序章׳ד:ゼロからだが。
目が覚めると、そこは見知らぬ天井だった。
見知らぬ床に、見知らぬ布団、その上見知らぬ間取りと見知らぬ四拍子……。
――ではなく見知らぬボールが飛んでくると見知らぬ五拍子だ。
っていうか……。
「痛っ!」
俺は思わず頭をおさえ起き上がり、辺りを見回す。
洋風建築の内装に敷布団……とてつもなく似合わない組み合わせ。そしてその敷布団に寝転がっていた自分を見ていると、何だか笑える。
しかしこれが普通なのだろう。ボールを取りに来た少年も俺を見て、違和感なさそうにお辞儀だけして、あちらへ急いで行った。
あくびが、出る。
俺は大きく息を吸い、脳に酸素を送った。
「あ、起きたんですか?」
声がした。
どうやらその小さなあくびの音が聞こえたらしい。
引き戸が開き、外から緑髪の美少女が入ってくる。恐らく彼女がその声の主であろう。
髪は三つ編み。服装は如何にも冒険者という感じで緑と茶の縞模様の鎧を着けているが、どうやらその下に普段着を重ね着しているように見える。そして腰部から先にはスカートを着用。それはもう美しく整っている茶色のスカートである、いや? 袴か??
年齢は……十六歳、というところであろうか。
まあそんな彼女は丁寧に俺の枕元に座り、優しく話しかけてきた。
「大丈夫ですか? 結構な熱でしたけれど」
熱……?
意外な事実に俺は驚く。
今は勿論、倒れる前だって熱など無かったはずだからだ。
しかしそれも不審ではあったが、それ以上に不審な物体が次の瞬間、俺の目の前に投入される。
「おっはよーちゃ~~ん!」
ボールが飛んできた方角、つまり家の玄関の方向から彼女は現われた。
この勢い……彼女はこの間の戸がもし閉まっていたら、破壊するつもりだったであろう。
桃色。と言っても良い程の色をした髪のツインテール。黒みがかった緑の眼。そして左頭部には花の髪飾りを付け、服装はベージュの防寒着みたいな姿の幼女……とまでではないが明らかに俺、そして緑色の彼女より三つから四つ位年下の彼女いややっぱり幼女。なぜか俺は、そんな彼女に抱きしめられていた。
「あの……何で抱きしめてるんですか?」
俺が問いかけると緑髪が答える。
「彼女、初めて会った人には必ず抱きつくという癖があるんですよ」
どんな癖だよ!?
と、俺は突っ込みたくもなるがここは我慢しておこう。
なぜなら俺は……これが心地良いと感じているからである。
こう、年下に玩具として扱われるのが。滅茶苦茶落ち着く。
一応言っておこう。俺はロリコンなどでは無い。
ただ、問いたいのだ。
美少女に抱きしめられて、嫌になる男子はこの世の中にいるのだろうかと。
少女になつかれて悪い気になる男子は、いるのだろうかと。
それは、いない!!
俺が断言する。
なぜならそうでないと、俺がロリコンになってしまうからだ。俺は断じてロリコンではない!
そう心の中で他の俺に弁護している間に、彼女は飽きたのか、抱きしめるのをやめ、俺の方を見て自己紹介をした。
そういえば病人を玩具にするって何だよと、俺は少し理性を取り戻す。
「私ちゃんの名前はアニーちゃん、勇者ちゃんのうち一人でダンジョン攻略ちゃんが一番グループで得意なんだよ。そして、私ちゃんが最強! あとは……色々凄いよ!」
語彙力がないのか可哀想に。いや俺もだが。
まあ一人称が「私ちゃん」、その他半分くらいの名詞にちゃん付けをするなどと、変わった喋り方っぽい……しか分かんなかったな。
う~~ん。
そう考えながら緑髪を見つめると、今度は緑髪が応じて喋り出す。
「私はミシュリーヌです。一応チームのリーダーで、炎魔法の剣士、グループ内では前線に出て戦ってます。ついでにアニーは風魔法の剣士でグループ内の回復係、貴方の命を取り留めたのも彼女です」
だが、龍から助けてくれたのは君だ。
それは覚えているが、それ以外のことは分からなかった。
「あと彼女のその癖は言わば犬が最初にあった人間の匂いを嗅ぐような行為でそれによってその人間の特徴を覚える、というものですのでお気になさらず」
なるほど分からん。そして気にしかならない。
緑髪の少女、ミシュリーヌの説明でもアニーの癖は理解出来なかったが、他のことなら大体は把握できた。
彼女たちはダンジョン探検に勤しんでいて、メンバーは少なくとも四人。
そしてこの世界は王道の魔法制らしいな。MP云々のような感じの世界だろう。大方俺はそのMPがないモブ。しかしこれから成長を遂げる、みたいな内容がこの物語だ。
まあひょっとしたら隠されし能力とかありそうな気がするがな。
ついでに、なぜ四人か。については完全なる当てずっぽうからである。
まず、先制に出るのが緑髪のミリュリーヌで、そこのアニーが回復。つまり護衛。
となると攻撃役があと大体二人に補佐が一人かいないか。
そう思ったのだ。
という訳で、訊いてみた。
「何人グループにいるんですか?」
ここで少し空白の時間が過ぎる。
数秒であったが、長く感じた。
「五人ですね」
ミリュリーヌがやっと言った。
なるほど、五人か……。
っていうかそれだけの人数ならなぜ考えた? 考えなくても言えただろ!
と俺は突っ込む。
「私ちゃんと違ってミシュリーヌは記憶力ちゃんが乏しいってことなんだよ。残念だったねえ」
だからお前は何が俺にとって残念だと感じた!?
次にアニーの語彙力の浅さに溜息をつく。
開けられた戸の隙間から、太陽とは明らかに違うであろう光が差す。
どうやら本当に異世界転移をしてしまったようだと実感すると共に、俺はなぜか安心した感覚になった。
前にも確かこんなことあったっけ?
急にデジャビュが発生する。
でもまあ、あとは……
理由も不明だしボーナスも不明。まさにゼロからだけど、頑張って生き抜いてやる。
そう思った。