タイプ56「男達の聖戦八」
何か言うべきだろうか?
あ・・・・更新停滞すみませんでした。
幼稚園の頃まではよかった。
男女の垣根たる言葉とは無縁な集団では、狼も要弧も春風も、三人ぐるみで遊ぶのに特に違和感など無い。
違和感が出始めたのは小学校に入ってからだ。
狼と要弧と春風の三人をはじめて見た人は、特になんとも思わないであろう光景だが。
性別を知っている人から見れば、春風という少女が異常だという事を知る。
小学生は己の性を理解しているはずだ。
男なら男らしく、女なら女らしく。まぁその境目とやらが細分化されてきた現代だが、春風をヤンチャとか、ちょっと男勝り………なんて、言葉で片付けることはできなかった。
男相手を同性と思い、女子相手を異性と思う。
そんな思考回路を持つ彼女を、医者は直ぐに『同一性障害』と診断した。
要は、女性として性を受けた彼女は、己を男性だと信じて疑っていないのだ。
バイクで疾走を続ける要弧たちを、同じくバイクで追っている骸骨と慎の間では、そんな小早川春風の事情を話していたのである。
「………同一性障害………」
慎の口調は重かった。自分と似ているところでも感じたのだろうか。
いや、慎は自分が生まれ変わろうとしてやった女装が、いま自分を支えている要素になっている。
言わば、男でいると昔の馴染めなかった孤独の自分に戻りそうなので、その恐怖心をぬぐうための女装を慎はしている。
心の傷ゆえの女装をする慎と違い、春風は男装ぐらいでは納得ができないのだ。
簡単に言えば、慎は女装をするが、女性相手に恋をする。
だが、春風は、本来異性に好意を持たなければならないのだが、生物学上同性の女性にしか、好意がもてないのだ。
無理に男を好きになれと言えば、それは同性愛者になれ、と言っているのと同じ事になる。
あくまでも、春風本人にとっては、だが。
「………オレが春風に召喚された頃は、悪魔ではのーて、死卿宰。つまり、死神のボスみたいなものやったんや。それが……ちィとメンドーな事になってしもて………」
死神のような見た目は昔の名残ということだ。
骸骨は力なく笑いながら、それでもスピードは緩ませない。
平日の昼過ぎとはいえ、いまだ働き時。車は少ないので悠々とバイクは進む。
「………狼くん、要弧ちゃん、そして春風さん………その三人とあなたと、一体どんな関係があったんですか?」
「………三人が呼び出したんや。このオレをな」
「……………春風さんの性を変えるためですか?」
「そないな簡単な話だったらよかったんやけど………ちゃうねん」
骸骨は、さも懐かしそうな顔をした。
ところ変わって、こちら工場。
崩れボクサーだが何だかなカマセと馬鹿三匹は、狼と辻風のかもし出す雰囲気に飲まれていた。
「おい、今猛烈に腹が立ったんだが?」
北崎が変な独り言を言うほかに、音はしない。
その代わり、狼と辻風の両者からは、目に見えないオーラが感じられた。
怒りか、悲しみか?後悔か、懺悔か?憎しみか、やるせなさか?
哀れみか、困惑か?リーチか、ツモか?押すか、引くか?
