第四話
─────クエストでは何が起こるかわからない
冒険者であるならば常識であり、二人共覚悟していたことだ。なので今回のクエストはゴブリンはともかく多
少の不測の事態が起こることくらいは許容できた。
しかし、いくらなんでもこの自体は完全に想定の範囲外だった。
サスカビオの街は初心者が集まる街だけあってその周辺の危険度も低い方だ。
間違っても今目の前にいるような高ランクモンスターが出るような場所ではない。
「……どうするよ?」
「下手に動かない方がいい。まあ、奴さんたちをどうにか出来るのなら話は別だが」
「うん、無理」
その場の全員が睨み合ったまま身動きが取れない。
ベヒーモスたちは新たな獲物が現れたことから今は唸りを上げ、こちらを警戒して様子見に入っているようだがすぐにでも襲ってくるだろう。
「今なら俺のテレポートで逃げることも出来るけど……」
「駄目だな、街が近すぎる。このまま進まれたらえらい被害が出るぞ。足止めして応援を呼ぶのがベストなんだが……」
「街にどうにかできそうな戦力も無いしなあ……それも無理か」
テレポートの魔法は短距離なら任意で場所を選んで一瞬で移動できるが、長距離は一度登録した場所でないと移動することはできない。現在ノアが登録しているのはサスカビオの街だけである。
街にはそれなりの数の冒険者がいるだろうが二匹の相手を出来るほどの腕利きはいないだろう。そういう人たちは主に魔王軍との激戦区である遠く離れた王都などで活動している。
仮に王都へ応援を読んだとしてもその頃には町ごと全滅している可能性が高い。
「──仕方ねぇな……。派手にやれば街はすぐ近くだ、誰かしら応援に来るだろ」
「いや、お前さんがテレポートで戻って人を呼んでくれ。俺がここで足止めする」
「ああ? おっさんでも二匹は無理だろ、俺のほうが手数と火力も出せるし時間は稼げる。コレでも魔法には自信があるんだ、うまく行けば一匹は倒せるかもしれないぜ?」
「いやしかし─────」
「派手にやるって言っただろ? 二人でやれば生存率も上がるし足止めも出来るだろうさ」
そう言ったノアに何か言い返そうとした時、緊張に耐えられなくなったゴブリン達がにわかに騒ぎ始めた。
「「──ちょ、おまっ!?」」
『グルアアアアアアアアアアアアアアァッ!!』
「「うおああああああ──ッ!?」」
ついに二匹のベヒーモスが暴れだし手近にいたゴブリンたちを喰らい、蹴散らしていく。その勢いは凄まじく、体当りされただけで哀れなゴブリンはまとめて木っ端微塵に吹き飛び、勇敢にも立ち向かったものはその手に持った貧相な武器で攻撃を仕掛けるが強靭な肉体の前にあっけなく弾かれ、反撃で血煙と化す。
「坊主! 奴らの攻撃を食らったらひとたまりもないぞ! 攻撃を避けることを優先しろ!」
「そんなことよりコイツらどうにかしてくれよ! 見境がないぞっ、 赤字でもいいから撃ちまくってくれよ!」
「あいよっ! それと俺のことは気にしなくていいからでかいの一発頼む!」
「ああ! ───うおわっ!?」
銃声と悲鳴が鳴り響く中、必死にゴブリンとベヒーモスの攻撃を避けながら魔法を使うために距離を取って集中する。
巨大な魔力が唸りを上げノアを中心に爆発的に高まってき、余波で周囲の空気を震わせつつ自身の背後に魔力を青白く迸らせながら発光する魔法陣を5つ形成する。
「───チッ!」
急激な魔力の高まりと周囲の異変から一匹がノアを危険と判断し襲いかかる。
明確にターゲットにされ血の気が引き、口から心臓が飛び出そうなほどに緊張し、今にも爆発しそうに紫電を放ち続ける魔法陣をしっかり制御しつつ逞しく鋭い角による突進をギリギリ横に飛んで回避する。
当たっただけで木や岩などを軽々と粉砕し、近くを通り過ぎただけで体ごと吹き飛ばされそうになるのを何とかこらえて飛んでくるゴブリンの残骸を手で払いながらさらなる追撃に備える。
