第一話
辺境の街サスカビオ、高い外壁に囲まれレンガ造りの家々が並び立つその街ではこれからの希望に胸を膨らませる者、または命をかけて一攫千金を夢見る者、あるいは王都で夢破れ新たに一か八かの再起を図る気概のある者など様々な思惑を持った者達が集う冒険者の始まりの街。
冒険者とは冒険者ギルドに所属し、掲示された依頼などをこなし対価を得る者たちのことである。
その依頼内容は様々でモンスターの討伐から人々の護衛任務、危険地域への偵察、物品の納入、皿洗い、通行人数を数えるなどあり、報酬も難易度によって上下したりする。
『駆け出しの街』または『再起の街』と呼ばれるサスカビオは辺境故に今現在この世界の人類を脅かしている魔王率いる魔王軍の影響が少なく、街の周りのモンスターも冒険者たちによってあらかた討伐されたために迷い込んだりした弱いモンスターしか居なく、そのため冒険者としての経験を積んでいくのにうってつけの平和な街である。
そんな街の大通りに面した一角にあるかなり大きい建物が冒険者ギルドである。冒険者たちに仕事の斡旋や支援をするために建てられたそこは待機所や酒場などが一体化し、鎧姿の剣士やローブ姿の魔法使いなどの冒険者たちが思い思いにたむろしている。
その冒険者ギルド内の受付カウンター近くの席で暇そうに誰かを待っている男が一人いた。
その男は少し背は高く、少年から青年になりたてくらいの年頃をしており、濃紅色の髪に少し整った顔立ちと普段は目付きの悪い紫色の瞳を今は気だるそうな雰囲気を醸し出しながら天井を眺めたり、受付嬢をしている金色の長髪をポニーテールにまとめた巨乳で美人なエルフの女性を眺めたりしながら時間を潰している。
その男の名は─────
「……あの、ノアさんそんなに暇なら何か仕事を受けたらどうです?今なら簡単な書類整理とか空いてますよ?」
暇なので何となく眺めていた男、ノアに仕事が一段落した受付嬢が重要な書類は特にありませんから、と手に持った紙の束を見せながら声をかけた。
「……え? ああ、ゴメン、失礼だった? 相方を待っているんだけど遅くてね、それにさっき時間つぶしに食堂の方の皿洗いの仕事を終えたばかりだし」
暇だったとは言え眺めていたのは悪かったとノアがこのギルドで顔なじみの受付嬢に謝る。
ノアという男は冒険者となったばかりの駆け出しの冒険者だ。駆け出しだからといって必ずしも雑用などの依頼をこなす必要はないのだが、この男はたまにその手の仕事を受けたりしている。
特に書類整理などに関してはギルド職員にも一定の評価を受けており、こうして頼まれることも少なくない。
「別に気にしてないですよ。それよりもアルノルトさんですか、そういえば今日はお二人ではなかったですね」
「そーそー。今日はこの前のクエストで壊れた装備品を買うために少し稼ごう、という話になったから午前中に準備を整えて午後から向かうって事になってたんだけど……」
「来ないのですか」
「来ないねー。まあ、大方商人と値切り交渉やってるんだと思うけど長引いてんのかな、あのおっさん……」
そう言ってノアは口元に手を当て暇そうにあくびをする。窓の外に視線をやると青い大空に太陽は高く登っているが、頂点から僅かに沈んでいることで昼頃から少し過ぎているのが見て取れる。
ノアは軽く食事を済ませたついでに雑用の依頼をこなして時間を潰していたが、相手が一向に来る気配がないので暇を持て余していた。
「そうですか……、ところでですねここに簡単な書類整理のですね─────」
「え、嫌だよ」
─────あれからしばらくして時間が経った。
ノアは受付カウンターの中に入っており、その周りの空間には多数の魔法陣が展開され、大量の書類が高速で宙を舞い、ひとりでに綺麗に整頓されていく。
それは必要な条件さえ言えば自動で素早くかつ正確に並べられていく、ギルド職員にも非常に楽ができると好評を得ている無駄に洗練された魔力コントロールを用いた高速書類整理である。
検索魔法や速読魔法などの数種類の魔法を器用に駆使し、あれ? 簡単って言ったのにコレ量が多くね? などと疑問に思いながらも目にも留まらぬ速さで書類を整理をしていると受付カウンターに来訪があった。
「ああ受付さんすみません、うちの坊主居ます?」
そう言ってカウンターに顔を覗かせたのは、狙撃用の長めの銃を背中に担いだ少し体格の良い中年の男性だった。ノアより背が高く、灰色の髪を短髪にまとめたその男性は碧眼の目をカウンター内に彷徨わせて作業中の目当ての人物を見つける。
「はい、ノアさんですね。今丁度手伝ってもらっていたところなんですよ、少しお待ち下さい。……ノアさん! アルノルトさんが来ましたよ!」
受付嬢から声をかけられたノアは作業を終了して二人に近づいていく。
「一応頼まれた分は終わったから後で確認はしておいてくれ、報酬の方は後でいいよ。……それにしても遅かったなおっさん、もう昼過ぎたぞ」
そう言いながらお礼の言葉をかけてくる受付嬢に対して左手をひらひらと振って答えながら、受付カウンター内から出ていく。
「いやー、すまんな。最近魔王軍との戦いせいか弾代が少し値上がりしてきてなあ、予想より交渉が長引いてしまった」
「銃なんてとても高価な物使ってるからだろ……。銃より赤字になりにくい弓使いなよ、弓。おっさんの能力ならそっちでも問題ないだろ」
この世界では銃は普及はしているがとても高価な物であり、それに必要な弾ともなればそれ相応の値段となっている。ましてやここサスカビオの街は賑わってはいるが王都よりも遠いところにある街で、駆け出しの冒険者が集う場所である。当然駆け出しの冒険者に手が届く値段ではなく、需要がとても少ないのだ。
「いざという時のための近接用の装備はあるし、何よりも俺には多少値が張ってもコッチのほうが慣れてんだ。それで、今日は受けれる依頼は何かあるのか」
「一応確保してるよ。ああ、お姉さん依頼書をおっさんにも見せてもらえる?」
「はい、こちらのこちらのクエストとなっております。どうぞ」
受付嬢に見繕っていた依頼書を手渡してもらい、内容を確認させる。
「あー……どれどれ? ……ゴブリン討伐ぅ? あ、いや同時に調査もだと?」
依頼書を受け取ったアルノルトはざっと目を通し書かれている内容に対して怪訝そうな声を出す。
ゴブリンはこの世界では広く知れ渡っている低級モンスターで、個体としては脅威と言うほどでもなく弱いのだが、すぐに繁殖するために増えやすく、その数がとても厄介で危険なのである。
この街においては周囲の安全確保のため他の魔物と一緒にすでに駆逐された存在ではあるのだが、それが今回は街近くの森林付近で少数のゴブリンの目撃が相次ぎ、本格的な被害が出る前に対処してもらいたいということだ。
「ゴブリンなんて街の近くにまだいたのか……。いや、あるいは他所からやってきた……? ──ああ、だから調査って?」
「はい、ギルドとしましては少数が迷い込んだだけならば良いのですが、群れであった場合いくらゴブリンといえどその被害は無視できるものではありません。ですから今回の依頼は目撃されたゴブリンの討伐と森林一帯の調査をお願いしたいのです」