「おい、麻雀が入っているぞ?」
相変わらず北崎が茶々を入れる。
先に動いたのは辻風だ。鬼の形相かと見間違うくらい、怒りに燃えた表情を見せて狼に殴りかかる。
だが、狼には避けられそうに見えた。いや、避けれたはずだろう。
なのに、狼は足どころか首すら動かさず、辻風の拳を、右頬で受け止めた。
狼は仰け反る。足も後ろへ何歩か退いたが、まだ立っていた。
「いい加減にしろよ?」
辻風が、一発決めたのにも拘らず、また一段と怒りの沸点を上げた。
「てめーのそんな偽善者としての態度はいらないんだよ。その余裕な態度も!いい人ぶってる演技も!全部うざいんだよ!」
さすがに狼を攻撃されて黙っているわけにはいかない。
そう思い、音恩が辻風に向かって足を踏み出す。
「邪魔だよ?来ないでほしいなぁ?」
辻風が音恩を鋭く睨む。その目を、音恩は見たことが無かった。
なのに、恐怖が全身を走る。まるで、コイツは危険だということを知っているかのように。
「………なぁ、お前ら女は好きか?」
辻風はふと、そんな変な質問をした。
「あぁ!大好きだ!」
蹴られた割には元気に返すしゅう。
「………」
さすがの即答に辻風は言葉を失ったようだが、気を取り直す。
「別に女たらしとかの話はしてねぇぞ?ただ………人を愛した場合、お前らは男と女、どっちを愛するか聞いてんだよ」
「女」
「女の子」
「めっちゃ可愛い女性」
「お、おれは少女」
三馬鹿かと思いきやこのボクサー、雷門は、非常に危険人物であることが判明した。
三馬鹿がさすがに少し引いている様子を見せながら、狼と辻風もさりげなく距離を置く。
「………オレも、好きになるのは女の子だ」
辻風はものすごく恥ずかしそうに言った。
確かに、この空気の中で言うと、どうも緊張が出ない。
音恩は今なら辻風に近づけると分かっていたが、あえて待って話を聞くことにした。
「オレは………普通に、お前らが女子に対して持つような、好意を持っていただけだ。なのに……なのに………オレを理解してくれる奴は、誰もいなかった」
狼が、つらい顔を見せる。辻風は、いつの間にか拳が震えているぐらい、強く手を握っていた。
≪え?モテナイってこと?≫
≪え?モテナイゆえの僻み?≫
≪モテナイ同士の狼くんが裏切った、だから怒っているんだね≫
≪総長、その気持ち。分かります≫
音恩、しゅう、北崎、雷門。こいつらは揃ってみんな馬鹿だった。
いや、事情を知らないものにはそう思っても仕方がないのだろう。
よもや、この辻風が、春風本人であり。どのような経緯で性転換をしたのか。
狼ですら理解しきれていないこの状況で、辻風は話を進めた。
「………お前が嫌いだ、狼。だが………お前はそれすら理解してないんだろ」
「ハル………オレはっ、本当に悪かったと思っている!すまん!」
情緒不安定な辻風に、狼は己の誠意を伝えようと土下座をする。
顔を床に向けたとき、赤い血が、一粒落ちた。
口を切ったらしい。だが、狼は一切気にしていなかった。
「………本当に悪かったって………思ってる?」
辻風が、ゆらりゆらりと、狼に近づく。
狼は顔を上げて、はっきりと言う。
「あぁ………思ってる」
「………本気で?」
「あぁ……………」
辻風が狼の目の前まで来て、足を止めた。
だが、突っ立った時間は一瞬だけ。辻風はその一瞬の後、狼のあごを蹴り上げた。
「やっぱ最低だよてめぇは!そうやって謝ればいいと思ってるだけなんだろ!」
また、辻風がヒステリックに叫ぶ。
そして、絶えず狼を足蹴りする。
頭部も、背中も、わき腹も………。まるでサッカーボールの如く蹴り続ける辻風の顔は、冷徹な怒りの形相だった。
「最低なのはてめぇなんだ!ぜんぶてめぇが悪いんだ!お前が!おまえがぁあ!」
「てめぇ!」
北崎が辻風を蹴り飛ばす。案外軽く吹っ飛んだ辻風は、工場内の床に倒れこむ。
「狼!何で戦わねぇんだよ!」
北崎が狼に駆け寄る。後の二人は雷門を抑えていたため来れない。
北崎がゆっくり狼を起こすと、狼は息をするのも辛そうに目を閉じていた。
「し、死んでる」
「死んでねぇよ」
狼の弱いツッコミに、北崎は心配の色を見せる。
「なぁ、詳しく何があったか言ってくれよ」
「………それは、ちょっとな」
「いいから言え!吐け!事実を話せ!あの辻風とか言うキチガイは誰で!?お前とどんな接点があったんだよ!」
「元、親友さ」
いつの間にか上体を起こし、顔だけをこちらに向けている辻風が、不敵に笑っていた。
「話してやるよ。どうせ要弧たちが来たらそんな昔話する気は無い。ここで全部話してやる」
辻風がそう言うと、また工場内に静寂が戻った。
そして、骸骨と辻風が、偶然にも同じタイミングで、話を始めた。
昔の縺れに縺れまくった、友と好きな人との関係の線。そして、三人の前に立ちはだかった、性別の壁の………話を。
ちくしょう!ギャグ成分が足りないぞぉおおお!!!!