第二章׳ה:世界共通語
―― 一校時目、歴史。
チャイムが鳴り、それが始まった。
「はい、それでは皆さん座って下さい」
ここで現われた彼女は早速出席簿に目を通す。
新登場人物、と言ったところか。まあ昨日一昨日には会ってない人物である。
一方、俺はというと教科書探しを席に座ってしていた。
「ええと、歴史歴史……」
俺は小声でそう唱えながら探す。が、未だに見つからない。
「ルイ。それだよそれ」
すると後ろのマチルダが指を指してくれた。
俺は早速それと歴史のノートらしきものを取り出して前を向く。
礼。
授業が始まる。
それと同時に俺はノートに目を落とした。
「……なるほど」
そのノートの内容。ぶっちゃけ日本の歴史と大して変わらなかった。
そう。昨日とは大違いである。
「まあ来週のテストでは、江戸時代から大正までやりますので、よく勉強していて下さいね」
……広い。
試験範囲中途半端に広いな。
俺はそれのチェックをノートで行う。
ざっと、四十ページだろうか。
いや困った。
というか来週テストなのか……。
恐らく明日には別の世界にいて関係ないであろうものであるが、一応気になってしまう。
それ程学生にとってテストは大敵なのだ。
特にテスト範囲が広いテストは。
「それでは早速前回の続きから」
そう先生が授業を始めると、皆はノートをとり始める。
俺もノートをとりながら、考え事をすることにした。
――ここは、日本だ。
昨日と違い、断言できる。どこもかしこも日本語だからだ。
だが何か日本にしては、違和感を覚える。
特に朝の景色に。
そう、その朝の景色は妙に変だったのだ。
俺は朝を回想する。
道について妙と感じたのか?
いやこれは違和感を覚えなかった。
全てがコンクリで、そして大通りは白線で分けられ、車が通る。
これのどこに違和感を覚えよう?
それでは、家の形?
これも恐らくよくある家、というか元いた世界風の家が多かったから少し違う。
まあ外にそんな出なく、出るにしてもコンビニしか行かない俺にとっては、外に縁なくて比べることが昔のデータ、もしくはコンビニ周辺としかできないが。
じゃあ、人の格好だろうか?
それも違う。洋服、全員が洋服、制服と、元いた世界風の服装だった。
標識? 電線? 空?
色々考えるが、これと言って出てこない。
この違和感の正体。
全くもって謎であった。
「う~~ん」
だったら、と俺は窓の外を眺めた。
何か、ヒントがあるかもしれないと。
しかし、何も無かった。
「どうしたのかい?」
ここで後ろの僕っ娘、マチルダが話しかけてくる。
俺は素直に答えることにする訳にもいかず、ただ悩むばかり。
それを見かねたのか否か、マチルダは急にこう言ってきた。
「ねえ、英語って知ってる?」
いや意味分からん……。
とにかく俺は、「まあ……何となく」と答える。
実際、俺はそんな英語が得意ではないのだ。
そう俺が戸惑っているとマチルダは補足した。
「ひょっとしたら、標準語になっていたのかもって説があるんだ。その言語」
…………。
一瞬何を言っているか、分からなかった。
日本語が使えないということだろうか?
俺はふと後ろを見て話しかけようとするが、その前に俺は気付いてしまった。
違和感の正体を。
道を歩いて気付いた、あの違和感の正体を、である。
そう、その正体とは。
どこもかしこも日本語だ。
さっきの『どこもかしこも日本語だから』とは少し意味合いが違っている。
まあ話の流れから分かるかもしれないがそうだ、日本語しかないのだ。
もっと言うと、他言語がない。
もっと言うと、英語がない。
そう、世界共通語である英語が、どこを見てもないのだ。
エレベーターの注意事項、トイレの説明書、それどころかアルファベットさえ、ないのだ。
駐車場は「P」ではなく「駐」と書いてあるし、最近多くなってきているアルファベットを使う名前の店も、一つもない。
なぜか。それはすぐには分からなかった。
そう、すぐには。
それから少し経った後、明らかになるのである。
社会の先生の口から。
「とまあ、こうして日本は戦争で勝利して、より植民地を増やすことを成功させたんですね」
『とまあ、こうして日本は』。
ここまではまあどうでもいいとしよう。
問題はその続きである。
『戦争で勝利して、より植民地を増やすことを成功させた』のだ。
しかもどうやったか分からないが段々と着実に、日本は世界に日本語広め、共通語にしたのである。
……一つだけ言わせてくれ。
世界の歴史が俺が知っているのと違うのはやめろ。
ややこしくなる。
……。そんなこと言ったって、何も変わらないのだ。
この世界は、あの世界は、その世界は全て、ややこしいのだ。
俺はこの時、驚きを通り越して諦めに差し掛かっていた。
じゃあ、俺はこれから深く溜息を一回ついて、寝よう。
じゃないと整理できなさそうだ。
――溜息をつく。
そして俺は机の上で寝る態勢になった。
あとは……休み時間になったら図書室に行って更に情報を手に入れよう。
そもそも図書室はあるか。そういう疑問は大丈夫である。既に確認済みだ。
さあ、それでは寝て脳の整理を始めようではないか。
俺はそう思って、机の上で寝始めた。
恐らく人生最初の、授業中の居眠りである。




