第一章׳ג:名前は、ルイ
「アニー、早く行くよ!」
凜とした、それでも間抜けな声が俺の耳に届いた。
その声はどこかで聞き覚えがあって、思わず後ろに振り向いてしまった。
そして声の主は、ロランであった。
「ろ……ロラン?」
俺はまた思わず声を漏らす。
そう、彼は間違いなくロランである。
となると……もしかしてこれは異世界転移でないのか?
ここまで来るとそうとしか考えられない。
いやでも不可解であった、なぜかというと……。
「誰ちゃんだよお前ちゃんは」
「名を名乗れ。もしかして我々を狙った刺客か?」
二人ともやはり俺を知らない、それどころか警戒しているようである。
場所が移動したのだろうか。それとも……。
「答えないなら敵ってことか。――殺しちゃうね」
俺が戸惑っていると、アニーはそう静かに告げた。
と思うと。
「なっ!」
俺はただそれしか言えなかった。
本当にそれだけであった。
気付くと、彼女は俺の後ろにいたのだ。
そして彼女のその勢いは、明らかに俺を殺そうとしている……。
――死ぬ。
そう覚悟した刹那、氷の結晶が俺を覆う。
白く、綺麗な結晶が。
「うぇ!?」
かと思うとアニーは変な声を出して、大きく後ろへ下がる。
まるで何かを警戒しているように。
これまでの時間、たった四秒である。
それにしては何だ? この結晶らは。
いやそれは今どうでもいい。その疑問は取り敢えず無視する。
まあ俺は恐らく助けてくれたのであろう氷に感謝しながら、アニー達との和解をはかった。
「違う、俺はお前らの敵じゃない。あくまで先程とまって頂いた宿の者だ」
ペラペラと嘘が出た。
とにかく適当に、それっぽいことを言ってロランたちに付いていこう!
それで必死だった。
「それで、何のようだ?」
ロランの一言。俺は焦ってすぐに返答してしまう。
「あの、仲良くなってほしいんですよ。うん、私貴方の弟子になりたいんです」
急な敬語、急な尊敬、色々と不自然であったが、アニー達はどうにか話だけでも聞く気になったようである。
俺は説得を続けた。
内容は……言うにも恥ずかしい変な設定なので省略しよう。
そしてそれから、ロランは俺の言葉を遮る。
「分かった、ならついてこい」
蛙のような鳴き声が、一つ木霊す。
俺は強い達成感を得た。
「有り難う! なら宜しく頼む」
思わず感謝してしまう。
俺は、莫迦である。
裏があるのか、ないのかは気にしないのだ。
だがしかし今回は、それが影響することはないのであった。
「ところで、お前の名は?」
ロランが問いかけると同時に、また一つ葉が落ちる。
俺は……誰だろうか。
何せ俺には今ちゃんとした名前が無い。
なぜならそこだけ、忘れてしまっているのだから。
また名前を決めて貰うか。俺はこの時そう思った。
しかも前決めて貰ったルイという名前が一番いいという訳でも無いのだ。
特に執着はない。
「俺は……」
風は俺の髪と髪の間をすり抜け、美しい音を奏でた。
そして次の俺の一言に、驚いていた。
「俺の名前はルイ、宜しくな」
そう。俺は自分の名を、ルイと名乗ったのだった。




