI-8ダンジョンに行ったのだ。
ミシュリーヌを見つけた今、次に探すのはグレゴワール。だから今こうして訊いているのである。
でもなぁ。それでも何か違和感を覚える。
……うん。彼らがいると思われていたあのダンジョンを抜けて、手がかりが無さそうなこの場所で訊いている点だ。
どうも不思議である。
「って、知っているんですか!?」
ここで私はアンリの言葉に驚く。
そうだ、ここは手がかりが無さそうに見えていたのだが、どうやらあったらしいのだ。
「ああ、先程行きつけのフレンチレストランで見かけた。面白い男の子と一緒にな」
――そうか、あそこか。
私は一つだけそのレストランに心当たりがあった。
今日皆で行こうと言っていたあのレストランだ。
「面白い男の子」というのは分からないが、まあそこに行けば何とかなるだろう。
ってあれ?
「私ちゃんがさっき頂いたちゃんのあのレストランちゃんだけじゃなく、あそこちゃんもアンリちゃんは行ったんですか?」
「ああ、あそこで食べてきて、ここで働いている」
……なんか奇妙な行動をしているな。
それもそうだ、飲食店の店員って普通そこで昼をとる。そういうイメージがあるからね。
逆にそれ以外の人がいたことに今私は飽きれているくらいだ。
「ま、まあそこちゃんでいつ会ったか、そしてどっち方面ちゃんに行ったか分かります?」
とにかく次の質問だ。
これが無ければ始まらない。
よし、これを訊いたらすぐに移動するぞ!
……。
しかしそれから暫く間が空く。
と思った瞬間に私に返ってきたのは、意外な言葉だった。
「……ふうん。それを知りたいか? だったらこっちも教えてくれ」
なぜか急な交換条件。しかも中途半端なところでの、である。
これがどこで会ったか、そこでそう言えばいいのに、アンリはここで言ったのだ。
だったら、仕方ない。面倒くさいことになる前に、教えることを断って、フレンチレストランに向かうか。
私はそう思っていたのだが、アンリはこう続けたのだ。
「なぜ、ロランを殺した?」
――――刹那、私は攻撃に移ろうと剣を出す。
そしてそれから一秒も経たずに、私とアンリの剣の刃はぶつかっていた。
そうだ。
アンリは見ていたのだ。
私がロランを殺してしまった、あの場所を。そして瞬間を。
まあ正確に言うと私ではなく、黒い竜巻なのだが、それも傍から見ると私だろう。
現にアンリは、私が殺したと判別しているのだろうから。
「なぜ、教える必要があるの?」
私は訊く。
出来るだけ、あの時のことを思い出さないようにしながら。
それに対し、アンリは答える。
「……気になるからだな。あくまで、風紀委員会の顧問教師としてな」
……へ?
いや意味が分からない。
たかが学校の風紀委員会の顧問の先生が? 警察みたいな仕事をする?
そんなのおかしいよ。
私はそれを言葉にする。
「まさしくそれは偽善ちゃんだと思うよ。よく分からないけど、たかが風紀委員会の顧問の先生が警察みたいなことするって!」
そう返ってくるとは思っていたが、まさかそんな顔で言われるとは思いもしなかったよ。
アンリはそれに対し、言った。
今、私はどんな顔をしているだろうか?
涙目? 寂しそう? 強がってる?
いや違う。
涙はもう枯れた。
もう精神も不安定じゃない。
その上プライドは捨てた。
だから、そんな顔じゃない。
それは分かるのだが、それ以上は分からなかった。
「ふふふ」
急に笑いがこみ上げてくる。
何がおかしいか分からないけど、とにかく笑いがこみ上げてきた。
もう、私の行為はおかしい。
ここは素直にアンリに従って殺人を犯したことを認めるのが正しい。
それが分かっているのに、私が目撃者のアンリを殺そうとしている。
そこが何とも笑えたのかもしれない。
そうだ。
私は自分を嘲笑している。
「ふはははは! でもアンリちゃん、御免。知られたからには生かしてはおけない」
なぜか。
そう、なぜか私は今、勝てる気しかしなかった。
それは何か今まで大事にしていた重たいものを、捨てられたからかもしれない。
それは自分の体が、軽かったからかもしれない。
とにかく私は、一旦アンリから距離をとり、次の自分の行動を考えた。
「ねえアンリちゃん。幸せってなんだっけ?」
不意に、そんな質問が浮かんでくる。
訊かれたアンリは気を抜こうともせず、ただ構えを取りながら答えた。
「さあな。重いものじゃ、ないのか?」
この時どちらもその質問について、深く考えていなかったと思う。
だけどその質問は重要だった。
なぜならなぜかその質問がアンリによって答えられた後、
私は意識を失うくらいの勢いで、アンリに戦闘を挑んだから。




