第一章׳בי:ちょっと何言ってるか分からないかなぁ?
あれから三十分が経っていた。
部屋を見渡す。
とても生活感のある部屋を。
「どう見たってこの生活感誰かが住んでるってぐらいあるんだよな~~」
思わず感想を言ってしまう。
まあでも、それぐらい物は揃っていて、居心地も良いのだ。
7:00に時間がセットされている目覚まし時計、小さな机にスタンド、戸棚にはPC、本。
――そして、埃がないこの本棚。
何で、埃がないのだろう。
少し疑問に思った。
でもそれより気になったのは。
「これ、何だ?」
つい手が出てしまう。
こんな綺麗な部屋に、一際目立つノート。
そして拾い上げたノートに俺は、戸惑いを隠せなかった。
男の……しかもどこかで見覚えのある字で日記が書かれてあったのである。
『7月11日(水)
誰かがこれを読んでくれるだろうか。
改めて心配になる。だが、見てくれていると思って今日から書こうと思う。
もし読んでいる人がいたら、どうせ三日で終わるのでそこまで読んで欲しい。
俺のことを知らない人よ』
以下略。
『7月12日(木)
いよいよ翌日である。準備は整った。
後は旅立つか否か。それは明日に掛かっている。
出来れば、この状況から助かりたい』
以下略。
『7月13日(金)
読者の方は13日の金曜日というものを知っているだろうか。1942年11月13日、1972年10月13日、2012年4月13日、2015年11月13日。俺が知っててWikiに載っているのはこの程度だろうか。
まあともかく、今日もまた13日の金曜日である。そして俺は、ここを去ることになる』
以下略。
ペラペラとめくって、そして見たのはこの程度であろうか。
ともかくその13日の次の日から、ノートは書かれてなかった。
……正直どうでもいいのだが、なぜか気になってしまう。
これは普通に、好奇心というものだろうか。それともまた別なのだろうか。
この人は家出をしたのだろうか。なぜ普通読まれたくない、日記を読んで欲しいと書いたのだろう。
次々と疑問が浮かぶのだ。
でも、それでも。この日記で確実に分かったことがある。
ここには、誰かが住んでいた。
誰かが。
なのにクロティルデは、建てられてから誰も住んでいないと言っている。
そもそもそういう部屋がある訳ないと俺が思うとは思わないのか? そして、なぜ隠すんだ?
更に疑問は発生した。
「お客さん! じゃなくて、ルイさん?」
声が、後ろから聞こえた。
つい三十分前散々に笑い声を撒き散らした彼女、クロティルデである。
ノックもせず、扉を開けてきたのだ。
「え、あの、クロティルデ?? ノックしような?」
なぜかそう言いながら俺は日記を隠す。
すると彼女は不思議そうに言ってきた。
「何でノックしなきゃいけないの? ねえ、何で??」
全く、それがマナーであるという常識はないのか。
呆れながら、俺は答える。
「いやそりゃ……何かあれかもしれないだろ?」
すると彼女はにっこり笑いながらその言葉に質問を返す。
「あれって何かなかなかなかなかな?」
いや『かなかなかなかなかな?』って何だよ、どんだけかながあるんだよ!?
俺は突っ込まずにはいられない。
するとなぜか彼女は吹き出して、笑いながら答える。
「知らないの? お兄ちゃん。最近の私の口癖」
知るか!! さっき会ったばっかりだろうが。
またもや突っ込みどころ満載だ。
だからつい、
「もう突っ込み系Youtuberに俺はなろうか、なればいいのか!? 『周りの登場人物の奇怪な言動を突っ込んでみたwwwwww』みたいな動画上げればいいのか!?」
などと意味分からないことを俺は思わず叫んでしまう。
うん。後でその言動を見たらきっと俺は俺に突っ込むのであろう。
するとまたもや彼女は笑い始める。
「いや何……言ってるの? お兄ちゃん。意味分かんなさ過ぎてマジひくわ」
勿論先程言ったとおり、俺も自分の言動が意味分からないと思う。
だからここはこのクロティルデの勝ちである。
ところで……何か違和感を覚えないか? この会話。
ふと俺は思う。
「えーーい!」
そんな俺を「マジひくわ」とか言いながら頭をたたくこのクロティルデ。
こいつも大分意味分からないものだ。
……ところで。
「何のようだ?」
俺は彼女に訊いてみた。
彼女は答える。
「ご飯だよ」
と。
ー ー ー ー ー ー ー ー
昨日のことから分かるだろうが、俺はそこまで食事をとらない。
一日一食で大丈夫。そんな主義であるのだ。
だから二食、三食ととるのは結構珍しく、不思議な感じである。
「ん? どうしたの?」
クロティルデは訊いてくる。
何か、変な顔でもしているのだろうか。
「いや、何でも無いよ」
俺は答える。
本当に何でも無いのだ。何でも。
階段を降りて、そこから左の扉を開ける。そこが台所兼食堂だった。
広さは……ざっと六畳だろうか。いや冷蔵庫・食器棚が置いてあって、狭く見えるが、実はもう少し広いのかもしれない。
クロティルデの母親は既にエプロン姿で席に座っていてクロティルデが俺の席を案内する。
「ところで、お父さんは?」
ふと俺は訊いてみた。
するとクロティルデの母親が答える。
「うちの人、忙しいんですよ。そんな高頻度に帰ってこないほど」
へえ。
俺はなぜか感心する。
何をされているんですか?
そう訊くことは、無かった。
この家の特徴から、分かりそうな感じだったのだ。
「まあって訳で、今日は貴方と私とお母さん。それだけって訳。早く食べ始めよ~~」
クロティルデがフォークとナイフ、そして箸とスプーンを持ってくる。
すると、食事は始まる。
いただきます、という一言を境に。
……それからの食事の時間は、誰もが無言だった。
何も話すことが無かったのだろうか、それとも下品だと思ったのだろうか。
それは分からない。
でもそんな無言の空気の中俺は、ちょっと気になったことを言ってしまう。
そう、あのことについて。
「あの……やっぱり俺が泊まる部屋は誰かいたんでよな、昔」
敬語とタメ口が変に混ざって意味不明な「でよな」という単語が作られても、今度はクロティルデが笑うことはなかった。
それどころか、空気は重たくなった。
誰でも分かるように。
「ちょっと何言ってるか分からないかなぁ?」
クロティルデが口を開く。
そう。静かに。
そして威圧感を出して。
「何かの思い違いでしょ?」
その一言に、俺は黙ることしか出来なくなった。




