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なでしこデイズ

作者: Ma-bon

ここは日本のどこにでもあるような普通の高校。


白い壁に覆われた4階建ての校舎の3階、3年2組の教室に私はいた。


"いた"と言っても、ここには私の居場所なんてない。


ただ私と言う人間が在籍している情報と机だけが置かれているだけである。


いや今は、その机すら存在しないのだが・・・。


「ははは、いい気味ね。 親が権力を持っているからって調子乗っているから悪いのよ。」


「「そーよそーよ。」」


そうやってみんなして私のことを嘲笑う。


別に調子に乗ってい るわけではない。


ただ 彼女たちが 私をパシリに使おうとして、それを断っただけだ。


「あんたたちってホントやることがしょうもないわね。 まぁそんな頭じゃ無理もないか。」


これが私のせめてもの反撃だ。


肩にまでかかる毛先の傷んだ金髪をしたこの女子たちのグループのリーダーが私の机を窓から放り投げたのだ。


あの机の中には私の名前が書かれている教科書やノートが何冊も入っている。


ガシャンっと大きな音が校舎の外からすれば、教師の誰かがそれを見つけるだろう。


そうすれば私の名前の書かれた教科書やノートを見て、私を職員室に呼び出す。


しかしここで私が怒られることはない。


その第一発見者は私にこう言うだろう。


「親御さんには絶対に黙っているんだぞ。」と・・・。


その先生も私 の親にこのことがバレれば命がないと、何事もなかったように事を揉み消す。


私も厄介事は嫌いだ。


親にチクるな んて真似はしない。


だから女子たちのグループによるいじめはさらに過激度を増した。


そして今、私はアメリカでポニーに引きずり回されている・・・。





高校3年の春、私はアメリカに留学してきた。


The United States of America.


総面積は9,628,000k㎡で日本の約25倍。


総人口は316,942,000人で日本の約2.5倍。


英語で書けても情報だけ知っていても、私はこの国のことを本当の意味で何も知らない。


そしてそのことを知るために留学してきた訳でもない。


だから今、ポニーに引きずられている意味がよく理解できていない。


「おいおい、大丈夫か? ナメコ。」


「ナメコじゃない。 なでし子よ。」


インストラクターの男性教師が私に駆け寄り問いただす。


これは乗馬の授業で、私は初心者なので体の小さいポニーに乗ることになった。


だがさすが馬の端くれ。


文字通りジャジャ馬だ。


前の人が乗った時は何事もなかったかのように涼しい顔をして乗られていた。


だが私が乗った瞬間、このポニーは表情を変 えて暴れだした。


まるで日本の学校で授業中、窓からただのミツバチが入り込んだだけで慌てふためきだす女子たちのように。


小柄と言えどポニーの力に華奢な女の子が勝てるはずもなく振り落とされた。


馬は私を見下して馬鹿にするような顔をしている。


「どうしてこうなった? ナマコ。」


「だからなでし子です。 だんだんヌメヌメ度が上がってるじゃないですか。」


「あれ? おかしいな・・・。 このポニン子は普段は大人しい馬なんだけどな。」


「・・・それ、猫を被ってるんですよ。」


「猫? ポニン子は馬だぞ?」


「いやそう言う意味ではなくて。」


そう言えば猫を被るって日本のことわざだからここの人には通じないのか。


このインストラクターは私の手を引っ張 り立たせると質問をしてきた。


「ナデナデはどんな感じでポニン子に乗ったんだ?」


「だからなでし子です。 愛撫みたいに言わないでください。」


この人はわざと間違えているのか?


それとも彼にとって私は外国人だから、日本人の名前は覚えにくいのか?


