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タイプ39「羊と雫」


 ははっ、タイトルが思いつかない。

 永い長い一生の中で、人はふとした瞬間巨大な秘密を所有する破目になる。


それは必ずしもいい事ではない、むしろ隠すべき事がすなわち秘密なのだから、


どんな親しい相手にも言えない事があるというのは、全く持って悲しい事だ。



  でも、ぶっちゃけバレた時の方が恐ろしい事になるわけでして・・・・。



「・・・へぇ〜〜〜〜、そんな事があったんだぁ?」


雫が黒い笑みで羊と狼に言った。

場所は狼の部屋。時は婚約を阻止したあの感動的な日の次の日の夕方。

そして当事者の二人は土下座をしたまま頭すら上げない状態である。

「悪魔があのお店で出会った骸骨なのね?・・・そして羊の従兄弟役でもあったと?」

「・・・はい」

「それでぇ?他にこの事を知っているのは栗鼠ちゃんだけでぇ?他のみんなは知らないとぉ?」

「・・・その通りです」

羊と狼が交互に返事をした。

「・・・・まぁ、何はともあれ騙していた事に変わりは無いから殴っていい?」

「あぁ!男として当然だからな!さぁ!好きなだけ羊を殴るがいい!いや!・・・こいつは羊の皮を被った狼なんだよ!」


狼はありったけの力で雫の超ド級ストレートアッパーをくらった。正直あごが砕けかけた。


「全ての元凶は狼であって羊じゃないのよ?それとさっきの台詞、名前がややこしいから文字だけじゃあ勘違いされちゃうでしょ?」

狼には、もはや返事ができるあごなど持ち合わせてはいなかった。

「・・・まぁ、他にも言いたい事はたくさんあるけど・・・今言いたい事は一つだけ・・・」


  「狼・・・あんた私の事が好きなの?」


狭い部屋の中が、宇宙の一部であるかのごとく、静かになる。

「・・・・ふぁい?」

まだあごが治りきっていないので上手く喋れない様だ。仕方が無いので雫はもう一度アッパーをくらわし中和した。


「で?・・・私の事好きなの?」

「まずはなぜそんな質問をするのか、そこからお聞かせ願おうか?」

狼は空気を読めず二人に軽蔑の眼差しで見られた。狼は鬱になりかけた。

「・・・はぁ・・・友達としてなら・・・命をかけてやってもいいと思っているぜ」

「・・・・わかった。好きじゃないのね」

そう言って雫はある意味吹っ切れたような表情をした。

しかし、うって変わって羊がいきなり慌て始めて・・・。


「俺は好きだ!」


顔を真っ赤にして羊は言う。

狼は状況が理解できていないようで首をかしげている。

雫は思考停止している。


数分間、沈黙が流れた。誰も喋らない部屋はまさに地獄よりも苦しく辛い場所であった。


「・・・まぁ、これで分かった事があるわ・・・狼は私を恋愛対象として見ていないけど・・・羊は私が好きなのね・・・」

若干照れた様子を見せる雫。そしてまたもや微妙な空気が流れた。

≪何なんだこの空気の悪さは?・・・気まずいなんてレベルじゃねぇぞ?≫

狼が目を伏せながら誰かが喋るのを待つ。すると、雫が口を開いた。


「じゃ、帰る」


「「・・・・・・」」


二人が目を丸くしていると、雫はさっさと立ち上がった。

「じゃあね」

「ちょ、ちょちょちょちょ、ちょ〜い!空気を悪くするだけ悪くしておいてそれかい!」

狼が去ろうとする雫の手をつかむ。


「離してよ!」


雫は狼の手をはたいた。同時に、怒りの表情を見せる。だが、その目には、涙が溢れていた。


「・・・え?」

「・・・・あんたの事!・・・狼の事好きだったんだから!!・・・真剣に!好きだったんだからね!!」

雫はそう言って、部屋を出て行った。

狼はどうする事もできず、ただ立ち尽くしていた。そして、地べたに座っていた羊も固まる。

「・・・・行っちまったか」

狼は困ったように言った。

「・・・あぁ〜あ・・・行っちまったよ・・・どうすっかなぁ〜」

どうもわざとらしい言動だった。それは、何かを伝えたい行動にも見えた。

「・・・・羊、お前・・・好きなんだ?・・・雫が?」

「・・・なに?わざとらしいわね・・・知ってたでしょ?」

「・・・・だが、雫がオレの事を好きだとは知らなかった」

「うっわー、すごい鈍感。もはやキングだね」

「・・・・雫を追いかける権利のあるやつは、たった一人しかいない」

狼は急にそんな事を言い始めた。そして、羊は黙って聞いている。

「それは・・・雫を守ってやれる奴・・・というわけで・・・行って来い」

「・・・なんだよ、結局人任せ?」

「いいや、自分の事は自分で責任を取る。だから、違いといったら・・・男か女かぐらいだろ?」

狼がそう言うと、羊は鼻で笑って、立ち上がり、部屋を走ってでた。




 雫は今あるモヤモヤとした気持ちを晴らす為に、全力で走っていた。

道行く人と肩をぶつけても、雫はかまわず走っている。嫌な顔や罵声を浴びせられても、雫には一切見えなかったし聞こえなかった。


これが失恋なんだ・・・と、雫は痛感していた。


正直大袈裟かも知れないが、叶わぬ恋だったと思う。

少なくとも、狼が私の事を好きではない事ぐらいわかっていたし、好きになるような事もしてこなかった。ただ・・・ただそれでも、いつか振り向いて貰えるかも知れない事を祈って。


今までさんざん私に告白してきた男達がいた。その全員がフラれたって言うのに、なんで落ち込んだ素振りを見せなかったのだろう。雫はそんな事を思っていた。

ほとんどの男は、何で好きな相手に振り向いて貰えなかったのに、平気なんだろう?

