タイプ54「男達の聖戦六」
どうせ最終章に入ったんだし、じっくりゆっくりいかせてもらいます。
更新が遅いのはいつもの事です。
人ごみが多い中華街を、一人の男がフラフラと歩いていた。
聡介だ。
彼は警察署へ自首しに行こうと、その重い足取りで歩いていた。
よくよく考えてもみれば、復讐したいあのエリート野郎は少年院にいるはずだ。
経歴にだって傷はついたし、身内からも、世間からも白い目で見られるはずだ。
エリートから一転、ホームレスよりも下の人間になった。
復讐したい相手は・・・もう、消えたも同然じゃないか・・・。
それでも、ついさっきまでのオレは、そんな簡単な事にも気づかなかった。
後悔、そればかりが今、この胸にある。
もし、母親が生きていたら、情けなさ過ぎて、会わせる顔なんてなかっただろう。
いや・・・もしかすると、もっとオレ自身がしっかりしていれば・・・母親の自殺くらいは止められたのかもしれない。
結局、オレは一体何をしていたんだか・・・・。
被害者だったはずが、今では警察のお世話になる身じゃないか。
もはや言い訳どころか、自分が狂った理由すらわからなくなってきた。
聡介はそう思って、ふと、死にたい衝動に駆られた。
今死ねば、楽になれるのだろうか?
幼い頃離婚した父の今の居場所など知らない。母がオレと妹を女手一つで育ててきた。
今だって、一応孤児院の施設に登録はしていたが、不良グループに入ってからは、一度もその施設に行っていない。
その上、不良グループからも抜けるのだから、事実上今の聡介に、居場所はない。
「・・・卑怯だが・・・オレはもう・・・疲れたよ」
そんな言葉が不意に出て、警察署に向かっていた足は、急遽方向を変え、自分の死に場所を求めて歩き出したのだった。
海の崖から落ちる。
呆然とだが、聡介はそんな自殺方法を思いついた。
多分楽だし、ヘタに死体を残したって、誰も引き取りやしない。
だったら、海に身投げでもすれば、運良く事が運べば、死んだ事すら気づかれずにすむ。
ただ、オレをワザと逃がしてくれた仲間や、狼の正しい選択をしろという言葉を無視する事だけが、唯一の心残りだ。
だが・・・もう、楽になったっていいだろう。
妹も母親も守れなかったうえに、散々他人を傷つけてきたオレは、裁判にでもなりゃあ多くの罪状が下される。
日本じゃあ死刑にはなれなくても、海外じゃあじじいになるまで出られないだろう。
まさに、矛盾だな。海外じゃあ死刑宣告同然なのに、日本じゃあほんの数年だ。
こんな罰程度じゃあ、被害者達も納得がいかんだろう。
それは、オレが良くわかっている。
死んだ報告が出来ないのは残念だが、二度と被害者達の目の前には現れないんだから、それはそれで多少なりとも罪滅ぼしになるはずだ。
そう思うと、心が軽くなった聡介は、何か吹っ切れた思いで、足取りが軽くなった気がした。
死にに行くというのに、心が軽い。
そんな奇妙な感じを受け入れつつ、聡介は歩いていた。
「どーも!お久しぶりです!」
急に、声をかけられた。
聡介はその少女の声に身に覚えがなかったが、もしかして被害者なのかもと思い、恐る恐る振り返った。
「覚えてます?ユリナの親友栗鼠ですよ!」
ラフに着こなした制服。どこからどう見ても不良少女なのに、本当の不良でない事が、聡介にはわかった。そして、彼女が妹の友人である事も思い出した。
「あぁ・・・栗鼠ちゃんか・・・どーも」
葬式で会った以来だ。本気で泣きじゃくっていた彼女を、聡介は良く覚えていた。
「丁度良かった!さ!こっち来て下さい!」
栗鼠は強引に聡介の腕を掴み、引っ張った。
「え?ちょ、ま、まって」
聡介は引っ張られるまま、栗鼠の後を歩くしかなかった。
連れて来られた場所は、近所の墓地だった。
ここが、どんな墓地か、聡介は良く知っている。
母と妹の墓のある、墓地だからだ。
「お兄さん全くここに来てないでしょ?お花や掃除、線香とか全部私がしたんですからね!」
「あ、あぁ・・・ありがとうございます」
よりにもよって、死ぬ前にお墓参りとは。
そう思った聡介だが、たしかにお墓の手入れは全くしていなかったし、手を合わせる事もなかった。
一軒家を持っているわけでもないので、もちろん仏壇もない。
今まで二人を忘れた日などなかったというのに、かなり罰当たりな事をしてきたのだと実感した聡介は、栗鼠に促されるまま、線香を焚き、手を合わせえた。
「・・・まだ、不良グループに入っているんですか?」
