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鉛筆が泣いている

「大昔は人間っていなかったんだよね?最初の人間はどうやって生まれたの?」

小学校低学年の頃だったと思う。恐竜図鑑を見てふと疑問に思い、夕飯のときに両親に聞いてみた。

「そうよ、人がいなかった時代もあるわ。人間はね、サルから進化して生まれたのよ。」母は戸惑うことなくこう答えた。

“進化”はゲームでも出てくるから知っている。レベルが上がったら別の見た目に変わって強くなるやつだ。

「じゃあこの前見た動物園のゴリラやチンパンジーも人間になれたりするの?」

目を輝かせながら更に母に聞いた。

「それはあり得ないよ。」父はビールを飲みながら笑った。

なんで?本当に進化したところを見た人はいるの?どうしてサルから進化したってわかるの?

たくさんの「?」が僕の小さい頭を埋め尽くし、そのすべてが滝のように口から流れ出てきた。

「もう少し大きくなったら学校でも習うと思うけど、ダーウィンの進化論って言ってね、『人はサルから進化した』これは常識なんだ」「さあ冷めないうちにご飯を食べなさい」そう言って両親は話題を変えた。

「常識」その言葉を聞いて今日クラスメイトにバカにされたことを思い出した。

休み時間に隣の席の洋平君が消しゴムに鉛筆の芯を刺していたのを見て、「そんなことしたら鉛筆や消しゴムが泣いちゃうよ。」と注意したんだ。

それに対し、洋平君は悪びれる様子もなく「は?鉛筆も消しゴムも泣かねーよ、モノに心なんかないからね、常識だぜ?」「おい、こいつ文房具が生きてると思ってるよ」と大声で答え、他の男子もそれに同調するように笑っていた。

こんなこともあり、小さい頃の僕は「常識」という言葉があまり好きではなかった。他の意見や可能性を全否定するような感じがしたからだ。


 そんな僕ももう大学3年生。スーツ、黒髪、短髪・・・いつのまにか社会の常識というものに何の疑問も持つことなく順応できる人間になってしまっていた。

外観の就活準備は整ったが、肝心の希望職種が定まらない。これといって興味のあることも、自慢できるような特技もない。みんなどうやって決めているのだろうか、そんなことを考えながらうわの空で生物学の講義を受けていると、「常識ですよ」という言葉が聞こえ、体がビクッと反応した。

何の話をしているのだろうと講義に意識を戻すと、人間の起源についての話をしていたこと、前から2列目に座っていた生徒の一人が、「サルから進化した、小学生でも知ってる。そんなの常識ですよ。」と答えたであろうことが分かった。またその話か、と再び講義から意識を外そうと仕掛けたそのとき、教授の笑い声でこちらに意識を引き戻された。「それは日本の中での常識ですよ。アメリカでは進化論は一説であると教えられ、実際に進化論を信じている人は半数にも満たないんです。アダムとイブから誕生した説のほうが信じている人が多いくらいです。」それまで静かだった教室がざわめいた。「それでは多数決を採りましょう。」と教授が言った。

「心は頭か、それ以外の部分どちらにあると思いますか?「頭だと思う人手を挙げてください。」僕を含めた8割以上の生徒が手を挙げた。

「次の質問です。ウサギに心はあると思いますか?」「あると思う人挙手を」見間違いでなければ全生徒が手を挙げていた。

教授は頷きながら、「最後に蟻にも心があると思う人は手を下ろしてください」と言った。すると数人の手は上がったままだった。

プロジェクターで先ほどの3つの質問に対する各国の回答比率が円グラフで映し出された。国によって多数派もその割合もかなりバラバラであることに衝撃を受けている間に、「常識とはあくまで私たちのものすごく近くの人が決めたことに過ぎないんです。非常識な人になれとは言いませんが、常識という言葉を鵜呑みにはしないでください。」と教授は講義を締めくくった。


 その日の帰り道「鉛筆は泣かない」とバカにされた小学生時代を思い出した。そうだ、あの日僕は大きくなったらモノにも心があることを証明すると誓ったではないか。今の今まで忘れていた。でも僕ももう20歳を超えた大人だ。モノに心がないことなんて知っている。でも、モノに心を付けられるとしたら?そんなことをしている企業があるとしたら?僕は帰りの電車の中で思いつく限りのワードを検索窓に入れた。