数日後には別の女を作るし、気に入らなかったからといって私の陰口も叩く。

男はなぜそんなに恋や恋愛というものを軽く見ているのか。

はっきり言って、そんな奴らには、私の今の気持ちなんて絶対に伝わらないだろうな。

雫はそう思いながら、尚も走っていた。

しかし、涙でうるんだ視界はぼやけていたので、目の前に人がいる事もわからず、雫はとうとう誰かと正面衝突した。

後ろに飛ぶ雫、ぶつかった相手も派手にすっ飛んだ。

「どこ見て歩いてるのよ!しっかり前見ろバカ!」

雫はいの一番にそう叫んだ。そしてすぐに立ち上がろうとするが、足に力が入らなかった。

とことん、自分が奈落の底にはまっている様な気がした。

そこからは、抜け出すこともできなくて。そのまま、沈んでしまいそうな、そんな感覚。

雫は押し殺した声で泣いた。すると、誰かが腕をつかんで、雫を立ち上がらせた。


「・・・大丈夫?」


パッと見、狼だった。

声も、雰囲気も、大体のスタイルも。全てが狼と同じだった。

そんなそっくりさんの唯一違う所は、服装と長髪という二つぐらいだった。

「・・・なによ、あんた誰?」

「・・・・えっと・・・まぁ、その・・・わからない?」

「知らないわよあんたなんて、こっちは忙しいんだから後にしてよ」

「羊だよ」


「・・・・は?」


雫はまじまじとその男を見た。だが、どう見ても男だ。

しかし、考えてもみれば、羊は元々男。つまり戻ったと考えられる。

「・・・なによ・・・女の狼なら殴らないであげたけど・・・男になったってのなら遠慮なく殴らせてもらうわよ」

「・・・うん・・・いいよ」

羊は優しい笑みでそう言った。正直顔が狼なのでかなり不気味に見えた。

「それよりもさ、ここは人が多いから静かな場所にいこ?」

羊はそう言って雫の手を取り、公園に向かった。


 すでに日は消えかけている薄暗い公園。

そこで二人はベンチに座っていた。周りはわざとらしいほど静かだ。

「・・・骸骨に途中で会ったの?」

雫のその質問に、羊はそうだと言った。

「丁度家に出る瞬間に見つけたから、一時的にオレの性別を戻す魔法と雫の移動先へのテレポーテーションを頼んだ」

「・・・ふ〜ん・・・で、何で追いかけてきたの?」

「雫が好きだから」

羊の声は静かな公園に虚しく響くだけだった。

「・・・正直、意味がわからない」

雫は率直に心境を述べた。

「羊は元狼だったんでしょ?・・・その時は好きじゃなかったんだし、なんで女になった今、私を好きとか言うの?」

「・・・好きになったから好き・・・っていうのは論外かな?」

「そうね、意味不明だわ」

「手厳しい・・・まぁ、確かに・・・狼の時は、オレは雫の気持ちを知らなかった。でも、なんて言うのかな・・・本当の雫を見たら・・・好きになった」

「・・・何それ?」

雫は不機嫌な声色でそう言った。

「あんたなんかに本当の私とかがわかったの?私の好意にすら気付かなかったくせに?その上鈍感で?挙句の果てはみんなに隠し事・・・そんなあんたに、何がわかるのよ!」


「仕方ないじゃん・・・みんな素直な性格じゃないからさ」


羊は怒られているという概念を持たず、サラッと言った。

「す、素直じゃないって」

「だってそうでしょ?・・・オレが鈍感なのは認めるけど、会う度に悪口を吹っかけたり、わざと迷惑を吹っかけてきたり、挙句の果ては婚約寸前になっても自分の気持ちを伝えてくれないシャイな乙女なんだから・・・少なくとも、男のオレには女心は見えなかった」

正直に語る羊の表情は、どこまでも気楽な表情をしていた。それでも、雫は仏頂面を止めない。

