タイプ38「雫パニック!〜終焉の日〜」
多少駆け足気味じゃない?
何を言う、もはやぶっちゃけ婚約だのなんだのはどうでもいい話なんだよ!もっと恐れるべき事態が起ころうとしてんじゃん!
まぁ、正直これは作者にとっても予想ガイ
羊と雫が謎の空間に入りこんでしまっている間に、狼達のほうでも進展がありまして。
さかのぼりますこと、羊と雫が逃げ出したあの時間帯、三人はある人物と連絡を取り、そしてそのまま・・・・。
南字家の屋敷へと出向いているのでした。
時代劇にでも出てきそうな古いその屋敷は、かなり年月が経っていると予想されるのに、瓦は今だ光っており、正門は堅くその扉を閉ざしていた。
「・・・・あ、圧倒されますね」
辰来がまたもや弱気な態度になる。
だがそれも仕方ないだろう。屋敷全体はかなり広いのに、しっかりと塀をこしらえてあるので、中の様子など外からは到底見えないのである。もはやそれだけで脅威だろう。
「・・・・お前ら二人に忠告しておく事がある」
狼はさすがで、こういった緊張する場面でも落ち着いていた。
「この屋敷に一歩入ったが最後・・・必ず礼儀正しい態度でい続けろ。失礼な事はもちろん、些細なミスだって許されはしない。本物のお偉いさんを相手にしているんだから・・・下手すれば社会的地位だって、もっと悪ければ日本国籍すら削除されるぞ!」
「えぇええ!!?それ完璧消滅させられちゃうじゃないですか!」
辰来がすでに戦意消失した所で、奈絵美が口を開いた。
「シナリオは私の言った通りにしてくれれば多分上手く行くだろうが・・・正直完璧とは言い難い。だから緊急のアドリブは・・・狼、頼んだぞ」
「大丈夫大丈夫、この案がうまく行かないわけが無いだろ?」
「・・・・そうだといいんだがな」
奈絵美は若干苦い面持ちだったが、三人はとにかく出陣する覚悟を決めた。
古い屋敷ではあるが、インターフォンはついている。狼は真っ直ぐにボタンを見て、ゆっくりと押した。
すると、スピーカーから声が聞こえてきた。
『どなたでしょうか?』
中年の男の声だ。声の感じからして物腰の柔らかい人柄だと思う。
「・・・雫さんの学友、守多狼です」
『・・・・少々お待ちを』
声色が若干変わった。明らかに驚いているようだが、お引取りくださいと言われなかったので三人は安心した。
かくして、鉄でできた木の枠の堅い門が、重々しい音と共に開かれたのだった。
一番に出迎えてくれたのは、恐らくインターフォンで応答した人と思われる使用人だ。
着物を着た中年男性は慣れた様子で三人に挨拶をする。
「これはこれは、雫様がお世話になっております」
「いえ、こちらこそ。雫さんのような可憐な方と学友でいられるだけで誇りに思っていますよ」
正直こいつ誰だヨと辰来は、豹変した狼に突っ込みたかったが、そんな非常識な真似はできないので笑顔で流そうとする。
「ささ、こんな所で立ち話もなんでしょう。旦那様は雫様の勉学に励むお姿をきっと知りたいはずですので、是が非でもお会いしていただきます」
男性の人の良さそうな表情が、語尾を強くした瞬間、黒くなった。
それをしかと見た辰来はすぐに帰りたい欲求に駆られた。
逃げ出したい、きっとここにいてはいけないのだ。そんな危険信号が頭の中で鳴り響いているというのに、辰来は心のどこかでわかっていた。
逃げる事は、できないという事を。
三人は広いお屋敷の廊下を歩いていた。
案内人は先程の男性に代わり、今度は若い女性だった。若いといっても高校生である三人と比べればかなり離れているだろうが、恐らく二十代後半、もしかすると三十代かもしれない。
そんなお姉さんも、旅館の人が着るような着物を身に着けていた。
「こちらです」