「──坊主!? ええいっ邪魔だ!」
少し離れた所でベヒーモスに襲われるのを見たアルノルトが援護に向かおうとするが、酷く興奮し混乱しているゴブリン達に行く手を阻まれる。
連射に向かない長銃を巧みに操り正確かつ素早く慣れた手付きで頭を撃ち抜いていくがキリがない。
「ッ!? ──ヤロウッ!」
見れば残ったもう一匹のベヒーモスがゴブリン達が逃げ出さないようにうまく襲いかかっている。
「くっ! 大丈夫か坊主!」
銃底で近づいてきたゴブリンを殴り飛ばし反対側から襲ってきた奴の頭に銃口を押し付けて発砲、さらに視線を剥けること無く背後に向けて引き金を引く。
次々とゴブリンたちを屠っていくが一向に数が減る気配がせず進むことができない。
「こっちは大丈夫だ! それよりももう一匹の足止めとゴブリンたちを集めるように追い込んでくれ!」
「了解だ! ──今日は大サービスだ、全弾持ってけ!」
言いながら素早く弾倉を取り外して新しい弾倉に取り替える。
「『バラージショット』ッ!」
スキルを発動させたことによって、一度の発砲で銃口から大量の弾丸が発射され弾幕を張る。
射線上の敵を次々撃ち倒し、楽に移動することが出来るようになったがベヒーモスには一切効いた様子がない。
それでも回り込みながら次々と弾倉を変えてスキルを発動させることによってゴブリンたちを押し込み、ベヒーモスその弾丸の嵐によって足を止めさせることに成功する。
「こっちはもう弾が尽きるぞ! 早くしてくれ!」
「オッケー! まかせて!」
ベヒーモスの攻撃を何度も避けていたことによりローブがボロボロになり軽い出血などもしているが、爆発寸前の魔法を暴発させること無く制御しきっている上に、並行してすでに身体強化を施したノアがすぐ後ろにベヒーモスを引き連れてモンスターの群れに勢い良く突っ込んでいく。
勢いでゴブリンを撥ね飛ばしながら体ごとぶつかるようにもう一匹に接近、迎え撃たれる直前で『テレポート』を発動させる!
獲物を見失い片割れに激突寸前で急停止したベヒーモスをよそにアルノルトの横に出現、素早く肩を掴んでもう一度テレポートすることにより距離を取る。
そして───
「まとめて消し飛べっ! 『エクスプロージョン』ッ! ─────五連打ァッ!」
「─────え?」
限界ギリギリまで高められた魔力がついに解き放たれる。
魔法陣から解き放たれた魔力が閃光となって突き刺さり強烈な光と爆発、轟音とともに周囲のすべてを消し飛ばす!
上級破壊魔法の中で威力と範囲に優れた魔法による五重奏は凄まじく、森の一角を完全に消し飛ばして余韻のように今も振動が響き、地面には数十メートル以上のクレータが出来上がって熱で溶けた土がまだ燻っている。
「う、うぅ……は、派手すぎだバカ……死ぬかと、思った……っ!」
「あ、ああ……念には念をを入れてやりすぎた……か、体中が痛い……吐き気がする……」
二人は凄まじい爆風に呆気なく吹き飛ばされて爆音と大量の土や岩などにさらされた挙句、土に埋まっていた。
しばらくして呻き声を上げながらも何とか這々の体で土の中から這い出すことに成功したが、共にボロボロだ。
「ア、アハハ……だけどよぉ、あいつら一網打尽にしてやったぜ?」
「……こっちも一網打尽になりかけたがな。このバカ魔力め、少しは加減しろ!」
「だってベヒーモスだぜ! 手加減できるような相手じゃねぇよ、こっちも必死だったんだよ!」
「まあ、こっちの攻撃にはビクともしてなかったからなアイツら」
「そうだな……ていうかほんとに倒せたのか? あれで元気だったら泣くぞ」
「流石にくたばっただろうよ」
まだ熱を持っているクレータに目を向ける。
彼方此方で煙が上がっているが動くものはなく黒く焦げた塊などがあるだけだ。が、爆心地の中心部分にあった黒い塊が崩れ落ち、その下にいたものが怨嗟の咆哮を上げて立ち上がる!
