第一章׳גי:長考
その後無言で食事が、終了した。
「お風呂、入りますか?」
母親が訊いてくる。
一瞬彼女のその普通の声にビクッとしたが、すぐに俺は反応する。
「あ、はい。是非とも」
すると母親は俺に案内した。
場所は、思ったより近くで、台所兼食堂の隣である。
「それじゃあ、入らせて頂きますね」
俺は脱衣所にて、そう挨拶をし、二人が遠くに行ったのを確認してから、服を脱ぎ始める。
さて、風呂に何か細工があったりしないか。
流石に俺は警戒してしまう。この家には、何かがあると思ったのだ。
だから服を脱ぐ手を止めて、取り敢えず確認をすることにした。
素足で、である。
―― 一見、普通の風呂。
少し浴槽の方を掘り下げている以外は、本当に普通の風呂であった。
……そっと、手を風呂の中に入れてみる。
「ざっと41度くらいか」
本当に普通であり、心地よさそうだったので、俺は脱衣所に戻る。
うん、それじゃあ入ってみよう。
シャー
シャワー。出てきたのは普通のお湯。
石鹸とシャンプーも普通のもので、どうやら俺の取り越し苦労だったようである。
もう一度言うが、彼女らのあの変な空気、すっかり俺は警戒すべきと思ったのである。
例えば食事に毒が、とか風呂に罠が、とか。
でもまあ、それも本当に無さそうだ。
「ふぅ」
思わず溜息をついてしまう。
まあそれはそうだ、今日は疲れたからな。
――時刻は、20:00くらいだろうか。
お湯に入る。
温かいお湯が、俺の体を包み込んだ。
とても、気持ち良い。
ひょっとしたらあの変な空気も、俺の気のせいかもな。
そう思えた。
さっきのことを繊細には覚えてないけど、きっと彼女はここにそういう人間はいないことを伝えようとした、それだけだったんだ。
そうだ、それかよく俺が言ったことが聞こえなかったんだ。
だから「ちょっと何言ってるか分かんないかなぁ?」みたいな言葉を。
威圧感も、気のせいである。
そうに違いない。
でも……。
「あの時は確かに、あれが恐ろしく……」
「おっはよーー!!」
クロティルデの声。ガラガラと風呂の引き戸が開く。
……は?
一瞬何が起こっているか分からなかった。
まず、夜に「おっはよー!」というところが変であるが、それ以上に明らかに変な点が一つ。
それが分かった時、俺は酷く動揺していた。
クロティルデが、風呂に入ってきたのである。
しかもバスタオルらしき布以外、一糸まとわぬ姿で。
「お前、何莫迦なことしてんだこの阿呆!ちょっと……ち、ち、ちょっと消え失せろぉぉぉ!!」
俺はそう言いながら目を必死に隠す。見てはいけない場所は隠れているが、それでもそれでも目を隠す。
うん、相変わらずこいつは莫迦なようだ。
ホント莫迦!!
もう語彙力というか何というかが俺には無くなっていた。
「いや~~ね。お母さんが久しぶりに一緒に入ったら? って言ってきてさ~~。何か私も悪乗りしちゃって~~」
そう言いながら彼女は体を洗い始める。
どうやらバスタオルは取れないようされているらしく、一先ず安心である。
じゃねえよ!! 色々突っ込みどころ満載だぞ!!
「おいお前出てけ早く出て行かないようならこのお兄ちゃんがお前を今ここで殴ってやる!」
早口で俺は抗議する。
どうやら俺は幼稚な脅ししか出来ないようだ。
というか俺、そんなこと女性には出来ないのだが。
いや違う。こいつなんか女性じゃない。ガキだ。
そう思うと俺は急に殴ることに抵抗がなくなった。
「あっそ。じゃあやってみれば? このド阿呆!」
何かあっちも言ってくる。いや悪口言われるほど俺悪いことしたか? してない。
殴る、そう決めた。
「ああ言われなくともやってやるさ、この糞ガキ!」
ついに喧嘩が始まろうとしていた。
だがここで気付いてしまう。
俺はこいつとは違って真っ裸である。
女性の前で一糸まとわぬ姿になるのだけは……。
そう思うと俺は浴槽から立ち上がれなくなった。
「あれれ~~? どうしたのかなぁ??」
と、なると今度はクロティルデの一方攻撃である。
何せ彼女のバスタオルは固定されているから落ちることが無い。
つまり相手に全裸を見せず、自由自在に動けるのだ。
「いっけーー! シャワー攻撃~~」
彼女の攻撃である。
そうだ。奴はシャワーという武器を持っていたのか……。
もう俺の完敗じゃねえか。
ついに俺は負けを認める。
そして俺はそれから、シャワーの攻撃を浴び続けた。
ー ー ー ー ー ー ー ー
あれから更に三十分。時刻は21:20となった。
あの行動はホントに何だったのか、疑問が残るばっかりである。
まああの時に俺は、さっき考えていたことを忘れていた。
つまりこのクロティルデの行動が、俺の考える時間を減らしたと言えば本当であり、彼女に何か狙いがあったとすれば、それであろう。
狙いなんかあったとは思えないがな。
ついでにあの状況は、俺が折れて混浴することで終わった。
まあ不思議とムラムラしたりしなかったので、良かったとしよう。とにかく奴がロリに入るかはよく分からんが俺は多分ロリコンではないということだ。
さて、読者諸君は今のシーンがいらなかったのではないかと苦情したいだろう。そして、今のこの説明も。
俺もそう思う。
だがなぜか、入ってしまったのだ。許してくれ。
「にしては……あいつってホント莫迦なんじゃ?」
クロティルデ。彼女は今同じ二階の一室で寝転がっている。
まだ寝るのには早いのだろう。まだ完全に寝ては無い。
スタンドらしきものをつけて、何かを書いている。勉強……かな?
俺はと言うと、借りた歯ブラシで歯を磨いた後から、もう完全に寝るモードだ。
何でかな? 疲れたらしい。
「まあ今日も、色々あったし疲れるよな」
うん、そうだ。
今日は色々変人過ぎる人と一緒にいたからな。
あと、俺のことを。
「鵺……か」
何だろう。何で俺を鵺と言ったのだろう。
全ては謎のままで、気がつくと俺は眠ってしまっていた。




