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日の出で続く異世界流転  作者: 花見&蜥蜴
第三章「見違い編」
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第三章׳ב:悲しみ

 噂。

 あくまで噂であるけど、こういうものがあった。

 今日は、厄日。世界が滅ぶかもしれない、不吉な日。


 まあでも、私はそういうものは信じない。

 この世は全て、魔法と科学で証明できる。

 それはまだどちらでも証明されていないから、それは真実でない。

 ずっとそう思っていた。

 だけどなぜだろう? なぜかふと信じようとしてしまうのだ。

 その理由は、分からないけど。当日になって、無意識に信じてしまうのだ。

 まあ、それはこの言葉が聞こえたからだろうか。


「貴方のお母さんの体調が、急変しました!」


 ――お母さん。私の母親は謎の病に患っている。

 それはもう、原因も何もかもが分からない病。


「こんなもの、存在してはいけないんですが……」


 これが医者の説明である。

 何? 何で存在しない物が存在してしまうの?

 何で?

 そう嘆いても訊いても、答えは返ってこなかった。

 だから少なくとも、毎日顔を見せて心のケアをしようと、私は姿を見せていたのである。

 今日もそうしようと病院まで足を運んだ、その時だった。

 その言葉が聞こえたのは。


「……え?」


 思わず聞き直してしまう。

 当たり前だ。

 昨日までは、「明日には治るかもしれません」などと言われていたからだ。


「それは本当ちゃんですか!?」


 それを言った人物を捕まえ、揺さぶる。

 それは、本当らしかった。


「現在の詳しい情報ちゃんを教えて下さい」


 私は訊く。


「分かりません、急に苦しみ出したのを見て、こちらに来たので。ひょっとしたら……もう死んでしまっているかも」


 彼は答える。

 ……意味が分からない。

 私はもう一回聞き直した。


「今、母はどんな状態なんですか?」


「いやだから、もう死んでしまっているかも……」


「今母はどんな状態なの!?」


 「ちゃん」などを付けないで、もう一回。もう何回も聞き直した。

 だが、一向に良い情報は返ってこない。

 勿論彼もちゃんと見ていないのだから彼が言っていることは確証がない。

 彼は早く私に伝えようと、担当の医者に応急処置を任せて私のところに来たのだ。

 でも……彼は悪くなったと言っている。

 これは……。


 いや、今ここで考えてはいられない。

 私は病院に急ごうと、走り出した。

 204。階段を上がってすぐが母の病室である。


「お母さん!!」


 不思議な香り。

 自然光の明かりが差して、夏の虫の泣き声が、笑っている。

 私が見た病室は、そんな部屋だった。

 ただただ静か。

 いるのは、ベッドに横たわった私の母親と彼女の様態を確認する医者が一人。


「……アニーさんですか?」


 医者が呟く。

 はい。

 その声は声にならなかった。

 なぜなら、私の母親は……どう見たって……。


「今日、午前6時12分。貴方のお母様がお亡くなりになりました」


 その時、私が聞きたくなかった言葉が医者によって発せられた。

 今の時刻は、午前6時14分。

 その残酷な時間は、私を責める。

 あと少しで死期に間に合ったのに、と。

 だが、涙は不思議と出ない。

 急すぎて、まだ対応出来ていないのである。


「お母さんから、手紙を頂いております」


 手紙が渡される。

 いつ頃書いたのだろうか。

 そこには、遺書のような内容が沢山書かれていた。

 お母さんは、自分に死期が迫っていることを悟っていたのだ。


 私は、その手紙を読み始めた。


『親愛なるアニーへ


 ぼうしさんが来て言いました。私には死期が迫っていると。恐らく次にアニーが来る時までには死んでいるだろうと。

 なので、今ここで貴方に手紙を書こうと思います。

 アニーは今、何をしていますか?

 冒険者、と言っていましたね。

 アニーなら友達とは良好な関係を築けているでしょう。母はとても誇らしいです。』


 ありがとう、本当に。

 私は最初にそう思った。


『好きな人はいますか?

 アニーのことですから、どうせ他の人の恋バナのみで満足してしまっているでしょう。

 でも、いつか好きな人を作って、結婚して、子供を育てて下さい』


 大丈夫。

 私にも好きな人はいる。

 その人は莫迦で、阿呆で色々な悪口に当てはまる人だけど、

 その人は優しくて、色々なことを考えてくれるから。


 デモ、ソノ人ノ顔モ、名前モ、何モカモヲ私ハコノ時忘レテイタ。


『勉学などにちゃんと励んでいますか? 学校行っていないんですから、自学自習は大事ですよ?

 もしやってないんだったら、今日からでもやり始めなさい。勉強は大事ですから』


 こういう時にこんなこと書かないでよ。

 私は少し苦笑いをしてしまう。

 でも、明日からやるよ。

 決めた。


『これからも貴方を見守っていたいところではいたのですが、先立つことをお許し下さい。

 貴方の肉親が誰もいなくなってしまうことをお許し下さい。

 呉々も後を追わないようにして下さい。

 貴方は、まだ先が長い。

 あと五十年は生きて下さいね。

 お願いします。


 母より』


 ……。

 その手紙は、思ったより短かった。

 短く、だけど色々書いてあった気がした。

 内容は薄いのに、私の瞳には涙が浮かぶ。

 そして、その次の瞬間――。


 私は声を上げて泣いていた。


 泣いて、鳴いて、啼いて、泣いていた。

 なぜか涙が止まらない。

 なぜか声を上げてしまう。

 なぜだろう?

 それは悲しいからだ。

 ではなぜ悲しいのだろう。

 それは母が……。

 お母さんが……。


 死んでしまったからだ。


 ここまで分かって、やっと自分はとても幸せだったことを悟る。

 私には、父親がいない。

 母親一つで育てられてきた。

 だから。それだからこそ、私は母親を失うことが、これ以上に悲しかったのだ。


 ミシュリーヌも、こうだったのかな?


 ふと思う。

 彼女も家族全員を失っている。

 彼女の目の前で、失っている。

 なら、彼女もこう感じたのだろうか。

 これを、三回も。


 ……………………。


 私はそれから、三十分ほど泣いていた。

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