ふと立ち止まったお姉さんはその場に正座をし、お連れしました、とだけ言った。
「入れ」
はっきりと聞き取れる渋い声が返ってきた。
その返事を聞いて、お姉さんは障子に手を添え、丁寧に開けた。
一面が畳で敷き詰められており、壁は質素なベージュ色で統一されていた。
そして上座にあぐらをかいている老人が一人、厳しい表情で目を伏せていた。
灰色の角刈り。ひげはそっているようだ。そして程よくあるシワ。威厳に満ちた容姿である。
「失礼します」
狼が一礼をして室内へ入る。続けて二人も同じ行動をする。
そして、あぐらをかいている老人、つまりは雫の祖父の前に、正座をした。
「・・・守多か・・・父と母は元気かな?」
「えぇ・・・相も変わらず仕事に追われております」
「そうか・・・今や有名企業の助言役・・・たしかアドバイザーなどという職だったかな。そんな企業にとっては知将とも呼べる親の息子が・・・落ちぶれかけているとはいえ、歴史ある我が南字家の企業を潰そうとするとは・・・一体どんな魂胆があるのだ?」
ようやく伏せた目を狼に向ける雫の祖父。その目はもはや怒りに燃えているようにも見えた。
「・・・別に、南字様の御社を潰そうとは一切思っていません。ただ・・・・」
「雫を助けたい・・・とでも言うのか?」
雫の祖父はまさに言おうと思った台詞を見事に当てた。
「・・・はい」
狼は平静を装っているが、きっと動揺はしているはずだ。時折見せる目の色が、言い表すことのできない緊張と重荷で濁っていた。
「だとしたら、貴様はとんだ馬鹿者だとしか言えんな。親が上流階級の業界を渡り歩いているのだ、貴様にも上の人間の宿命を知っているはずだろう」
「・・・えぇ、知っています。ですが、生まれた頃から上の人間としての教育を受けていたのならまだしも・・・雫は普通の生活をしてきました。いまさらこんな酷な世界に引きずり込むのはあんまりです」
「雫が犠牲にならねば・・・・より多くの人間が、犠牲になるのだぞ」
雫の祖父がはっきりと言った。その台詞に、辰来は意味が理解できなかったようだ。
その表情を見たからか、雫の祖父ははっきりと説明をした。
「ワシが今雇っている社員の人数は一万人以上だ。つまり、このまま企業が潰れれば、一万人以上の社員が路頭に迷うことになる。もちろん働いている者の中には家族を養っている者もいる・・・・わかっただろう、大勢の人間が生活苦になるのと、雫が、酷な世界とはいえ上流階級の人間になるのと、どちらが幸せになれるのかが・・・」
辰来はようやく意味を理解して、そして表情を暗くした。
少なくとも、自分たちのわがままで多くの人間が生きる事すらできない状態になると聞かされて、平然としていられるわけがない。
「・・・ま、貴様はわかっていただろう、守多。まだまだ若造だからな、今回の行動は大目に見てやろう。聞けばそちらの学友の何人かをこちらが傷つけてしまったようだ。その者たちの怪我はこちらが責任もって面倒を見よう。だから、お前たちも帰りなさい。雫は・・・しばらくの間は会えないと思うが、死ぬわけではない、ただ、どうしても恨みたいのなら・・・わしを恨んでくれ・・・それだけだ」
「待ってください」
狼が話を終わらそうとした雫の祖父に向かって、はっきりとそう申し立てた。
「・・・なんだ」
雫の祖父は予想だにしなかった狼の台詞に、若干驚嘆する。
「・・・もしも、葛木家以外からの援助者がいたら・・・考え直してくれますか」
「・・・なに?」
「如月財閥のお嬢様に相談したところ、南字家との企業合同化を承知していただけました。もうすぐ如月家からの使いも来るはずです」
「・・・き、如月家・・・いや、そんな・・・あんな巨大財閥が?」
面食らう雫の祖父。そして、三人はいっせいに頭を畳につけた。
