タイプ55「男達の聖戦七」
寂れた工場の前で、狼と音恩は激しく殴り合っていた。
そして、その周りには幾人もの不良たちのうつ伏せになった姿があった。
北崎もしゅうもケンカには参加していたが、一番多く人間を気絶させたのは、間違いなくこの二人である。
どちらも腕や肩や頭から出血があるくせに、殴り合いの応酬は止まる気配を見せない。
「いい加減にしろよお前ら!」
北崎がそう叫びながら、狼の背後を取り抑える。同じ瞬間に、しゅうも音恩の背後に回って抑えた。
「捕まった奴を先に助け出す!そんな事もわかんねぇのかよ!?」
北崎のその主張に、ようやく二人は止まった。
「ゼェ、ハァ、ゼェ、ハァ・・・わ、悪かった」
「ゲハッ・・カッ・・・ッハァ、ハァ、ハァ・・・水島さんが・・・さきだよな」
音恩が薄ら笑いをして立ち上がった。
「フゥー、いい汗かいた」
「「爽やかに決めてんじゃねぇえ!!」」
北崎としゅうが半ば本気の拳でイタイ突っ込みを入れた。
「さて、本来の俺たちに戻れたところで。問題は突入方法だ」
「え?何を今更?」
狼の問題提起に、水を差す発言をした北崎。だが、その台詞もあながち間違いではない。
「確かに・・・見張りと近くにいた不良どもはぶっ飛ばしたし・・・正面から入るしかないよなぁ」
「それよりも、ここまで暴れておきながら敵の大将が出てこないってのも疑問だな。案外中で俺たちを迎え撃つ気なんじゃねぇの?」
北崎としゅうがわいわい話しているうちに、なにやら扉を開ける音がした。
「おらぁ!敵の大将はおそらく女!しかも狼がホの字の相手!きっと要弧と同じくらい!いや!それ以上の美人に違いない!その面を拝ませろやぁああ!」
「何言ってんだてめぇぇえええ!!!」
久しぶりとも言える狼のツッコミと共に、工場の正面である扉が開いた。
すると、案の定、中央にさらわれて、今は気絶している水島と、雷門、そして辻風らしき男がいた。
「女!どこ!?超美人な!ゲキマブな!」
音恩がはしゃぎながら見渡すが、どうやらいるのはこの三人だけのようだ。
「おかしいな・・・」
狼が率直に疑問の声を出した。
「あぁ、お前が目当ての女がいないな」
しゅうが久しぶりにボケたが、全員にスルーされた。
「手下全員どうしたんだよ?少なくとも30人程はいるはずだろ?」
狼が目の前の二人に、目を見て聞いた。
「あぁ・・・彼らには要弧たちを捕まえに行ったよ。エサとも言える君がここに来たんだからね。こっちに向かっている可能性も高いし、直に来るだろう・・・彼女達を連れてね」
雷門が丁寧に説明してくれる。だが、狼はあきらかに雷門は見ていなかった。
雷門の隣に立っている、金髪のショートヘアーの男。
「・・・辻風・・・・それとも、春風と呼ぼうか?」
「・・・・久しぶりだな・・・・ゲスヤロウ」
強烈な威圧感が、その台詞から発せられていた。
北崎やしゅう、音恩までもが恐怖というものを察知し、背中に電気が走った。
だが、狼だけは、ただただ、目の前の辻風に、目を向けていた。
「何年ぶりだろうな?・・・中学校時代には一度要弧の目の前に現れたが・・・・お前とは金輪際会いたくなかったからな・・・5年ほどか?」
「・・・そうだな、実質経っちゃいないが・・・5年だな」
「・・・で?・・・会ってみてどうだ?・・・この俺の変わりようを見て、少しは目が覚めたか?」
「・・・むしろ・・・あの頃の思い出がよみがえってきて・・・感傷に浸っちまいそうだよ」
「・・・つくづくウザッたい奴だな」
