第三章׳ד:厄日
「アニー、早く行くよ!」
ロランの声。
この男を敵視したのだろう。
とても厳しい声で、私に叫んだ。
あ、うん。
私が言いかけると……
「ろ……ロラン?」
――彼の声だった。
彼は私のみならず、ロランも知っていたのだ。
これは、ロランが知っている可能性がある。
もし知っているなら、教えてほしい。
その意味を込めて私は言った。
「誰ちゃんだよお前ちゃんは」
我ながら敵視丸出しの、声だった。
彼は戸惑う。
ロランはというと、それを答えるように私の声に続いた。
「名を名乗れ。もしかして我々を狙った刺客か?」
……どうやらロランも知らないようだ。
だったらロランの言う通り、刺客の可能性が少し高くなる。
冒険者はこれでも、憎まれ稼業だ。
学生からは羨ましがられるし、今まで商談成立のために戦闘で勝ったことも沢山あり、金も借りたまま返さない。その上戦闘中壊したものの損害賠償から逃げたことすらある。商人の一部からも、金貸しからも、そしてまたまた一部の外国からもそれ以外からも疎まれているのだ。
そんな私たちを狙う者なんて沢山いる。
だったらどうやら、刺客の確立が高い。
なぜなら、名を名乗れと言ったのに名乗らないからだ。
「答えないなら敵ってことか。――殺しちゃうね」
ロランの目に合図を出し、攻撃を開始する。
光属性による薄いバリアを展開し、風属性を用いて高速に相手に接近する。
そしてその一瞬で後ろに回り、攻撃しようとした。
だが……。
妙だ。
刺客にしては反応が遅すぎるのだ。
これは刺客じゃない可能性も……。
いや、まあいいか。
私は短剣で攻撃を放った。
これは……殺せる!
そう思った時!
「うぇ!?」
思わず声を出してしまう。
氷の……氷属性の防御が張られたのだ。
完全に油断した!
私は身を翻し、大きく後ろに下がる。
彼はというと、そこで漸く動き出した。
かと思うと祈るような姿勢をとる。
何かの呪文?
そうも思ったが、流石に呪文を使う系の宗教に入ってそうには見えない。
だったらこれは……?
そう驚いていると、私の方向を見て喋り出した。
「違う、俺はお前らの敵じゃない。あくまで先程とまって頂いた宿の者だ」
――彼の言葉である。
明らかに、謎の発言だ。
なぜなら私たちはパーティー専用の家に泊まっていたからだ。
彼はロランと私に目がけて、明らかな嘘を言っていた。
「それで、何のようだ?」
ロランが訊く。
ロランはまず、嘘だと言う前に要件を聞き出すつもりらしい。
「あの、仲良くなってほしいんですよ。うん、私貴方の弟子になりたいんです」
慌てるようにして彼は答える。
もう、色々敬語が滅茶苦茶だ。
ロランはどう答えるのだろうか。
私はまたロランを見る。
そして言ったロランの発言はこうだった。
「分かった、ならついてこい」
……え?
私は驚きが隱せなかった。
そんな私に、ロランは『嘘をつけ』という意味のパーティー共通サインを出す。
「有り難う! なら宜しく頼む」
一方その弟子にしてほしいとか言ってる彼は即答だ。
この喋り方は、緊張……だろうか。
流石に私は分からない。
でもこんな単純な奴なのだろうか、と少し彼を疑ったのだった。
「ところで、お前の名は?」
まだ、ロランと彼のワンツーマンの話が続く。
さっき訊いたのと、同じ質問。
また答えられないのかと思いきや、彼はこう答えてきた。
「俺は……」
風が、吹き抜ける。
改めて森にいるね、という感覚になる。
彼は、口を開いた。
「俺の名前はルイ、宜しくな」
ルイ。
ルイか。
私は思った。
妙に聴き心地が良い名前だなと。
だから、こう言ってしまった。
「いい名前ちゃんだね」
「ありがと」
あ。
まずい、一瞬警戒心を解いてしまった。
私は後悔した。
改めて思い出したのだ。
今日は、厄日。
恋愛運も、
家族運も、
交友の運ですら含まれる全ての運が、悪い。
また言うようで悪いけど
私は根拠がないことは信じない。だけど母親を……その、亡くしたことによって、
信じてしまいそうなのである。
「アニー」
ロランが耳打ちで話し掛けた。
一応ルイをチェックする。
どこかに警戒するようで、私たちは見ていない。
「何?」
だから私はロランに応える。
するとロランは言ってきた。
「彼は、鵺かもしれない」
……。
鵺――。
語源こそは知らないが、この場合は珍獣のことを指すのではなく、あのことを指すのだろう。
でも。
「でも『かもしれない』、レベルちゃんじゃん」
ロランは笑い、でも真剣に答えた。
「『かもしれない』レベルでも気をつけなきゃいけない。だって今日は、厄日じゃないか」
そう。
年に一回とか、月に一回とか、週に一回とかではない。
厄日という日は、一日しかないのだ。
それがどういう意味か。
分かっている。
もう、今日は本当に警戒しなければいけないんだ。
でも謎なのは、何でそんな日があるのか、ってことなんだよなぁ。
私は考える。
何で作っても何の得にもならない、そんな日をフランスの国は、世界は制定したのか。
何度考えたって分からない。
何の得も見いだせない。
だけどそれでも……。
「分かった。警戒する」
私は言った。