「ヌメヌメはポニン子に乗った時どうした?」


「だからなでし子です。 ヌメヌメ度が最上級になったじゃないですか。」


この人、絶対にわざと間違えている。


私の名前を間違えて言うことで私にツッコミを入れさせ、楽しんでいるんだ。


「私は普通に乗りましたよ。 こういう感じで首に腕を回してしっかりと体を固定しました。」


「・・・おい、ポニン子。 あっ、間違えた。 なでし子。」


ついに間違えを認めちゃったよ 。


って誰が馬やねん。


「手綱が君には見えないのか?」


「・・・・。」


「こうやって手綱を持ってポニン子を操るんだ。 誰もヘッドロックしろとは言っていない。」


「・・・・。」


もう一度手綱を持って乗ってみるとポニーは大人しかった。


ポニーはただ首を絞められて苦しかったから暴れたのだ。


「・・・ごめん。」





私がアメリカの地に足を踏み入れたのはこれより少し前のことである。


アメリカは日本と違ってとても大きい。


土地も、食べ物も、人も、おっぱいも。


私が留学することになったアグリッシブ高校は文字通り活発的な学校である。


なぜ先生たちはここを留学先に選んだのか。


私の性格を知っているのなら、これはただの嫌がらせとしか思えない。


レンガ造りの校舎に入り、私の教室である3年A組の教室を探す。


アメリカの高校は日本に比べてはるかに大きいので教室を見つけ出すのは苦労した。


教室の前に立ち、深呼吸をする。


「ふー・・・。 やっぱり行きたくない。」


私は正直言ってアメリカが嫌いだ。


ドラマで見るアメリカのイメージはガサツで乱暴。


とても私が馴染める場所とは思えない。


正直日本の学校の方がまだマシだった。


「いやだな・・・。 帰りたいな・・・。 お母さんに連絡して日本に戻してもらおうかな・・・。」


留学初日で帰国なんてあの女子グループに笑われるだろう。


でもそんなことがわかっていてもこの門をくぐりたくはない。


苦渋の選択だがケータイを取り出し、電話帳からお母さんの名前を 探していると門の方から開いてくれた。


もちろん自動ドアではない。


中から私より2回り大きい少年が颯爽に教室から飛び出し、そして目の前が真っ白なもので真っ暗になった。



私の顔面を襲ったのは一口でメタボリックシンドロームになりそうなほどの生クリームが塗りたくられたパイだった。


なぜか教室ではパイ投げ合戦が勃発していて、私はその戦火の中に否応なしに飛び込まされたようだ。


あとから知ったことを言うと、今日は先ほど私の横を駆け抜けていったあの少年、マック・カートンの誕生日だそうだ。


だからお祝いにパイを投げたそうだ。


パイをフォークで食べるのではなく、パイを皿ごと食べるために。


よく見ると教室の隅っこには色とりどりに包装された箱がたくさん 陳列されている。


なるほど、今日でカートンくんは18歳か。 誕生日おめでとうございます。


この時はただ、パイの隙間から天井を見上げているだけであった。



運のいいことに今日は白色のワンピースを着ていた。


私の顔面にパイを全力投球した少年ジャック・マッコリーはすぐさま私を教室に運び入れ、紳士的に顔と服に付いた生クリームを拭き取ってくれた。


教室でパイを投げる人が紳士なのかは置いておく。


マッコリーくんのおかげで私は教室の中に入ってしまった。


しかし今ならまだ間に合う。


今すぐ部外者のフリをして教室から出てしまえばまだ間に合う。


それに現在の時刻はまだチャイムが鳴る5分前だ。


自由奔放なこの国ならきっと先生もチャイムが鳴る5分後に来るこ とだろう。


さて私は日本に帰らしてもらいますよ・・・。


「どうしたんだい? Ms.ヤマダ。」


扉に手をかけようとした瞬間、扉がひとりでに開き、そこには2Mを超える長身の男が仁王立ちしていた。


「あっ・・・。 いや、あのこのどのその・・・トイレに行こうと思いまして。」


ジョージ・グリーン先生はきちんと5分前行動をしていた。



私は先生に見つかってしまい、いよいよ逃げ出すことができなくなりました。


だから私は作戦Bを実行します。


説明しよう、作戦Bとは今日1日だけ授業を受けて、それからお母さんに連絡して日本に戻してもらうのだ。


だからここにいる24人と1人とは今日で最後なのだ。


一期一会だと思えば1日くらいどうってことはないはずだ。


先生に紹介され、私は自己紹介を始めた。


「ハローエブリワン。 私の名前は山田なでし子と言います。 今日1日・・・じゃなかった。 これからよろしくお願いします。」


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


「!!?」


突然の喝采に私は戸惑いを隠せません。


アグリッシブ高校とはここまで活気溢れる生徒たちが集まっているのか。


定番の静かにしなさいを先生は言わないし。


「すっげー、日本人だ!!」


「あのワ●ピースの生まれた国でしょ!!」


「うほっ、あの小さな体を食べちゃいたい!!」


「サムライのいる国だ!!」


「ラストサムライだ!!」


1人だけ変態が混じっている気がしますが、彼らの私に向けた視線に思わず目を逸らす。


私の白い顔は今、もみじのように紅潮しています。


はっ・・・、恥ずかしい 。


授業で当てられて答えを言う時ですらかまぼこくらい赤くなると言うのに。


これでは恥ずかしさをあまり死んでしまいます。


山田なでし子、享年17歳、死因:恥ずか死、なんて洒落になりません。


誰かこの好奇の目を止めて。


そう願っているとバンっと机を叩く音と共に拍手喝采は止んだ。


全員の目が私ではなく、この教室の窓側の一番左の列の最後尾、いわゆるラノベの主人公の特等席に向いた。


そこに座っていた私より少し身長の高い赤色の髪の毛をした女の子が立ち上がり、私の方へと歩いてくる。


そして教壇の上に立ち、私を睨む。


「おうおう転校生だがお天気お姉さんか知らねーが調子乗ってんじゃないわよ。」


どうやったらお天気お姉さんが出てくるんだ?


そして彼女は言 葉を続けた。


「あんた、 どこ中だい?」


「えっ? 夜久野浜中学校だけど・・・?」


「やっ・・・、ヤクチュウ!!」


その略し方はいろいろと問題があるからやめて。


「へっ、物騒な名前してやんな。 だけどあたいの中学の方がもっとイカれてやがるぜ。」


3-Aの生徒全員の前で堂々と絡まれている。


私は目立つのが大の苦手なんだ。


だから本当にやめて欲しい。


「ピンキリ・カット中学校、略してピ●チュウだ!!」


版権に関わる問題だからマジでやめてー。


「あたいはエリーナ・リンダ。 その中でもとくに輝いていた札付きの悪さ。」


自分で言うのか。


この人はアメリカの不良なんだろう。


だからって話だ。


どうせ今日1日の関係だ。


ここは穏便に済ませておこう。


「ちょっとあんた。 留学ついでにホットドック買ってきなさい。」


ピクッと私の眉間に反射的にシワができた。


ふっと日本で私をいじめてきた女子グループたちのことを思い出した。


そう言えば彼女たちも私をパシリに使おうとしていた。


だが私はそれを断り、そしていじめが始まった。


もしやあのリーダーの女子の周りは、みんなパシリの儀式でも執り行ったのか?