「本っ当!男って理解できない!そもそも男女平等とか口では言ってるけど!どうせ心の中では自分が上だって思っているんでしょ!?だから恋とかも特にショックじゃないし、多くの女と遊んでも平気なのよ!最低!」

「・・・オレは、雫たちを見て・・・自分が上だなんて思った事は一度もないよ?」

「・・・そ、それは」

「むしろ雫たちのほうが注文が多かった気がするなぁ〜」

「うるさいわね!とにかく・・・もう、ほっといてよ」

「それはできない注文だな」

羊のその台詞の後、またもしばらく沈黙が続いた。

雫は下をうつむいているが、羊は空を見上げている。

そんな対照的な二人を、月は見下ろしていた。


「・・・ねぇ、羊は・・・いつ私を好きになったのよ?」


雫がポツリと言葉を洩らす。その言葉を、羊は受け止める。


「狼に向けていた瞳をみて、好きになった」


羊は思い出していた。狼の事、もとい自分を好きになっている女の子を見たあの時を。

素直になれなくて、意地を張ってしまって、何度泣かせてしまったか分からない薄情な自分だが・・・。雫だけは守りたい。羊はそう思っていた。



「オレは鈍感で、気も利かなくて、不器用だけど・・・・雫の側を離れたくない。今はそう思っているだけだよ」



羊は言いたい事を言った。伝えたい思いを伝えた。

きっと、この思いは、羊にならなかったら手に入らなかっただろう。

狼のままじゃあ、こんなにも、雫を好きになる事はなかっただろう。

ある意味、女になった事が、雫と出会うための運命の道の一つのように感じる。


「・・・雫・・・好きだよ」


羊は目線を空から、隣にいる雫にゆっくりと向けた。

雫も、いつの間にか羊を見つめていた。そして、口を開く。

「・・・本当に、私の事好きなの?」

「・・・もちろん」

「私はワガママだからね、下僕同然になるわよ」

「それはもう慣れているよ」

「浮気は死刑に値するからね」

「も、もちろんだよ」

「結婚前提で告白しているわよね?私を幸せにできなかったら許さないんだから」

「・・・・わかった」

「・・・あと、これだけは絶対に守ってよ・・・・ずっと、そばにいて・・・」

真剣な表情の雫に、羊は同じく真剣な笑顔で言った。


「・・・ずっと、そばにいるよ」


雫が、ふと目を閉じる。顔は羊に向けたままだ。

羊は一瞬顔を赤くしたが、ゆっくりと顔を雫に近づけた。

ゆっくりと距離が縮まっていく。唇と唇がもうすぐ触れ合う。

時間はこれまたゆったりとのんびり流れている。だが、二人に慌てるという無粋な邪魔な感情はなかった。

あと少しで、重なりそうになる。もはや間違いなくキスができるところまで行った・・・・・・・・・・・・のだが。


 「ボワン!」


羊の性別が戻った・・・・・・・・。


雫が女になった羊をみて、自分がその場の勢いに乗ってしまっていた事に気付く。

「・・・じゃあ、帰りましょう。送って」

「え?・・・き、キスは?」

「女の子同士ではしないから」

羊が明らかにショックを受ける。雫は明らかに照れているが、機嫌はよくなったようだ。

「ちくしょう!もっと早く決断していれば!何でさっさとしなかったんだよぉお!!」

愚痴を盛大にこぼす羊に、雫は愉快そうに笑って言った。


「ほ〜ら、私の下僕になるんだから、早くしてよ!」


雫のその輝く笑顔は、きっと今までで一番嬉しい笑顔に違いない。





 決してレズではないでござる、の巻


うるせぇよ by羊

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