「……オイオイ、生きてるよアイツ」
流石に二人共その光景に呆気にとられる。
見ると傍らに落ちた黒い塊、番の片割れが庇ったらしく、ひどい火傷と怪我を負っているがむしろより凶暴性がまし、その佇まいから生命力の高さを見せつけてくる。
しかもその咆哮を聞いて、崩れ落ちていた黒い塊も気絶していただけなのかしっかりと四本足で立ち上がり、片方よりも重症で自慢の角も両方へし折れているが健在であることを力強く主張する様な怒りに満ちた咆哮を上げる。
「「………………」」
上級破壊魔法を連続で受けても2匹とも生存していた。その事実に血の気が引いていくとともに言葉が出ない。
「は、ははは……嘘ぉ」
「流石は、高ランクモンスターと言ったところか……ヤバイな、これは……」
乾いた笑いを零しながら痛みを訴える身体を無視して立ち上がる。
「───よし決めた、逃げよう」
「賛成だ」
やれることは十分やった。さっきの爆音に街の方も気づいただろう、ギルド側が何かしらの対処をするはずだ。オマケに相手は深手を負っており、数で攻めれば高ランクモンスターとはいえ街の冒険者たちで倒せないこともないだろう、多分と信じる。
そうと決まれば話は早いとノアはアルノルトの肩を掴みテレポートで逃げる準備に入る。
「テレポー……とぉおおおおおおおお!?」
ベヒーモス達がこちらに襲い掛かってくる前に逃げようと魔法を発動させようとした時、
─────ソイツは前触れもなく突然と空から現れた。
ソイツは唸りを上げ憎悪とともに睨みつけてくるベヒーモスを轟音とともに地面ごと陥没するほど踏みつけ、ただソレだけで悲鳴を上げさせる間もなく息の根を止めた。
突如として番を殺され怒りに震える角の折れたベヒーモスが体当たりを仕掛けるがソレは意に介さないように鋭くて太い爪の生えた腕で巨体であるベヒーモスを軽々と掴み上げ、とても鋭利な歯が並んだあぎとで上体を食いちぎる。
肉と骨を噛み砕く音を聞きながら二人はまたも呆気にとられるとともに自身の運の無さを呪わずにはいられなかった。
「……今日は厄日かよ……勘弁してくれよ、全く……」
「さすがにこうも立て続けだといっそ清々しいよな。───まったく嬉しくはないが」
ベヒーモスもコイツから必死に逃げていたのだと二人は理解する。
それはとても大きかった。それはその巨体に見合った翼を持ち、全身爬虫類を思わせるような硬く分厚い深紅の鱗は巨大な尻尾の先まで覆われ、鋭い爪と牙を携えて威風堂々と立ち、こちらを睥睨する姿は超常的存在の頂点に君臨し、誰も抗うことのできない災厄そのもの。
─────ぶっちゃけてドラゴンだった。しかも伝説に出てくる様な強さの。
こちらを見ながらバリバリと食事を続けるドラゴンを二人はその威勢に飲まれ眺めていることしかできなかった。
はたから見たら間抜けなようだがその威圧感だけは本物で下手に動けない。
「あの大きさと感じる強さから『長寿級』か……? いや、下手したら『古代級』かもしれんが……」
この世界ではドラゴンなどの超常的な生き物は歳を重ねるほどその強さを増していき、『長寿級』とは千年以上生きたものを指し、『古代級』はそれよりさらに長く生き、神に近い力を持った存在のことをそう定義づけている。
「どっちでも俺たちにはお手上げじゃんかよおっさん」
「そりゃそうなんだが……というかさ、一つ気づいたんだが」
「なにさ」
こちらを、正確には『隣を見ている』ドラゴンを見ながらアルノルトは言い難そうにするが、意を決して伝える。
「───あいつさっきからお前さんだけ見てないか?」
「なにそれ怖い」