そんな関係に何の意味があるのだろうか。


そのことが頭を過ぎるが今は関係ない。


「わかりましたよ。 ケチャップはどのくらいかける?」


「ケチャップはいいからタバスコをダクダクにかけなさい。」


「はぁ!?」


逆らわないようにするつもりが思わず口答えをしてしまった。


なんだそのいじめみたいな料理は。


サ●ゼリアでドリンクにタバスコ を混ぜて遊ぶ高校生か。


パンがタバスコで湿気るじゃないか。


いやここはアメリカだ。


きっと異文化の食卓はいつもそうなんだろう。


日本を基準にして考えるからおかしいと思うんだ。


とにかく何の恨みもないがホットドックにタバスコをかけたものを買ってこよう。


「おい、あんた。 せっかくだからいいことを教えてやる。」


「えっ・・・。 何ですか?」


「この教室では胸の大きい者が権力を持つのだ。」


なんだそのルール。


男はどうなるんだよと思ったが口には出さない。


「あんたさ、何カップ?」


「えっ・・・。」


公衆の前で個人情報を聞かれるとは。


私は自分の体型にコンプレックスを持っている。


だからあまり人には言いたくないのだが仕方がない。


「・・ ・Aよ。 」


「A? あははは、なんて貧相なこと。」


それは気にしているんだから言わないでよ。


ただでさえ滅入っているのにこの精神的ダメージは堪える。


「あたいはAAAよ。 どうやらあたいの方が上のようね。」


彼女は腰に手をあて、胸を張って堂々と喋る。


だがAAAってAより小さいはずじゃ・・・。


「・・・あの、AAAってAより小さいですよ?」


「何をバカなことを言ってんだい? Aが3つ分なんだからAAAの方が大きいに決まってるじゃないか。」


なんだその理屈。


紙の大きさでも数字が増えるほど大きさは小さくなるというのに。


「あの、その理屈で言うならCでいいんじゃないですか?」


「・・・はっ!! 本当だ。 んじゃAAAの方がAより小さい!!」


今、気づいたのか。


これでAAAは小さ いと言うことを学んでくれただろう。


それにしてもよくAAAで威張っていたな。


「つまりあんたの方があたいより権力が上ってわけか・・・。」


「・・・えっ?」


「さっきはすんませんでしたーーーー。」


空中で1回転してから盛大に膝から着地。


そして両手と額を土足で汚された床に擦りつけ見事なジャンピング土下座を決めた。


これがオリンピックの種目なら、10点満点中で10点を上げたいほど綺麗なフォームだった。


そして彼女は膝の痛みなど忘れて立ち上がる。


「おっす、なでし子さん。 ホットドックを買ってくるっす。」


そう言うなり彼女は風を切りながら外へ出ていった。


まさかこんなことになるとは思いもしなかった。


そして彼女は驚くべき速さで、息を切らしながら教 室に戻ってく る。


その手にはレンジで温められた犬を連れて。





留学してからたった10分で友達、否、私を慕う少しおバカな子分ができてしまった。


この人は何と言うか素直でかなり抜けていて、憎めない人柄だ。


それ故に、私がクラス中から一目置かれることになったことを責めれずにいる。


「ねぇねぇ、なでし子。 侍ってどんなことをしてるの?」


「なでし子は侍に会ったことがある?」


「もしかして侍と友達だったりする?」


私はクラスの女子から質問攻めにあっていた。


それにしても本当に侍がいると信じている人もいるのか。


本当のことを言えば彼女たちは傷つくかもしれない。


子どもにサンタさんはいないと言うのと同じだ。


だからここは口を合わせておこう。


「私は侍と会 っ たことも友達でもない。 でも侍は毎日、刀を振るうて修行していると聞いているわ。」


「へぇー。 侍って刀を振って修行しているんだー。」


「ベリークールだね。」


今のご時世なら銃刀法違反で捕まり、刑務所で修行することになるのでしょうけど。


しかしこうして素直に人の話を信じて疑わないのは幸せなことだと思う。


日本では人の言うことなんて当てにならなかったから。


だから本当の意味で人と繋がることなんてできなかった。


上辺だけの関係だらけ。


「私たち親友だよね。」なんて言葉を聞く度に、反吐が出る思いだった。


それは親も同じで、私はアメリカに厄介払いされたのだ。


厄介者だろうがなんだろうが、私は今日一日が過ぎれば日本に帰る 。


たとえ上辺だらけの関係でもここよりはまだ幾分かマシだ。


そんなことを考えていると私の周りを囲むギャラリーを掻き分け、綺麗な金髪をした女の子が私の元に寄ってきた。


外国の女性は大きいと言っても、彼女ほど大きい女性はそういないだろう。


椅子に座っているから正確にはわからないけど、目測で約2m近くあるスラッとした体つきをしている。


そんな彼女がこんなことを言った。


「侍なんてEND時代に滅びたのよ。 知らなかったの?」


彼女は高らかに物理的にも見下しながらそう言い放った。


あと「ン」が余分だから。


侍の話で盛り上がっていた女子たちは一気に熱を冷まされていた。


そして彼女を見上げて冷ややかな視線を向ける。


「何を言ってるのよ、スフィア。 日 本にはラストザムライがいるのよ。」


「あなたたちにはがっかりしたわ。 まさか侍が本当にいると信じているなんて。」


そんな現実を叩きつけなくてもいいじゃないか。


この人はなんでこう冷たいのだ。


侍がいると信じていた人たちの間に動揺が生まれ、互いに顔を見合わせていた。


埒があかないと1人の女子が私に質問をしてきた。


「ねぇ、なでし子。 本当に侍はいないの?」


そんな寂しい目で私を見ないで欲しかった。


私はただ、みんなの夢を潰したくなかったからそう言ったまでだ。


