第一章׳ו:道中
不気味な鳥の声が鳴り響く森の中。
俺が踏むものは変な色の葉っぱの数々。
ここは森の中、そう思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
「ここは……山の中なんですね」
俺は呟く。
グレゴワール、結構な使い手である彼がここにいれば安全。
そう思いながら。
木の隙間からは、気持ちよい涼しい風が吹いてきた。
「…………」
暫く彼は沈黙する。
なぜ沈黙するのか、俺には分かんなかった。
これが警戒か?
「ああ、山の中だ」
やっと答えたと思ったその声は低く、重たい。
やっぱり警戒かぁ。
俺は少し溜息をつく。
そしてポケットの中にさっき入れておいた当たりめを出し、咥えた。
残りは大体……八つ位か? まだ結構あるから遠慮無く食べよう。
それにしてはビニール袋どっかに置いてきちゃったな。これじゃあ本物の一文無しじゃないか。
最後に俺はまた、溜息をついた。
すると意外なことに、グレゴワールの方から質問が来た。
「なあ。お主は儂と会ったことがあるかの?」
「……ないけど」
正直、ない。
というか俺は異世界から渡ってきたので、そんな訳がなかった。
もし仮に彼も異世界転移しているとしても、世界それぞれにいるとしても、こんな男に会ったことはない。
まあ顔もろくろく覚えてないが、そもそも老人の知り合いなんて友達のお爺さんぐらいだったはずだ。
だがグレゴワールはそれを不審そうに質問を続けた。
「そうか。じゃあお主、魔法を使ったことは?」
「ない。グレゴワールさんは??」
思わず訊いてしまった。
いつの間にか獣道は整備されたような土の道になっている。
明るい日差しが強く差している素朴な道、そんな場所だ。
それでグレゴワールは何かを言った後、こう言った。
「ある」
まあ、そりゃそうだな。逆に使ったことなかったらおかしいもんな。
でもあれほどの技を身につけた男さえも魔法はやはり必要になるらしい。この世界の主戦力は恐らく魔法だ。まあ一応、それについても声にだしておくことにした。
「驚いたな~。グレゴワールさんでも、その、魔法が必要になる時があるんですね」
途中で言葉が詰まってしまったのは話慣れしてないからである。絶対。
まあ不気味な鳥の声もなくなったし、より俺の声はその場に残り、恥ずかしくなったのだが。
そう、ここは清々しく静かな早朝のランニングコースのような道である。
余分な雑音などないのだ。それ故により恥ずかしくなる。
一方グレゴワールはというと、苦笑を浮かべながら最終的に手を頭上に持って行き、そして
「テヘペロ」
と舌を出しながら笑顔でいた。
…………。
誰が想像がしたであろう。この男がそんなことをするなんて。
現に俺も、処理が追いつかない。
と、取り敢えず突っ込もう。
「なっなっなっ年寄りのテヘペロに滋養なんてあるかーーーーーーーーー!!」
まずい噛んだ。需要が滋養になってしまった!
俺は思わず口を塞ごうとするがそれをグレゴワールが剣の鞘で薙ぎ払って、そして体を押し倒し高笑いをした。
「はっはっは! 面白い反応をするのう気に入った。ルイよ、見ろ、人がゴミのようだ」
……一つだけ言わせてくれ。
ボケが意味分からん。
「何でお前は彼の古代ラピュタ王家の末裔にして最後まで悪役として振る舞うキャラクターによるあの名言(?)をここで言った!?」
「知らん。とりま立ち上がれ」
彼は俺に手を差し伸べる。
「とりま」とかグレゴワールらしくないような気がするが、そういう人物なのだろう。
正直謎の人物であるが、取り敢えず悪い奴ではなさそうなのでその手を俺は取る。
そう、これは彼を信用しているという証であった。
「それじゃあ、さらばじゃ」
「は?」
すると今度は、彼は手をそのままにして俺のまるで砲丸投げのように崖に向かって投げた!!
俺はまたしても理解できない。俺に何が起こっているのか。
見る見るうちにあの道は遠くなっていき、俺の足下はカラフルな屋根ばかりとなる。
そうか……どうやら俺は今漫画みたいに飛んでいるようだ。
しかしまだ地上との距離はどうやらあるようで、更に遠くの場所で着地……いや、落下死が予想される。
確かに俺は軽いし大きさも平均くらいだ。
だがそれでも六十あるのだ。それがこのように宙に舞っている。
しかもそれほど、空気抵抗も感じない。
結論として何を考えているか分からなくなったが、とにかく凄いということは分かるであろう。
いやそれよりも、凄いピンチだということが分かる。
これが5kgなら別である。まだ恐らく勢いを吸収……出来るのだろうか。
でもまあ平気だとして、これは無理だ。死ぬ!
俺が戸惑っていると、風の音が変わる。
そうである。ついに本格的な落下が始まったのだ。
――そろそろ死ぬ。
俺はせめて目を開けて死にたくないと、必死に目を閉じた!
ー ー ー ー ー ー ー ー
温かい背中で目が覚めた。
俺が動き出すと、その背中はこう言った。
「起きなすったか」
白い髪。しゃがれた、でもはっきり芯のある、老人の声。そして白い和服。
グレゴワールということがすぐに分かった。
そして気付く。俺はおんぶされていることを。
「どうやらちとドッキリし過ぎたようじゃの、ルイよ」
まあ天空に飛ばされたら、最初は誰でもそうなるか。グレゴワールはそう補足する。
いや意味分からん。なぜ俺を天空に飛ばしたのだろう。
夢だったのだろうか。いやそれも違う気がする。
でもまあ、そのような気がするのも仕方が無かった。
背中が、温かかったのだ。
「ところで意識を失っている最中、どんな夢を見た? 心地よさそうに笑っていらっしゃったぞ」
どんな……夢か。
それは思い出せなかった。
だが、良かったに違いない。
心が、暖かくなっていたからである。
それにしては……。
「あれ? 本当に俺は天空に飛ばされた天空に飛ばされたのか?」
「ああ」
即答である。ここで俺はグレゴワールが意味が分からない人物であることを再認識するのであった。
「さて、じゃあ最後に質問しよう」
「何だ?」
また変な質問だろうか。まあいいだろう。まだまだ答えられる。
そう思ってそう言ったが、質問は意外なものだった。
その質問とは。
「ルイ、腹減ってないか?」
そういえば、と思い出す。
俺は、昨日の朝から何も食べていないのだ。
時は、日本時間11:00をまわっていた。




