第二章׳ב:ミシュリーヌとルイ
「いってきまーーす」
クロティルデが大きな声で叫ぶ。
恐らく彼女はこれから、中学校のような場所に行くのだろう。
そして俺が行く先は、高校である。
「あの莫迦にぃを宜しくね~~、お母さん!」
「誰が莫迦にぃじゃ!!」
思わず叫んでしまう。
危ない危ない。何だろう、なぜ俺の潜在突っ込み能力(?)がなぜかこういう時に発動してしまうのだ。
「と~~に~~か~~く~~。お母さんに迷惑はかけないようにね! ルイお兄ちゃん!!」
かけるわけないだろ!!
今度は小さく言った。
それにしてはクロティルデの声、大きいな。
この玄関から二階までの距離でもはっきり聞こえるように伝えられるとは。
なぜか、感心してしまうのであった。
ガラガラガラと、玄関の引き戸の音。
恐らく、彼女は家を出たのだろう。
それが伝わってきた。
「そろそろルイも行きなよ!」
分かった!
俺は叫びながら答える。
俺は急かされて準備を早める。
……これは持って行く物であろうか。
時計の針は7:00を示している。
いやもう持って行こう! 俺は周りにあるもの全てを入れ、支度を終えた。
よし、それじゃあそろそろ出るか。
俺は階段を降り、そして玄関に出た。
用意されたバッグを背負い、俺のものだと示された靴を履く。
「いってきまーーす」
そしてクロティルデのように扉を開け、外に出た。
――気持ちの良い風が吹く。
外の風景を眺めると、そこは昨日とは全く違う場所。
どこもかしこも道も全てがコンクリート。
コンクリートでないのは精々空のみ。
そこまで確認すると、俺は一歩踏み出した。
二歩。
三歩。
四歩。
五歩。
十歩。
五十歩。
前にどんどん進んでいく。
ああ、本当に戻ってきたみたいだ。
懐かしい。
俺はそれに夢中になり、そして腕を上にあげて伸びをした。
気持ち良い。
……あれ?
ここで気がつく。
学校って、どこだ?
どう行けば良いんだ?
そして……ここはどこだ?
まずい。知らん。
それに気付いた瞬間、俺の目の前は真っ暗になる。
取り敢えず、家に戻らねば。
それに気づき、俺は振り返って後ろに走り出す。
直進してきたから、家の場所はすぐに分かった。
だが。
「くっ! 開かねえ」
そう。家の鍵は閉まっていたのである。
扉を叩く。
インターフォンを鳴らす。
しかし、開かなかった。
これは……中に誰もいないと思った方がいいようだ。
――絶望。
これは完全に無理だ。
学校に行けず、その上やることがない。
今日は、街を彷徨うことしかできないか……。
制服姿で? いやだ恥ずかしい~~。
俺は
その時。
「あ、ルイ?」
聞き覚えのある声が、後ろから俺の耳に届いた。
この声。
そうだ、この声は……。
「ミシュ……リーヌ?」
俺は振り返る。
緑髪の三つ編み、黒いネクタイにオレンジ色のセーター、そして白と黒のスカート。
彼女は、まさしく制服姿のミシュリーヌであった。
二日ぶりの再会。そこまで時間は経っていないのに、俺はなぜか涙目になる。
何でだろう。昨日、そして一昨日がそれ程長く感じたのだろうか。
でもそれよりも、一つ大事なことがある。
制服からして彼女は、恐らく同じ学校だ。
それつまりは……俺は彼女について行けば学校に行ける。
一先ず、安心であった。
「どうしたの? 久しぶりに一緒に行く?」
戸惑っていると、ミシュリーヌが話しかけてきた。
これは幸運だ。
彼女が道案内をしてくれるらしい。
「ああ」
これは即答である。
俺の目の前は明るくなる。
それを見ると、ミシュリーヌは歩き出した。
「本当に久しぶりだね。中学校以来かな?」
そう、話を始めながら。
ー ー ー ー ー
どうやら俺とミシュリーヌは、幼馴染みらしい。
だから彼女から、様々なルイという人物像が聞きだせた。
「大体あの時、ルイ泣いてたでしょ」
小学校低学年の時代の、給食の時間のトラブル。
ルイはその時、給食当番をやっていたという。
彼がとある男の子に丁寧に渡したその瞬間、その男の子が怒りだしたのだ。
「お前下手だな。もう一回やれ」と。
それからルイは何回もやらされ、最終的に疲れ果てた上、最後男の子はルイを評価しないまま、自分でよそったという。
それなら最初から自分でやれよ……その時ルイはそう言えなかったらしい。
それはただ忠実に何回も失敗して、いや失敗という事実を作らせられてルイを疲れさせる。それだけの出来事だった。
「それに中学生の時さ、ルイって結構見栄張ってたよね」
それはまたある日。
ルイはミシュリーヌと共に登校している道中、猫を助けようとして大けがをしたという。
しかしルイは「これぐらいへっちゃらだ。とにかく遅れないように行くぞ」等と言い、結局登校。その後あまりもの傷の酷さに無理矢理早退させられるということが起こった。
――昔の俺にそれはよく似ていた。
今以上に莫迦で、阿呆で、格好付けというか何かで、そしてまた弱くて。
うん、入れ替わるものだと俺は
それにしては、少し違和感を感じるな、ミシュリーヌのこの口調。
やはり一昨日は敬語であったからだろうか。
「でも、ある時変わっちゃった。何があったの? あの時」
え? どの時? とは訊けない。
恐らくルイとミシュリーヌの中での「あの時」は、共通しているのだ。
そう、ルイにもあったのだ。自分を大きく変える出来事が。
俺で言えば、俺が引き籠りになったあの瞬間のような出来事が。
「いや……それは言えない」
俺はこう、口に出ていた。
これしか逃げる道がなかったからだろうか。いいや、違う。
俺だったらこんな冷静に言えない気がする。
まるで、他の誰かが言ったかのように、ポロリと出たのだ。
「……そう。そうだよね、前からずっと訊いてるけど、答えてくれないもんね」
俺は何か申し訳なく感じながらも、ミシュリーヌと共に歩く。
学校は、目の前となっていた。