なのにスフィアと言われている人はなんでこんなひどいことを言うのだ。


「えっ・・・と。 それはね・・・。」


「またスフィアが何か言っているわよ。 みんな、耳を貸しちゃダメよ。 」


私が言葉に詰まっていると、別の女子がそう言った。


すると他の人たちも正気を取り戻したかのように、彼女の言葉に続いた。


「そっ・・・そうよね。 どうせスフィアが言うことよ。 信じるに値しないわ。」


「そうよそうよ。 いっつも反対のことを言って私たちの邪魔をして・・・。」


「ホント最低ね、あなた。」


スフィアと呼ばれている女子は顔を下に向けたまま、ただ黙り込んでいた。


そして私の周りを囲んでいた女子たちはスフィアから逃げるように去っていった。


私としてはありがたいのだが・・・。


「なでし子ちゃんもあんな子と関わっちゃダメだよ。 こっちにおいで。」


一緒に連行されてしまった。



クラスの女子たちに連れられ、芝生が生い茂っている校 庭に来た。


アメリカの校庭は日本の学校より大きい。


野球でもアメフトでも何をやっても怒られなさそうだ。


そんなだだっ広い空間で立ち話をするのは、なんだか落ち着かない。


「あの子はスフィア・へイネスって言うの。」


「スフィア・へイネス・・・・。」


私はあまりこちらの人間関係に首を突っ込むつもりはなかったが、どうしても彼女のことが気になって仕方がなかった。


元々私が侍がいるなんて話したからこうなったのだ。


多少なりとも責任を感じている。


だから彼女のことについて聞いてみた。


「あの・・・。 へイネスさんってどんな人なの?」


「あの子は性悪よ。 いっつも違うことを言って噛み付いてくるピラニアよ、ピラニア。」


「いや個人的な感想じゃなくて 。」


ピラニアってどんだけ嫌われているのよ。


「あぁ、そうね・・・。 彼女の親は貴族の末裔とかでお金持ちなの。 だから私たちのことを庶民扱いして見下してくるの。」


「・・・!!」


それは自分と共通するものだった。


私の親は権力のあるお金持ちだ。


親の愛こそなかったが、私は他の人に比べれば遥かに裕福な暮らしをしてきた。


やれと言えば執事がやる。


嫌だと言えばやらなくていい。


自由と言うより育児放棄だ。


だから私はとことん甘え、堕落し、こうなった。


勉強も運動も人間関係も何もかも疎かにしてきた。


宿題もテストも授業も受験もすべて親のコネでなんとかしてもらってきた。


なので高校に入れた。


小中学校は義務教育だったので高校受験さえなんとかす れば高校生にはなれる。


だが高校は義務教育ではないので成績が悪いければ進学できない。


私の通っていた学校は1+1ができれば入れるような日本でも数少ない超おバカ高校だ。


そこですら私は留年の危機に瀕していた。


親としては一人娘が低レベルの高校で留年したとなれば名に傷がつく。


学校側としても権力者に楯突くことはしたくない。


両者が選んだ道が留学だった。


日本ではやっていけないと判断され、私はアメリカへ厄介払いされたのだ。


親としては娘がアメリカに留学したとなれば威厳は保てるだろう。


学校側も私を留年させずに済むし、おまけに留学生を排出したという箔もつく。


こうしてアメリカに来た私は、似たような境遇の彼女に思うことがある。


私も裕福に暮ら してきたからわかるのだ。


人はどうしても自分より劣る者を見下してしまうのだ。


優悦に浸ってしまうのだ。


自分では調子に乗っているつもりはなかった。


だが本当は調子に乗っていたのだ。


私をいじめてきた女子グループたちが私を僻むことで私は悦に浸り、調子に乗った。


こんな性格だから日本で嫌われたのだ・・・。


「なでし子も嫌な思いをしたくなかったら、あの子とは関わらないことね。」


「・・・。」


私は人にこんなことをしていたのか。


人から見下されるってこんなに嫌な気持ちなのか・・・。


私はへイネスさんと同じなんだと思った。





そんなこんなで今日と言う日も残すところあとわずか。


日は落ち、街頭の光が私を照らす。


レンガ作り の街中を歩き ながら今日の宿を探す。


時間が時間なので街中を歩く人の影はそれほど多くはない。


だからあの長い影を見つけるのは容易であった。


「あっ・・・。」


「・・・ハーイ。」


「あっ・・・えっと。 ハロー。」


ぎこちない挨拶を交わす。


こんなところでヘイネスさんと会うことになるとは。


昼間は私のついた嘘を指摘したことで彼女は嫌な思いをした。


それが心残りで謝りたかった。


日本に戻る前にそれができそうでよかった。


「あの・・・昼間はそのごめん。」


そう先に言ったのは彼女の方だった。


だから私は思わず耳を疑った。


「私さ、日本人のなでし子は知らないだろうけどパパがここら辺じゃ有名な家系の末裔でね。 ずっとお城で暮らしてたの。 勉強もすべて執事 のセバスクンが教えてくれて日本のことも結構知っているんだ。 だけど私の周りには同年代の子どもがいなかったの。 だから私、高校に入って友達の作り方がわからなくて・・・。 どうにかして話のきっかけを作ろうとしても、いつも空回り・・・。」


なるほど、侍を否定したのはそう言うことだったのか。


「ごめんなさい。 本当はもっと仲良くしたかったけど、うまく仲良くできなくて。」


「・・・。」


私は彼女と同じだと思っていた。


だけど違った。


彼女は私とは比べ物にならないほど、ちゃんとした人間だ。


見下す? ・・・違う、ただ会話の糸口を探していただけだ。


方法も態度も不器用で周りから誤解されているが彼女は真剣なのだ。


なのに私はどうだ。


私は何かに真 剣になったことはあったか?


