第一章׳ד:鵺への疑心
何分経っただろうか。
無言の時間を続き、俺の時計は8時を指していた。
「着いたぞ」
謎の植物を踏みつけながら、ロランは静かに呟く。
その声は冷たく、まだ俺を警戒していることが伝わってきた。
騒がしかった蛙のような生き物は鳴くことをやめ、先程蠢いた強風は音をなくし、
俺は緊張感を覚えながら思わず足を震わせる。
「グレゴワールちゃん……大丈夫かな?」
アニーが呟いた。
え?
初めて聞く名前に俺は反応する。
それは誰?
俺は声を出そうしたが
「しかしアニー、気をつけて。ミシュやグレゴ、マチは大丈夫だが、
俺たちが死んだらそれも意味が無いから」
俺の声はロランの警告によって打ち消された。
というか意味分からない文な気がするんだが。
「え? あ、うん」
アニーは不思議そうな顔をしながら、不思議そうな声で答える。
にしては俺、完全に蚊帳の外だな。
昨日との温度差に違和感を覚えてしまう。
まあいいか。どうせ俺は元引き籠りだ。喋らない方が相手を困らさなくて良い。
そう思いながら俺は洞窟の中に足を運ばせた。
一歩目を歩く。
足音は木霊さず、外とは違い奇怪な生物がいなくて安心する。
だが一つ言わせてくれ。
寒い。
寒すぎる。
俺はただそれだけを思いながら体をまた震わせた。
今度は緊張ではない、本当に寒いのだ。
「ルイ。これでも着ておけ」
それを見たロランは静かに上着を渡してきた。
昨日とは別人のような口調にそろそろ慣れてきたと思っていたが、
やはりこの口調は恐ろしい。
そう思いながら俺は着るとロランは安心したように先に足を向けた。
「え……と、有り難……」
「アニー、体を温めることを兼ねて走るぞ!」
折角の感謝の挨拶もやはりロランに打ち消されてしまう。
まあそれも恥ずかしくなくていいかもしれない。
俺はプラスな思考で走る準備をした。
「うん!」
そしてアニーの一言と共に、俺達は走り出した。
微かな、虫の音色と共に。
ー ー ー ー ー ー ー ー
「うぐっ!」
ロランはシールドを展開した!
が、少し手を押さえる。怪我でもしたのだろうか。
――刹那、アニーが短剣で追い打ちを掛ける。
すると怪物は緑色の血を出して吹き飛ばされた。
「……どうにかいったね。大丈夫?」
「ああ、少し手首を捻っただけだ」
そう、あれから数分、俺達は怪物に襲われ続けているのである。
「あと十体程だと思います!」
俺が叫ぶと同時に二人は身構える。
実は俺は今回だけ、活躍しているのだ。
つまり、五感が人一倍優れているから、それを生かして敵の配置を把握する係に任命されたのである。
ロランの提案のお陰で。
「OK」
「OKちゃんだよ」
そして何か妙な音がしたと同時に、怪物数体がまた現われた。
二人は俺を庇いながら周囲を攻撃した後にすぐさま数体を切り伏せる。
俺はそれに驚きながらも残りの数を予測する。
流石に人間の五感には限界があるが、大分役立っていた。
「残り……た、多分5体かと」
「有り難う」
ロランはまた静かにそう言った。
と思うと周りを薙ぎ払った。
その時!
「え?」
俺には何もない場所に見えた。
しかしその化け物らがいたのである。
「アニー!!」
「OKちゃん!」
それを驚いている間に、奴らは二人に瞬殺されてる。
――流石。
ミシュリーヌがいなくても、二人でここまで戦えるのか。
実況や解説が追いつかない。
俺はただそれだけに感嘆していた。
その時、重い音が俺の右で鳴らされる。
「右だ!!」
俺は即座に報告し、ロランもアニーも、それを知っていたような速度で俺の右に移動した。
「ここから先は危ないよ」
そしてアニーは静かに告げる。それは言われなくても分かっていた。
こいつが現われてから、妙に恐ろしい気が満ちている気がするのだ。
「一応訊くよ。これが最後だね?」
「あ、はい……」
俺が答えると安心したようにロランは嘆息を漏らした。
かと思うと、黒い煙に包まれたその魔物が姿を露わにした。
俺は息をのむ。確実にさっきの奴らを超える強さだと感じたからだ。
一体一体強そうな獣三体に囲まれているのだと思うと、意識が遠のきそうな気分になる。
「大丈夫か?」
大丈夫……。そう返事したかったがその時はもう声が出なくなっていた。そういえば……と俺は改めて気付いた。
アニーとロランはどちらも補佐役である、ということに。
更に何回も言うようだがこいつらは明らかにさっきより強い。
つまりは今度こそ、勝てない!?
俺の驚愕など関係なく魔物は俺達に襲いかかった。
しかも真っ先に、俺に!!
流石のロラン、アニーも体が追いつかなかったのだろう。
俺の体は、剣や体に守られることはなかった。
純血が飛び散る――かと思われたが、しかしそれは起きなかった。
シールド。そう、ロランである。
「早く……避けろ」
ロランは苦しそうにそう言った。
確かに黄色い飛沫を飛ばしながら段々と薄くなっていくシールドは、すぐにでも壊れそうだ。
だが、どこへ?
俺の疑問はよそに時間は刻々と流れていく。
……今度こそ、終わったか!
しかしその刹那、アニーが攻撃を始めた。
「――魔物ちゃんたち、一気に滅されてね!」
その言葉と共に当たりの様子が急変する。
心地良かった風は龍のように強くなり、ついに俺が立てなくなるほどになったのである。
「聖なるマナちゃんたちに我は命ずる」
「は?」
ロランは驚いたように呟くが、アニーは詠唱を続けた。
「最低の能力がこれならば、最高の能力はいかなるものか、我に見せてみよ!
十・百・万・億の世界の能力と共に、今ここで砕け散れ!
ウィンドエクストストリ―――――ム!!!!!」
そうアニーが叫んだ瞬間、アニーは宙に浮き、魔物は砕け散った。
俺でも分かる。
風の技だ。
しかもかなり強力な。
魔物は肉片も残さず砕け散った。この事実だけでも証明できる。
俺がそう感心していると、アニーは着地と同時に倒れてしまった。
「アニー!!」
俺がそのアニーを起こそうと声をあげるが、体は立つことを拒んだ。
ロランはそんな俺を、静かに見つめながらこう言った。
「ところでお前、どこの者だ」
……え?
俺は立ち上がったロランを見上げた。
ロランは俺を見下ろし、こう言った。
「まさかお前が、鵺なのか?」
鵺――。
俺はこの時、これから何が起こるか予想すら出来なかった。
そして、なぜ鵺と呼ばれているのかも、分かるはずが無かったのである。