「・・・・いや、もう止めたよ・・・というより、逃げてきただけかな?」
栗鼠はここ一帯の不良グループの情報を知っている、だから、栗鼠のその質問にも、聡介は特に驚かなかった。
「それで?真面目に生きる決心でも?」
「・・・はは、そいつは難しいな」
さすがに自殺の決意をしたなどと言えるわけがないので、あえて言葉を濁した。
「・・・・高校は?」
「う〜ん・・・退学扱いだろうね」
「親戚とかは?」
「いないよ・・・さて、どうするか」
表面上では生きる決意があるように見せる聡介、だが、栗鼠はわかっていたようだ。
「こんな時に海を見に行って、どうするつもりだったんですか?」
「・・・まぁ・・・気分転換?」
「・・・・繁華街で、女子高生が一人ナイフで切りつけられて、もう一人は連れ去られた。この事について知っている事は?」
「・・・その女子高生達が襲われている時、いたよ・・・何せ襲った人間の一人だから」
「じゃあ・・・向かうべきは警察署では?」
「・・・・だよね・・・でも・・・最後のわがままで、海が見たかったんだよ」
「見るというより泳ぎたかったの間違いでは?」
どことなく、栗鼠から怒りの感情が見えた。
語気も強くなり、相当怒っている事に気づく。
「・・・・・・・」
聡介は、何も言えなかった。
だから、栗鼠が口を開いた。
「今まで逃げていたくせに、また逃げるんですか」
「・・・・そうだね。妹と母さんの死という悲しみと、どうしようもない狂気から、今まで散々逃げ回っていたね・・・そして、今回も、己の後悔から逃げようとしてる」
「・・・ユリナを本気で心配していて・・・夜中にもかかわらず、ナイトクラブに突入したお兄さんはどこに行ったんでしょうね?」
「・・・本当、どこ行っちゃったんだろうね」
「・・・・・・また、ユリナを泣かすんですか?」
「・・・もう、どうする事も出来ないからね」
「やる事もしていないのに?」
「・・・疲れたんだよ。ユリナが死んで、母さんも死んで、オレが独りぼっちになった時から・・・不良グループに入って、つかの間の休息に寄り掛かって・・・そして、どうする事も出来ない地点まで来た・・・・もう・・・楽になったって・・・いいだろ」
憔悴しきった聡介の精神は、もはやどうする事も出来ない場所まできていた。
栗鼠はそれを十分わかった上で、もう一度口を開いた。
「とことんネガティブですね。少しは人生を楽観視したらどうです?・・・最悪な人生を送ってきたのだと思ったのなら、普通幸せになりたいって思いません?」
「でもね・・・ユリナも母さんも、もういないんだ・・・オレも、消えてもいいだろう」
「あなたは、ユリナやお母さんのために、生まれてきたんですか?」
聡介の耳に、はっと気づかせるセリフが聞こえた。
「あなたの人生は貴方の為のものですよ?自分が幸せになるために人生を歩むのが当然のことなのに・・・そんな事にも、あなたは気づかないんですか?」
聡介は、やっと何かを掴んだ気がした。
妹だって、母だって、幸せになろうとがんばっていたじゃないか。
誰もが、幸せになろうとしていたじゃないか。
オレが狂っている間、オレは自分の幸せのために動いていたのだろうか。
ただ何となく生きていたのではないか?
今さっきだって、幸せよりも死を選ぼうとしていたじゃないか。
散々多くの人を不幸にしてきた後悔を抱えたまま死ぬなんて、不幸もいいところだ。
今はただの人間だし、むしろ最悪な人間の部類だ。
だが、そんなオレでも、この後悔を、ただの後悔で終わらせない方法を考えてみればいいじゃないか。
それがきっと、今のオレの、幸せにつながるんじゃないか?
「・・・・ははは・・・はははははは!ポジティブな考えに変えた瞬間・・・・さっきまでの変な爽快感が消えて・・・なんか、熱くなってきたよ・・・・栗鼠ちゃん・・・ありがとう」
「どういたしまして。で?自首するなら同行しましょうか?」
「・・・どうせなら、楽観主義者として目覚めた記念に・・・不良グループと手を完璧に切ろうと思う。だから・・・・ちょっと行ってくる!」
聡介はそう言って走り出した。
先程までの足の軽さよりも、更に軽くなった足取りで、聡介はグループのアジトに向かった。
そして、栗鼠はお墓の前で、安堵のため息を吐いていた。
あんたらも、悲観する前に楽観視することを覚えるんだな。
我が偉大な恩師の名言。マジマジ。
小学校教諭にはあるまじきセリフだぜ!