勉強も運 動もすべて人任せのイージーモードだったじゃないか。


同じような家庭に生まれて、これほど違うものなのか。


同じなんて考えた自分が恥ずかしくて、顔がサンタクロースのように赤くなる。


「大丈夫? 顔赤いよ?」


「あぁ・・・気にしないで。」


「あのね、なでし子・・・。」


ヘイネスさんは一拍を置いて言葉を続けた。


「えっと、その・・・私と友達になってくれませんか?」


まるで告白のような堅苦しい言葉に、私はもう一度耳を疑った。


こんな私と友達になりたいと言ってくれるのか。


こんな友達のいない私なんかを友達にしたいと思っているのか。


こんな・・・こんな私を・・・。


「えっ!? なでし子!?」


ヘイネスさんは目を限界まで広げて驚き、慌てふためいている。


まるで顔に何か変なものがついているように私の顔を見てくるので、顔に手をやる。


すると今日は晴れのはずなのに水滴が指につく。


「なんで泣いているの、なでし子?」


私は無意識のうちに目から涙を流していたのだ。


それに気がつくと途端に感情がくすぶられ、鼻水が止めどなく流れようとするので鼻をすすった。


私は初めて友達になってほしいと言われたことが嬉しくて泣いてしまった。


「ぢっ・・・ぢがうの。 ただうれじくて。」


泣いているせいで呂律がうまく回らない。


「わだし、いままでともだぢなんてでぎだごどなかったからうれじいの。」


「なっ・・・なでしご・・・。」


涙で滲んだ視界にはたしかに彼女の涙が見えた。


よく聞けば彼女も鼻声だった。


「わ だじ もだよ、ナタデココ。」


誰がフィリピン発祥の伝統食品よ。


「わだしもナタデココがどもだぢになっでくれてうれじい。」


だから誰がスペイン語でココナッツの上澄み皮膜って意味よ。


「ぐすっ・・・。 ヘイネスさん・・・。」


「なでし子・・・。」


気持ちがだいぶ落ち着いてきて、きちんと喋れるようになっていた。


少しの沈黙の後、私たちは互いの顔を見合って笑った。


「鼻水垂れてるわよ。 女の子なのにはしたないわね。」


「ヘイネスさんだって同じよ。」


「スフィア。」


「・・・?」


「私の名前はスフィア。」


「それは知ってるけど・・・。」


「スフィアって呼んで。」


「えっ・・・。」


自分の名前を強調すると思えばそういうことか。


友達なんだからフ ァミリーネームで呼ぶのはおかしいと言いたいのだろう。


だけど・・・。


「ヘイネスさん・・・じゃダメ?」


「そんなの他人行儀よ。」


たしかに言えているが、私はいままで友達が1人もいなかった。


そのため人をファーストネームで呼ぶことがなかった。


だからいきなりファーストネームで呼べと言われても恥ずかしくて口に出せない。


「スッ・・・ススス・・・。」


「スズメ。」


「めっ・・・メダカ。」


「カラス。」


「すっ・・・スフィア。 ・・・あっ!!」


まんまとしてやられた。


私がファーストネームを言い淀んでいるの見て、彼女はしりとりでうまく誘導したのだ。


彼女のおかげで私はスフィアと言えるようになった。


でも明日には日本行の飛行機が出る・・・。



次の日、私は空港にいた。


学校から車で1時間はかかるこの空港は朝から人で賑わいを見せている。


AM07:30発日本行の飛行機を待つ私はロビーでジャズを演奏する若い男とお年寄りのグループの演奏を聞いていた。


名前はたしかジェシー&リ●パーズとか言っていたが、どうにもあのジェルでガッチガチに固められた髪の毛の男性は場違いなように思える。


演奏が終わるとアナウンスがかかる。


「AM07:30発日本行の便にお乗りの方は4番ゲートにお越し下さい。」


4番ゲートで手続きを済ませて、窓側の席に座って飛び立つのを待つ。


待ち時間の間が手持ち無沙汰なので窓から下を眺めていると階段のついた車が慌ただしく行き来している。


その中、車だらけの滑走路にメタリックレッ ドのバイクが轟音を立てて走り回っている。


「・・・あれ? エリーナ?」


あまりにも場違い過ぎるので乗客全員の視線が彼女に集まる。


あんなバカは見間違えるはずがない。


私は窓を開けてバイクの行き先を目で追う。


「いっけねー。 遅刻だ遅刻ぅ~。」


お前バカだろ・・・。


滑走路でバイクをふかしながら遅刻するやつなんて初めて見たぞ。


「もうMr.マザーが起こしてくれないから~。」


お父さんかお母さんかハッキリしろよ。


なんだか複雑な家庭なんだと思うじゃない。


私は見ていられなくて彼女に叫んだ。


「何してんのよ。」


私の声に気づいたエリーナはバイクを止めて私の方を見上げる。


「うひょー。 すごいっすね、なでし子さん。 飛行機登校っすか!!」


どん な金 持ちだよ。


金持ちの私でもカッコekでお馴染みのekカスタム登校までしかしたことがないわよ。


「違うわよ。 私は日本に帰るから、みんなによろしく伝えておいてね。」


「えっ・・・。 ジャポニカに帰っちゃうんですか?」


どこの国だよ。


ジャ●ニカジャンケンでお馴染みのジャ●ニカ学習帳のことか。


「そうよ。 あんたの言うジャポニカに帰るのよ。」


話に乗ったら乗客に笑われて恥ずかしくなった。


そりゃジャポニカってなんじゃいって思いますよね。


「そっか・・・。 なでし子さん、帰っちゃうんですか・・・。」


そう言う彼女はいつもより小さく見えた。


元気が取り柄の彼女がしおらしくなると、私まで悲しい気分になる。


うつむきながら彼女は言葉を続ける。


「 あたい、いままでケンカに明け暮れていたんで誰もとつるまず、ずっと一匹狼を気取ってたんっす。 でもそれじゃダメだと思って高校に入る時に手を洗ったんっす。」


手じゃなくて足な。


それはただの風邪予防だから。


「そんであたいはみんなの輪に入りたくて絡みに行ったんっす。 でもみんなガン無視するんっす・・・。 いままでの噂や評判でみんなに怖がられてたんっす。 だけどなでし子さんは違った! なでし子さんはあたいの絡みに臆することなく、むしろあたいの間違いまで指摘してくれた! だからあたい、あの時は嬉しかったっす。」


