第三章׳ו:謎の竜巻
その場は、戦慄した空気で満たされていた。
その中で私たちは戦い合う。
何があったのか。
今の私にはそれすら分からない。
ロランは、私の母を殺したらしい。
そして私の敵らしい。
それは分かっているのに。
「くはっ!」
私の胴体に攻撃が行き届く。
浅い傷だが、大分痛みを伴った。
「残念だよ、アニー。君とは敵対したくなかったのに」
そう発するロランは鉄製の剣と何本かの匕首を持ち、私の正面に立つ。
私は冷や汗をかく。
ロランは更に続けた。
「しかもアニー。君はどうやら、ここで終わりのようだ」
いいや違う。
そう言いたかったが、どうも痛くて動けない。
先程からの復元魔法も、集中できずにそれ程効果を成していないのだ。
このペースでは、匕首を抜いた瞬間その傷口を回復させることは出来ないだろう。
なら、この痛みを暫くでも忘れられる快楽を受ける催眠を自分にかけなければ。
……! 駄目だ。私にはどうやら出来ないらしい。
「さようなら、アニー」
笑顔でロランは急接近し、突き攻撃を仕掛ける。
私は間一髪でそれを横に回避。
反撃に転じようと思ったが、その後。
肌が斬られる音。
その瞬間、私の右腕は酷く痛み出す。
またもや浅い傷だが、私は右手の剣を落とすことしかできなかった。
「ロランちゃんらしくない……やり口だね」
「御免。先程の技を繰り出される前に仕留めたくて」
先程の技……?
少々疑問を浮かべるが、それも取り敢えずやめて、ロランの方向を見る。
ロランは、真剣な眼差しであった。
先程の笑った顔とは違い、真剣であったのだ。
ならばこっちは……。
「それじゃあ!」
その掛け声とともに、私は水素の生成を開始する。
そしてそれと同時に炎の生成も行って……。
爆発!
そこまで上手くはいかなかったが、水素爆発が発生した。
仕留めたか?
一瞬そうは思ったが。
「ふうん、そうか」
まだロランは生きていた。
しかも、そこまでの怪我を負っていない。
それに対して私は……。
右腕の切り傷。
そして腹あたりに浅く刺さった匕首。
「……!」
そして次の攻撃に移るロラン。
負けるかと思われたその時、詠唱は始まった。
「…………」
言葉にならない詠唱は、周りの雰囲気を変えていく。
私の意志とは関係なく、それは行われていったのだ。
ひょっとして彼は、ルイは。私が襲ってきたときこれに守られたのかもしれない。
ふとなぜかこの時私はそう思った。
これが、何か?
それすらも知らないのに。
黒い竜巻!!
その瞬間、一時的に私の目の前で竜巻のような黒いものが発生した。
気流で、様々なものがグチャグチャになる。
これは……竜巻でない。私以外の周りを引き寄せて、竜巻以上に小規模な、強いものである。
直感がそれを言う。
「……え?」
竜巻は私以外のあらゆるものをのみこんでいく。
そして竜巻に、ロランはのみこまれていった。
ー ー ー ー ー ー ー ー
ここで、この世界の魔法について少し語っておこう。
この世界にある魔法は、現在全部の詳細な能力はまだ把握されていないが、私が知っている中では三つある。
ミシュリーヌの炎属性、効果は主に発火。
私の風属性、効果は主に風力調節。
ロランの光属性、効果は主に物質生成。
まあこんな風に「ミシュリーヌは炎」だの書いてはみたものの、実はそれは主に使う属性で、鍛えれば人間はどんな属性も使うことができるのだが。
つまり私は風だけじゃなく、復、光や炎も使えるというわけだ。これで少し説明できたと思う。
まあ、本題は全く別なんだが。
先程の黒い竜巻である。
私が今悩んでいるのは、そこだ。
いや、私が大切な友人のロランを失ったというところで嘆くべきであるのは分かるが、それよりもなぜか悩んでしまうのだ。
あの現象、有り得ない。
というのも、まずあの実態が分からないところからきているのだが、たとえ実態が分かったとしても、気になることがあるのだ。
あれを起こせる人は、演算能力が高すぎる。ということだ。
風属性で竜巻を起こすことすらできない私には、あんなことが起きるなんて信じられない。
そう。私は加速以外で風を使ったことが無い。というか使えるのかさえ怪しい。
まあ加速も? 風と一緒に光など使わないと死ぬから危ないんだが。
でも……。
ああ、思考が混線する!
そろそろ読者の方々も、私の説明の分かりづらさに飽き飽きしてきたことだろう。
でもまあ仕方ないんだ! 今私は少々混乱状態にある。
呆気なく消えたロランについても気になるし、母さんの死の真相についても気になる。
ロランが言ったことは本当なのか、襲い掛かってなんだが、それすらも考えてしまうんだ。
「あれ? アニー??」
そう頭を抱えているとそこにミシュリーヌが現れる。
あ、ミシュリーヌちゃん。
私もそれに反応する。
「どうしたの? 何でここに」
そういえば私たち、ミシュリーヌたちを追ってきたんだっけ。
今更、私はそこに気付く。
そして、それと同時にしみじみと思うのだ。
思えば私は、ミシュリーヌの想い人を殺そうとして、見殺しにしちゃったんだな、と。
勿論、彼が行ったと言っていた犯行に怒ったという尤もな動機もある。
だけど……それでも……。
「……え? どうしたの??」
何が?
私が訊くと、ミシュリーヌは答えた。
「涙、流しているよ」
何か、あったの?
ミシュリーヌは訊いてくる。
え? と私は、瞼に手を当て確認する。
確かに、涙だった。
「なんでもないちゃんよ。ミシュリーヌちゃん」
必死に取り繕う。
でもミシュリーヌは訊いてくる。
「本当に? 本当に何もないの?」
心配性なんちゃんね、ミシュリーヌちゃんは。
なぜか頻りと「ちゃん」の頻度も上昇する。
そしてそれと共に、体を震わせながら、ミシュリーヌに抱きついていた。
本当になにもないちゃんよ。
そう言っても、もうバレバレであった。
「……アニー。よく頑張ったね」
ミシュリーヌは何かを察したのか、私を慰めて、優しく撫でてくる
私は今回、それに甘えることにした。
だが、そのミシュリーヌの手も、慰めも。その瞬間消えていた。
「――!!」
その時ミシュリーヌはただ驚いていた。
私はミシュリーヌが見る、その方向を見る。
そこには……。
目をつぶったまま動かない、ロランが倒れていた。
「ロラン!!」
ミシュリーヌは私から離れ、ロランの元に駆け急ぐ。
私はそれをただ、傍観していた。
「ロラン!! ロラン!!」
弁護はできた。
ミシュリーヌに弁護はできたのだが。
私は必死にロランを揺さぶるミシュリーヌを見た瞬間、その怒りや言い訳より己の罪悪感に勝てなくなったのだ。
そして……。
その場を、走って逃げた。