「自分たちのわがままで多くの人に迷惑をかけたことは謝罪いたします。ですが・・・ですが!・・・僕らはまだ雫と一緒にいたいんです!・・・一緒にいたいっていう奴らがいるんです!・・・雫自身が・・・一緒にいたがっているんです!・・・だから・・・考え直してくださいませんか!お願いします!」
狼が一思いに言い切った。それを見て、いつまでも驚いていた雫の祖父は・・・ふと、笑った。
時刻がだいぶ流れて夜になる。
だが、雫の祖父、隆久はまだあの部屋にいた。
もう一人はスーツ姿の男だった。もちろん、狼たちはいない。
「以上が如月財閥からの要求と契約書類です。ご不明な点があれば」
「・・・いや、ない・・・ただ、一つ聞かせてくれるか?」
「はい?」
隆久は一拍置いて、静かに訊いた。
「・・・なぜ、彼らの願いを聞き入れたんだ?」
「・・・守多様たちの事ですか?」
「あぁ・・・なぜ、彼らの言うことを?」
「・・・さぁ、私にはわかりません。ですが御社との合同計画については、会長は以前から実行しようとしておりました。ですが幹部会の反対があったもので・・・それを本日、お嬢様が幹部会を説得しましたから」
「・・・そうか・・・」
隆久はふと、雫の顔を思い出した。
そう、一度だけ・・・子供の頃、駆け落ちしてきた娘が孫を連れて遊びに来たのだった。
その時はそっけない態度をとっていたが、雫のあどけない表情は鮮明に今でも覚えている。
もしかすると、今回の婚約で、雫を束縛したかったのかも知れない。
本当にわがままを言っていたのは自分なのかもしれない。
≪そう思うと、雫には、申し訳ないことをしたな≫
隆久はそう思いながら、もう雫には会わないように決めた。
「ご主人様、お嬢様がお見えですよ」
「ん?どこのお嬢様だ?」
「え、ですから・・・実夏(雫の母)様ですよ」
隆久は心臓が止まりかけた。
「な、ななななな何だ!?今!?」
「とりあえず部屋にお通ししましたから会ってくださいよ」
そう言って使用人はうれしそうな顔をして部屋の場所を伝える。
久しぶりに会う娘。雫のお母さんは緊張した面持ちで正座をしていた。
そして、意を決した隆久が中に入る。
「・・・何のようだ」
「・・・・雫の婚約がなしって・・・本当?」
常識的な問いかけだったので隆久は安心して答えた。
「あぁ、本当だ・・・。雫には迷惑をかけた、本当に申し訳ない」
そう言って隆久は頭を下げた。
「ほんと、雫はかわいそ〜、こんなに怖いおじいちゃんにいじめられたなんて〜」
≪こいつ・・・そのしゃべり方なんとかせんか!≫
いきなりふざける実夏だが、それはいつもの事なので隆久は特になんとも思わない。
「どうせなら雫本人に謝ってよ」
「・・・いや、それはできない」
隆久ははっきりと断言した。
「・・・なんで?」
「わしが雫と顔をあわせれる訳がないだろう。雫をこれ以上傷つけないためにも」
「お父さんが、何で雫を傷つけたか・・・わかる?」
実夏はふと、隆久にそんな問いかけをした。
「・・・・婚約を決めたからだろ」
「・・・・それはただの結果、問題は何でそんな事をしちゃったか・・・その答えは一つ!」
「今の雫を知らないからよ」
今度は実夏が断言した。
「今雫は幸せなのか、どんな事を考えているのか、悩みはあるのか、どんな感じで笑うのか・・・・お父さんはまだまだ雫の知らないこといっぱいあるでしょ?」
「うん、まぁ、そりゃそうだろ?」
「だったら・・・知ったほうがいいんじゃない?・・・大切な孫のことを」
「・・・あぁ・・・そうだな」
こんな気持ちになるのは久しぶりだ。
隆久はそんな事を思いながら、うれしそうに笑う娘をそっと見て、すぐに目を伏せてしまった。
あぁ、数時間後にはまたアップするから。