第一章׳ז:とあるレストランの片隅で
ドアを開ける。
鈴が鳴り、香ばしいパンの匂いがふわりと薫る。
それと同時に冷たい空気が、店の中からそよいできた。
「いらっしゃいませ」
店員が挨拶をし、席へ誘導する。
「五人ということだったが、二人に変えてくれ」
そんな中小声で、グレゴワールが店員にこう言ったことを、俺は見逃さなかった。
五人……そういえばその数字どっかで聞いたよな、どこだっけ??
そう考えている間にもグレゴワールは俺を置いていく。
「ちょ! 何で行っちゃうんだよ!!」
「フッ、勘の良いガキは嫌いだよ」
「だから何言ってんだお前!?」
俺はまた突っ込む。
って何だこいつ、とそろそろ思いすらする。本当は莫迦じゃ無いのか?
もうネタにしても、用途がおかしすぎる。
「ま、そこに座れ」
何か無理矢理話を終わらせられた気がする。
とにかく、指定された席に座る。
黄土色の豪華な席。高そうな気がする。
俺が座るとしばらく沈黙が流れた。まあそれは仕方ない、俺にトーク力はそこまで無い。まあ少しはあると思うがな。ここまで話せるんだし、とその御蔭でちょっと自信がついていた俺であった。
――水が運ばれてきた。それでもまだ沈黙である。
不意に周りを見回す。一見普通のレストランだが、少し違う雰囲気が漂っている。そうだな、これは……何だろう?
あとは流れていた音楽も、結構良かった。心が落ち着く。
一方水はというと、美しいガラス瓶に入っている。俺は喉が渇いていることに気付く。
飲んでみると……その味はただの水では無かった。
美味い。滅茶苦茶美味い。
思わず一気飲みしてしまう。
そして、味、その香りに感動する。
「……ふっ」
ここで黙っていたグレゴワールが反応する。「それ程美味しいか」、彼はその笑いでも意味を伝えてきた。
――料理が運ばれてくる。
まず出されたのは白い塊のようなもの、焦げ茶の皮で包まれた薄い黄色の物体、カップに入った赤紫のゼリーのようなもの、だった。
見たことが無い料理に俺は息を呑む。
でもこれ……デザートだよな??
さっきの話じゃ、昼を食べるって言ってたけど。
ちょっと考える。
まあ考えたってどうにもならない。
それでは、
「いただきます!!」
と、言ってみたものの、フォークもナイフも沢山ある。
どれを使えばいいのだろうか。と思ったのだが「流石にそんな決まりは日本にないよな」と思い、端のフォークを使うことにした。
「それでは、話始めようか」
ここでやっとグレゴワールは言葉を発した。
え? 話って?
俺がそう言う前にグレゴワールはこう言った。
「お主の目的は何だ?」
……は?
思わずそう言おうとした。
しかしそれより前に変な味が俺の舌を刺激した。
白い塊を食べたのだが、何だろう。好みでは無かった。というかお菓子ではなかった。
俺はデザートと思って食べたことを後悔する。
――ってそんなことよりこっちの話の方が大事だな。
「あの、グレゴワール?? どういう意味??」
俺はそんな変な言葉遣いで訊いた。
グレゴワールは笑う。
そして、こう言った。
「鵺、なんじゃろ?」
その言葉を聞き、俺の背筋は凍った。
『ここまで証拠があってとぼける気なのか。悪魔』
ロランの言葉を思い出す。
鵺は、悪魔。
そう言っているようだった。
実際は違う。俺の常識では少なくともそうだ。
しかし、それが人間に発せられたとなれば、その意味は悪魔になる。
そう直感が語っていた。
口直しの焦げ茶のものの味も、感じなくなっていく。
まあ失礼ながら、微妙な味ではあったが。
「それってどういう意味です!?」
ダンッ!
机を叩いて俺は大声で立ち上がってしまう。
周りから注目を受ける。
「……取り敢えず座れ」
グレゴワールが指示を出す。
それを俺は聞けなかった。
「まあよく聞け。今のは儂の勘違いであった。済まぬ」
グレゴワールは俺をなだめる。
その謝罪は、偽りで無かった。
やはり「鵺」という単語は何か悪い物だ。それがこれで確かめられた。
俺は言う通り、座る。
……暫く無言の時間が続いた。
そして俺は口を開く。
「これらは何で出来ているんですか?」
グレゴワールはそのいきなりの話題展開に一瞬対応出来てないようだった。
俺はもう一回訊き直すことにする。
「これらの料理は何で出来ているんですか?」
グレゴワールはようやく理解出来たようだった。
そして答える。
「よく覚えておらんが、まずこの茶色い奴。それは確か鴨肉のベーコンと林檎だった気がする。あとはこの白い奴はホアグラと百合根のテリーヌ……だったか?」
彼は自分の分を見せる。
成る程。確かにそうだ。肉の味と果肉の味がする。
それだけでもない気がするが……まあ林檎を鴨のハムで包んでいるのだろう。
……って、彼もよく憶えてないのか。
そう思いながら次の料理を見る。
カップに装られた紫のゼリーみたいのをスプーンですくう。
他は手で食べられたのだが、流石にこれは無理があるだろう。
グレゴワールを見る。やはり普通にスプーンで食べている。
紫芋タルト? のような味わいに甘酸っぱいフルーツの味が混ざったような旨さであった。え? 伝わんない? それは完全に俺の文章能力無さ故だ、許せ。
まあこれに関しては、まあまあの美味であった。うん。
ついでに彼の説明によると赤カブのムースとキャビアらしい。
まあ自信はなさそうだが。
「ところで……」
またグレゴワールは話しかける。
まあこの料理の話だろう。そう思った俺は莫迦だった。
でも、次の質問が来ることを誰が予想しただろうか。
こんな普通の人には訊かないような質問を彼がするなんて。
「お主、異世界人ではあるんじゃよな?」
……俺の頭は真っ白になる。
別に知られてもいいことではある。だが、
何でお前は知っている?