辻風が顔を曇らせた。
「まぁ待ってろ。もうすぐ要弧たちがきたら、楽しいパーティーを開いてやるよ。お前達は観客だ。もっとも、最後には痛いツケが待っているがな・・・特に・・・狼、てめぇは殺すから・・・精々数時間、楽しんでくれよ?」
「バカが!二対四で俺らが負けるかよ!」
しゅうが辻風に殴りかかって行く。早いその行動に、誰もが動けないと思った。
「相手の強さを見くびるとは、バカはそっちだな」
雷門がいつの間にかしゅうの前に立っており、そのまましゅうを蹴り上げた。
うめき声と共に仰け反るしゅうを、狼が受け止めた。
「何なら要弧たちが来る前に、お遊びでもしようか?雷門を倒せたら、昔の話をしてやるよ。そう・・・・狼や要弧と・・・俺の・・・三人の昔話をよぉ」
辻風が不敵に笑い、雷門に『やりすぎるな』とだけ言った。
「だとよ。手を抜いてやる。四人でかかってきな」
雷門が得意気になり、ボクシングのポーズをとった。
「いい情報をやるよ。高校生でありながらプロの世界でも注目されていた怪物ボクサー。しかしケンカが原因で健康体でありながら資格を剥奪された高校生を、聞いた事あるか?」
「ないな・・・でも、それがお前ってことか」
「そう・・・俺はプロにだって恐れられてた・・・しっかりよけねぇと、マジで死ぬからな」
雷門はそう言いながら、軽いフットワークですばやく近づいて来た。
「あちゃ〜・・・ボクサー崩れか・・・恐ろしく戦いにくい相手だ。俺が行く」
ふざけながら音恩が不用意に前に一歩出る。そこへ、無慈悲なブローが炸裂した。
「バカ!音恩!?」
「おい!」
狼たちがあわてて声をかけるが、驚いたことに、音恩はすべて避けた。
「なっ!?」
「貴様のような物語のカマセ犬野郎に誰が負けるかぁああ!!!」
しゅうが先程やられたのを忘れているようだが、そんな事もお構いなしに音恩は雷門の鼻先に拳を叩き込んだ。
「ぐっ・・・」
少しよろめく雷門。そこを、三人は見逃さなかった。
「やれ!殴れ!リンチ!袋叩きだ!」
「てめぇ!さっきはよくも蹴り飛ばしやがったな!てかボクサーの癖にケリ技強すぎなんだよ!つーかその顔についている火傷の後って何だよ!ボクサーを止めた事とは無関係みたいじゃねぇか!それ傷の意味ねぇよ!」
「俺よりちょっと美形じゃねぇかこのやろぉおおお!」
音恩、しゅう、北崎と、三人がよくわからない怒りをあらわにして雷門をボコボコにした。
そんな脇役たちを傍に、狼と辻風は対峙してお互いを睨み合っていた。
「・・・・やっぱ変態の前には変態が集うもんなんだな」
「あいつらと一緒にしないでくれ。頼む」
「・・・・・まぁいい・・・ケンカはこの数年間、鍛えに鍛えてきた。実際、そこの雷門にだって俺は勝てる。どうだ?ケンカしようぜ狼」
「・・・・断る。・・・・俺は、お前にしなければならない事がある」
「何だ?この期に及んで今更謝る気か?謝りたきゃ勝手にしろよ、分かっているとは思うが許さねぇがな」
「・・・確かに・・・俺はお前に憎まれている。その憎む理由を理解している・・・だが、それを加味した上でも・・・・お前は、多すぎるくらいの人たちに・・・迷惑をかけてきた」
「はっ!それがどうし」
「パンッ!!」
狼の平手打ちが、辻風の頬に当たる。
その乾いた音は、北崎たちにも聞こえた。そして、静かだった工場を、また静かにさせた。
「これ以上・・・ハルを苦しませるような事はするな」
狼の声だけが、寂れた工場に聞こえていた。
ごめん。前(後)がきのネタなくなった。