AAAよりAカップの方が大きいと言っただけで、ここまで喜ばれるとは。


ファーストコンタクトの時、彼女が立ち上がっただけで全員が黙り込んだの はそう言う意味だったのか。


「あざした、なでし子さん・・・。」


彼女はガラケーのように深くお辞儀をした。


私は別に彼女に何かしたつもりはないのだが。


「あの・・・エリー・・・。」


「お客様、もうすぐ出発するので窓を閉めさせていただきます。」


私の言葉を遮るようにキャビンアテンダントの人が窓を閉じた。


エンジンが稼働し始め、シートベルトを閉めるランプが点灯する。


だんだんエリーナの姿が小さくなっていく。


やっと私は日本に帰れるんだ。


こんなやっかいごとだらけの国とはおさらばできる。


だけど何だろう。


この心のモヤモヤは・・・。


そう言えばエリーナは遅刻していたんだっけ。


ちゃんと間に合えばいいけど。


エリーナが学校に向かったか心 配になり、再び窓から覗き込むと助走を開始した飛行機に並走していた。


「なっ・・・何やってんのよ!!」


しかし言葉は窓に遮られる。


私の言葉が聞こえないのと同じで、彼女が何を言っているのかわからない。


手を振りながら飛行機に追いつこうとバイクを爆走させている。


ただ小さくなってよく見えないが彼女の口はたしかにこう言っていた。


「ジャポニカさ行っても元気しとっぺよ。」


なんで上京する人を見送るみたいな方言を知ってんだよ。


飛行機が地面を離れるほどに、彼女が周りから離れるのではないかと心配になっていく。


・・・。


「ひっ・・・ふぅ・・・ひぃひぃふぅ。」


「どうしました、お客様。」


「うっ・・・生まれるー。」


「失礼ですが処●ですよね?」


「いや本当に失礼だな。 今は体外受精ってものがあるのよ。」


日本行の飛行機が 再度出発したのはAM09:00のことだった。



私はアメリカに残ってしまった。


お母さんに帰ると言ったにも関わらず帰らないのだから、余計に帰りづらくなった。


もう後には引けない。


なら前に進むしかない。


エリーナのバイクの後ろに乗せてもらい、学校に向かう。


道中、バイクが故障する。


エリーナはバク宙からのジャンピング土下座で謝る。


仕方がないのでヒッチハイクをする。


だが荒野のど真ん中で車がつかまるはずもなくいたずらに時間が過ぎる。


このままでは学校どころか宿にも帰れないのでは・・・。


そんなことが頭を過ぎる度に焦りがつのる。


アメリカの広大な空の下、野宿を覚悟していると毛並みの綺麗な白馬が目の前で止まる。


ヒヒィーンと鳴き声をあげる 白馬から、長身の女性が降りる。


「あれ? こんなところで何をしてるの、なでし子?」


「スフィア!!」


白馬の王子様ならぬ白馬の王女様だ。


スフィアが通りがかったおかげで私はアメリカの土に還らずに済んだ。


「お願い! この際だからなぜ馬に乗っているかは聞かないから、とりあえず学校まで乗せてってくれない?」


「私、最近お馬を少々習っているの。」


だから聞いてないって。


「なでし子はなんでこんなところで日向ごっこしているの?」


「えっと・・・それは・・・。」


日本に帰ろうとしていたなんて言えない。


「とっ・・・とにかく後で事情を説明するから馬に乗せてくれない?」


「とっととゲロっちまった方が楽になれるぜ~。 なぁ、お嬢ちゃん?」


うっ・・・うぜぇ ー。


スフィアって友達になった途端、性格が変わるタイプか。


あと30分しかないのだから、冗談を言ってる場合じゃないのよ。


「わかりました。 乗って、なでし子。」


「ありがとう。 あとエリ・・・。」


「ハイヤァー!!」


ヒヒィーン。


白馬は唸り声と前足を高らかに上げる。


「いやハイヤァーじゃないわよ。 エリーナも乗せてあげてよ。」


「ヤです。」


えぇー、友達欲しがってたのに毛嫌いするのかよ。


「だいたいあなた、なでし子の何なのよ。」


高圧的な態度でエリーナを睨むスフィア。


その昔、●ンチビームをよく出していたエリーナも負けじと睨み返す。


「あたいはなでし子さんの奴隷よ。」


問題のある言い方をするな。


せめて子分と言えよ。


「あっ・・ ・あなたたち、そんな関係だったの?」


スフィアは顔をリンゴのように赤く染めている。


ほら誤解されてるじゃない。


「そう言うあんたはなでし子さんの何だよ。」


スフィアは今にも顔から煙を出しそうな状態で、手をバタバタと振りながら必死に言葉を探している。


マンガみたいに目をナルトのように回して口を開く。


「わっ・・・わわわたちはなでし子よ。」


何言ってんのよ。


スフィアは混乱し過ぎて意味不明なことを言い出した。


するとエリーナは目を点にする。


「あんたもなでし子さん・・・!?」


いや違うから。


彼女はスフィア・ヘイネスよ。


1文字も被ってないから。


「んじゃあたいはあんたの奴隷でもあるのか。」


いやだから違うから。


どんな方程式が頭の 中で成立しているのよ。


「あなたが私の奴隷でなでし子の奴隷で・・・。 どういうこと?!」


私も聞きたいわよ。


「つまりGL?」


ついに言いやがった。


嫌よ、そんなドロドロとした三角関係。


見かねた私は2人の会話に首を突っ込む。


「みんな落ち着いて。 スフィアはなでし子じゃないしエリーナは私の奴隷じゃない。」


「「えっ・・・。」」


いやなんで驚いているのよ。


私は当たり前のことしか言ってないよ。


「とにかく今は学校に向かうことが第一だから、エリーナを乗せてあげて。」


「ヤです。」


このやりとりを4回繰り返しました。



学校にはなんとか間に合った。


チャイムが鳴り終わる寸前に馬の鼻が校門を通過したのを先生たちはスローカメラで確認した。


競馬かよ。


馬に対して誰も突っ込まないあたり他にも馬登校をしている人がいると見受けられる。


「馬で学校に来る人なんていないよ~。」


いくらアメリカと言えどさすがにそれはなかった。


クラスメイトの女子に何を言ってるのかと不思議がられ、思わず顔がタラバガニのように赤くなった。



留学2日目の今日、昨日と同様にクラスメイトたちに囲まれる。


昨日も日本について散々聞かれ話題も尽きただろうと油断していたが今日も質問攻めにあった。


まったくあんな小さな国のどこに興味を持つと言うのだろう。


沖縄の郷土料理、タコライスについて聞かれたけど私はタコライスと言うものを知らなかった。


だが侍のことと同様、答えなければ彼女たちの夢を潰してしまうと思い、こう答 えた。


「タコライスはタコを一口サイズ に切り分けたものを炊きたてのご飯の中に入れて丸めたものよ。」


後々思い返すと、ただのおにぎりだな。


すぐさま検索してみるとまったく違っていた。


まずタコを使わないのだ。


ならなぜタコライスなんてややこしい名前をつけたのだろう。


もしあの中にタコライスのことを知っている人がいたら、とんだ恥さらしになるところだった。



時間は流れ、クラスメイト全員はグラウンドに集合していた。


日本と違いアメリカは男女混合で体育をするのだ。


しかし男女の体力的なことは配慮されており、男子はグラウンド3周に対して女子は1周である。


とは言ってもアメリカは何もかもがデカいので、グラウンドを1周するだけでもしんどい。


長距離走くらいの距離を走った後にスポー ツをするのだから、アメリカ人がムキムキな理由がよくわかる。


走り終わった者から2人組を組んで柔軟体操をする。


私はこの中で一番体が小さく、体力もないので当然ビリだった。


私が戻ってくる頃には全員がペアを組んでいた。


ただ一部を除いては。


「はぁはぁ・・・。 何してんの?」


エリーナは両足を開いて手を伸ばしたり、腰を曲げると次は吊られるようにして背筋を伸ばしたり、ドラゴ●ボールのト●ンクスと孫●天がフュージョンする時のポーズを1人でしていた。