動物の気持ちがわかる機械、冷蔵庫を開いたときに話しかけてくれる置物、しゃべる家電等ヒットしないこともないが、所詮人間のプログラミング通りに動いているだけだ。さすがに鉛筆に心を付けることを目標にしている企業は見つからなかった。そんなことわかっていた。電子機器に限られてしまうが、AI(人工知能)が一番僕の理想に近かったので、AIの会社で電子機器以外にも組み込めるようなAIを開発するか、その会社での開発が無理そうならいつか会社を自分で設立しようと考えた。

さすがに面接で「いつか鉛筆に心を付けたい」とは言えなかったが、僕の熱意が伝わったようで、AIの開発に力を入れている大企業に内定が決まった。


 僕が開発部に配属されて20年、我が社のAIはかなり高精度なものになった。お客様相談センターのWeb受付分の回答をAI応対に変更したが、5年経った今でも返信メールの内容がおかしいといった苦情は来ていない。

8年前から社内でも極秘プロジェクトとして、木材やプラスチックなどにも人工知能を付けられるようシールタイプAIの開発が進められており、僕はそのプロジェクトのチームリーダーに抜擢された。

電気信号を発さないモノの現状をどのように把握するのか、人間の言葉や音等はどのように受け取るのか、課題は山積みだった。が、ここ数年科学技術はめまぐるしい発展を遂げており、既に開発済みの技術を応用することで1mmほどのセンサ、録音機能を実現することは可能だった。10cm四方で厚さ1cmという当初の「シールタイプ」という構想よりはかなり大きくなってしまったが、半年前ついに試作品が完成した。あとは、いかに薄く小さくするかというのが課題であり、チーム内は活気に溢れていた。僕の夢があと少しで叶う。ある朝僕は部長に呼び出された。昇給の話だろうか。浮かれながら会議室に入り部長の顔を見たとき、これが良い話ではないことを察した。何かトラブルでも起きたのだろうか。チーム員からは何も聞いていないが・・・

ある程度ショックを軽減できるよう、起きうる可能性のある様々な悪いことを一瞬で想像した。

「申し訳ないがシールタイプAIのことは忘れてくれ。」

部長が放った言葉は僕が想定した最悪の自体よりも悪い言葉だった。僕は最初部長の言っている意味が分からなかった。僕が何かヘマをしたのか?左遷?成果の横取りか?混乱しながらも話を聞いていると、どうやら僕がチームリーダーから外されるとかいう話ではなく、シールタイプAIプロジェクトそのものが解体されるとのことだった。部長がパソコンでとあるネット記事を見せてくれた。そこには海外で僕たちと同じようなものを開発していた企業があったこと、金属探知機や盗聴器発見器には引っかからないため悪用の危険性が極めて高いこと、開発段階で動物に対する実験を行い結果的に思考をAIに乗っ取られることがあったこと、それに対して動物愛護団体等から批判の声が出ていること等が書かれていた。そして、クローン人間の研究が人道的にタブー視されているように、超薄型AIの開発及び、高度なAIの開発も自粛する方向に進むであろうと説明を受けた。僕の夢は閉ざされてしまうのか。


 法律で明確に禁止されるわけではないので、独立して細々と開発を続けるという選択肢も僕には残っている。シールタイプAIのことは忘れてこのまま今の会社で働き続けるか、独立するかどうしようかと悩みながら家に帰ると、娘は算数の宿題と奮闘中だった。娘の鉛筆が僕の小指ほどの長さしかないことに気づき、「新しい鉛筆に替えないのか?」と尋ねると、

「まだ使えるのに捨てちゃったら鉛筆が泣いちゃうよ。それにもう少し短くなって字を書くのが難しくなったらお顔を書いてミニお雛様にして飾るの。」

と娘は笑顔で答えた。それを聞いた僕は決心がついた。シールタイプAIのことは忘れよう。科学技術に頼らずとも実際に声が聞こえなくても子どもにはちゃんとモノの心が分かっているではないか。

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