これは2人でするはずのもので、当然1人でできるはずがない。


だが彼女はそれに気づかず永遠に1人2役を演じていた。


「何って準備体操ですよ、なでし子さん。」


頭の体操の方が必要ではないか。


「1人ならラジオ体操でもしたら?」


「はっ・・・!!」


エリーナは相変わら ずバカをしていた。


だがもう1人、ペアが決まらず溢れている人がいた。


「見て見て。 スフィアったら1人余ってるわよ。」


「ホント可哀想ね~。」


「・・・。」


スフィアは欠席者がいるため全員の人数が奇数になり、1人余ってしまったのだ。


スフィアはただ小麦色の地面を眺めるばかり。


私は息を切らしながら彼女の元に駆け寄る。


「はぁはぁ・・・。 一緒にやろう。」


「なでし子・・・。」


スフィアは目尻に小さな涙の袋を浮かべて、顔を鯛のように赤らめていた。


私も日本でよく経験したから彼女の気持ちはよくわかる。


いちいちペアを作らずとも柔軟体操はできる。


だからペアを作る意味がわからない。


「・・・ごめんね、なでし子。」


「なんてことはないよ。 」


謝られても逆に困る。


私の方が先に戻ってきていれば、立場はきっと逆だったから。


奇数なんだから仕方がない。


「しっかしなんでいちいちペアを作るのかしらね?」


「さぁ?」


「でも・・・。 2人でやるとなんだか楽しいね。」


「・・・!!」


そんなこと考えたこともなかった。


いつも1人だからそんなことも知らなかった。


1人でするより2人の方が楽しいか・・・。


友達がいるってこんなに世界が変わって見えるものなのか。


「・・・ちっ。」


ただ私たちのことをいいように思わない人もいた。



体育終わりの食堂は腹を空かせた生徒たちで賑わっていた。


アメリカにも食堂のおばちゃんはいるみたいだ。


私はせっかくなのでアメリカらしいもの を注文することにした。


「すみませーん。 コーラSサイズとハンバーガーを1つづつお願いします。」


「コエス1ハン1入りまーす。」


「「ハッシャッセー。」」


発音が良すぎるのか何語を言っているのかまったくわからない。


居酒屋などでよく聞く業界用語だと思っておこう。


厨房に向かってオーダーされた品らしき名前を叫んだ食堂のおばちゃんは、カウンターの下から砂時計を取り出す。


それは小さなもので、1分計るのがせいぜいだろう。


注文してわずか59.9秒、砂が落ちきるまでに商品が提供された。


ちょっと前のマク●ナルドかよ。


店員たちも急いでいたのか、間違えてハンバーグをピクルスにしていた。


ピクルスが2枚入っていたらさすがに気づけよ。


ハンバーグがなかっ たらハンバーガーと呼べない。


これじゃただのダブルピクルスバーガーだ。


だからと言って小心者の私はケチをつけることができるはずもなく、大人しく席を探す。


すると広い食堂の端っこにポツンと座るスフィアの姿を見つける。


「隣、座ってもいい?」


「公共の場なんだから許可なんていらないわよ。」


トレイを隣に置き、昼ご飯を一緒に食べる。


彼女のトレイを見ると、てんこ盛りのご飯とミディアムのステーキが並んでいる。


ただ量がすごく多い。


「よく食べるのね。」


「えっ? 普通だと思うけど・・・。」


周りを見渡すとたしかに他の人も同じくらい食べている。


日本の食習慣に慣れているから多く感じるのか。


「逆になでし子はよくこれだけで足りるわね。 今 日の授業はお昼までじゃないわよ。」


「知ってるよ。 日本人はあまり食べないのよ。」


「だからハンバーグ抜きで注文したの?」


いやそんなわけないだろ。


ハンバーガーをハンバーグ抜きで注文したらただのピクルス入りバンズだよ。


「ハンバーガー注文したらただのバンズが出てきたの。」


「あらら。 それは残念ね。」


左手でバンズをかじりながら、右手でコーラを持ち上げる。


このコーラは私の顔くらいの大きさがあるのでそれなりに重い。


「コーラだってSサイズを頼んだのにLサイズが出てきたの。」


「いやそれはSサイズよ。」


「・・・マジで?」


アメリカのSサイズって日本のLサイズくらい大きいのか。


さすが大食いだらけの国だ。


「残ったら飲んでくれる?」


「 いいよ。 私、コーラ大好き。」


ストローを差し込み一口、口に入れる。


すると口の中で炭酸ではない何かが化学反応を起こしてスパークしている。


「辛い! 苦い! 甘い! しぶい! すっぱい! これ、絶対にコーラじゃない!!」


一口で5つの味が楽しめる恐ろしい液体がこの中には入っている。


両立してはいけないはずの味が両立するなんて・・・。


「あはは、それはシェフの気まぐれジュースよ。」


なにそのシェフの気まぐれパスタみたいな。


ジュースで気まぐれを起こしちゃダメでしょ。


「するかどうかも気まぐれだから。」


そこまで気まぐれかよ。


「ちょっと・・・。 これはさすがに飲めない。 自販機のコーラを買ってくる。」


「あっ・・・。 私もトイレに行きたかっ たから一緒に行くよ。」


私たちは料理を置いたまま席を外した。



自販機のコーラはそれほど大きくはなかった。


てっきり瓶で出てくるのではないかと心配していたが杞憂だったみたいだ。


トイレから戻ってきたスフィアと一緒に席に戻る。


コーラを飲みながらスフィアがご飯を食べる様子を眺めている。


「なっ・・・何? お腹空いたの?」


「いや別に。」


「では改めて、いただきます。」


スフィアがご飯を一口食べた時のことだった。


顔色を悪くして再びトイレに駆け込む。


何事かと思って彼女が食べたご飯をかき分けると、一口サイズに切り分けられたタコが混入していた。


これもシェフの気まぐれか。


・・・いや違う。


アメリカ人は生ものを食べない。


これは誰か の嫌がらせだ 。


すると向こうのテーブルから笑い声が聞こえてくる。


「あははは、ざまーみろ。」


「タコライス食って吐いてやがるぜ。」


よく見るとその中の1人は私にタコライスについて聞いてきたあの子だった。


まさか日本人以外が生ものを食べれないことを知っていて、私にあんなことを聞いてきたのか。


「あいつ、いっつも私たちのこと見下すんだよね。」


「いい気味よ。」


私がタコライスのことを教えたからこうなった・・・?


私がスフィアを・・・友達を傷つけた・・・?


いや今は自虐している場合じゃない。


偽物のタコライスを作った犯人たちがこちらに近づいてきた。


数は6人。


女の子1人を相手に数で物を言わせるなんて最低だ。


「なでし子もあんな目に合いたくなかったら 、あんなやつとは関わらないことね。」


「だいたいなんであんなやつと仲良くするのよ。」


なんで仲良くする?


そんなの友達だからに決まってる。


でもそれをここで言うのか?


アメリカに来て2日目で、この女子たちの敵に回すと言うのか。


そんなことをしたら、損しかしないなんてこと誰でもバカでも猿でもわかる。


日本に戻ると言って帰らなかった。


だからもう日本には戻れない。


これからずっとアメリカで過ごす。


なのにいきなり敵を作っていいのか。


うつむいて考え込んでいると、女子たちは私の周りを囲んでいた。


これは正解を答えなければいけないということか。


ここでいう正解は正しいことじゃない。


あの女子たちが求めている答えを言うことだ・・・。


「えっ と・・・それは・・・。」


「おい、てめぇーら!! なでし子さんに何してんだ!!」


窓がパリーンと割る音と共に、エリーナが食堂に飛び込んできた。


いやあなたこと何してんだよ。


「なでし子さんにケンカ売るんだったらあたいを通してもらわねぇーとな。」


マネージャーか。


それにしても、なぜエリーナが突然窓から飛び込んできたのだろう。


エリーナは赤色の革ジャンをなびかせる。


「あたいはなでし子さんの弟子である以上にダチだ!! もしなでし子さんを傷つけるよな真似すんだったら・・・。」


言葉を切り、女子たちのリーダーと思われるグレーの髪をした女子に近づく。


鼻と鼻がぶつかるほどの距離まで顔を近づけ、大きく深呼吸をする。


そして眉間にシワを寄せ、目をい つもより細めて大きく口を開く。


「お前らの晩餐はホットドッグじゃ!!」


せめて決めゼリフくらいかっこよく決めてくれよ。


あとちょくちょくホットドッグを推してくるな。


どんだけホットドッグ好きなんだよ。


まぁだけど、あなたのホットなハートは伝わった。


「あんたには関係ないでしょ。 私たちはなでし子に話してるのよ。」


「大丈夫よ、エリーナ。 少し下がってて。」


「あっ・・・。 なでし子さんが言うなら・・・。」


歯切れが悪いようにしてエリーナは黙り込む。


エリーナに変わって私がグレーの髪の子を睨む。


グレーの髪の子も睨み返す。


「話を戻すのも面倒だから単刀直入に言うわ。 あの子の味方をして私たちの敵に回るか、私たちの味方になって一緒にあ の子をいじめるか。 どっちがいい?」


「私はどちらも選ばない!!」


「「「はぁあああああああああああ!??」」」


女子たちの声が綺麗にハモる。


「私はあなたの敵になるつもりはないし、スフィアの友達のままでいるつもりよ。」


「あなた、自分が何を言っているのかわかっているの?」


「わかっているわよ。 私はただあなたたちに誤解をしてほしくないのよ。」


「・・・?」


女子たちはお互いに顔を見合わせている。


まぁ無理もないか。


だってこれは私しか知らない彼女の本当だもの。


「スフィアは別にあなたたちを見下しているわけじゃないの。 ただ友達になりたくて言ったのよ。」


「・・・どういうことよ。」


「彼女は私と同じでお金持ちの家庭に生まれた。 お金持ちの 子っていつも家にいるから同世代の友達がいないの。 だから友達の作り方もわからない。 私もアメリカに来るまでは友達なんて1人もいなかったし。」


「えっ・・・。 あの不良のエリーナを従わせたなでし子に友達が1人もいないなんて。」


「でも彼女は私と違って友達を作る努力をしているの。 たしかに不器用でぶっきらぼうでよく勘違いされるけど、彼女は真剣なの。 だから私も彼女の勘違いがなくなるまで何度でも言ってやる。 彼女は根からいい子なんだってね。」


初めてできた友達が勘違いされて嫌われるなんて嫌じゃない。


だから私は誤解を解いてみせる。


初めて真剣になれたのだから。


「なでし子・・・。」


すぐ後ろからスフィアの声がする。


どこまで聞いていたのかわ からないがタイミングよく戻ってきた。


彼女は辺りを見渡してどうしていいのかわからず、慌てふためいている。


「大丈夫よ、スフィア。 私が誤解を解いているから。」


「えっ・・・。」


スフィアはやっと自体が飲み込めたようだ。


だが彼女の顔は呆気に取られていた。


「なっ・・・なんで私のことをかばってくれるの? あの子たちを敵に回してまで・・・。」


たしかにそうだよね。


私がしていることは馬鹿馬鹿しいことだ。


だけど孤立したって利口じゃなくたっていい。


私は自分の気持ちに素直になるだけだ。


そしてスフィアの手を強く握る。


「友達だからに決まってるでしょ。」


「なっ・・・なでし子!!」


スフィアは顔を赤飯のように赤く染める。


鼻をすすって涙を 堪えるが耐え切れずに吐き出す。


彼女は泣き虫のようだ。


彼女が目をこすって泣き止むとグレーの髪の子がスフィアの前に立つ。


私は誤解が解けているように祈る。


「ごめんね、スフィア。  いままであんな酷いことをして。」


私とスフィアは顔を見合わせて目を点にする。


事態を飲み込むと手を合わせて飛び跳ねる。


「やったー!! 誤解が解けた。」


「ありがとう、なでし子。」


私も嬉しくてもらい泣きをしてしまった。


ただ抱き合って喜んだ。


真剣にやったことが成功するってこんなに嬉しいんだ。


真剣になるっていいことだな。


「あの・・・その大丈夫だった、スフィア? タコライスなんて食べさせて。」


グレーの髪の子はしおらしくしている。


「大丈夫よ。」


スフィアも微笑みながら許している。


誤解はすべて解けた。


これで万事解決。


だと思ったが・・・。


「それはそうとあれはタコライズじゃないわよ。 ただのタコご飯よ。」


・・・あれ?


もしかしてスフィアってタコライスのことを知ってるの?


「えっ・・・? でもタコライスにはタコが入っているって・・・。」


「タコライスはご飯の上に挽き肉やキャベツを乗せたものよ。 タコなんて一切入ってないわ。」


「でもなでし子はタコが入っているからタコライスだって・・・。」


全員の視線が私に集まる。


そう言えばスフィアはさらっと日本について結構詳しいって言ってたっけな。


まさかこのタイミングでタコライスの知ったかぶりが露見するとはね・・・。


あぁあああああああああああああああああ。


恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。


知ったかぶりがバレるってこんなに恥ずかしいのか。


私は顔をポストのように真っ赤に染めてうずくまった。





留学してから約半年が過ぎた。


季節は移り変わって秋。


この半年の間に様々な出来事があった。


春の遠足でロサンゼルスに行く予定でしたが、バスに乗り間違えてラスベガスに行ってしまった。


あの時は一発当てなければ帰れないのだと覚悟を決めていた。


カ●ジみたいに地下行きも覚悟していたが、ドラ●ンボール探しの旅の途中であったエリーナと出会い、事なきを得た。


あの時の彼女の背中ほどたくましいものはなかった。


ただエリーナは帰り道を知らなかったので、荒野を1週間放浪することになったが。


ガンマンの抗争に巻き込まれた時はマジで死ぬんじゃないかと思った。


夏にはクラスメイト全員で海に行った。


エリーナは1人、海の主を狩りに水中へ潜っていった。


いつまで経っても 浮上してこないので花火をした後、肝試しをした。


私はあまり怖がりではないのだが、ペアのスフィアが尋常じゃないほど怖がるのでつられて怖くなってしまう。


物音が立ったり風が吹くだけで叫び声をあげるので、逆に脅かし役が驚いていた。


通過ポイントを過ぎ、あとは戻るだけの時のことだった。


林の奥からザザザっと何かを引きずるような音が響いてきて、恐ろしさのあまり体が鉛のように固まってしまう。


暗闇の中から現れたのは、まるでこの世のものとは思えない容姿をしていた。


ギロリと見開いた目玉、全体的に緑色だが様々な色をした表皮、頭から生えた角、えらの後ろから突出した5本と言う中途半端な数の腕etc。


特徴をあげると数が多すぎて語りきれない。


一番近いイメー ジで言うと深海に住む半魚人のような全長10mほどの怪物だ。


そんなものが林の中から突如現れた。


私は腰を抜かし、隣ではスフィアが絵に書いたように泡を吹いて卒倒していた。


私は怖さのあまり声が出ない。


巨大生物が私の方に一歩一歩近づき、死を覚悟した。


「あれ? なでし子さんじゃないっすか。」


巨大生物の方から声が聞こえてきたが巨大生物が喋っているわけではない。


巨大生物の下から見知った顔が現れる。


「エリーナ!?」


「海の主、狩っちゃった。 テヘッ(・ω<)」


いやテヘッじゃなねーよ。


彼女は海の主を狩って、直接肝試しに来たのだ。


エリーナの底なしのバカには肝試しのように驚かされた。



そして現在、秋刀魚の美味しい季節。


私はすっかり アメリカでの暮らしに慣れていた。


高カロリーな食生活で少し太った。


脛をかじる相手がいないこの地で自給自足を覚えた。


料理も自分で食べる分はこしらえれるようになった。


太ったことでダイエットを決意し、運動をするようになった。


勉強も妨害してくる人がいなくなり、成績もみるみる上昇した。


やればできるって本当なんだと思った。


私は日本にいた頃より生きている。


ここに来てから充実した毎日を過ごしている。


こんなに毎日が楽しいと思うことは日本ではなかった。


いつしか嫌いだったアメリカが好きになっていた。


肌寒くなってきたある日のこと。


テストが返却され、その点数に驚いていた。


「おぉ・・・。 過去最高点5教科で468点。」


日本では欠点常習 犯だった私では考えられない点数であった。


「これで今月の定期報告も安泰だな。」


高らかに鼻歌を歌いながらマンションに戻る。


電話の前に立ち、日本の実家の番号を打っていると向こうから電話がかかってきた。


「もしもし。」


「もしもし、お母さん。 今回のテスト468点だったよ。」


「それはそれは安心だ。 これなら日本の大学にでも進学できそうね。」


「うん。 ・・・ん?」


今、何か変なことが聞こえたような気がしたが気のせいか。


私はもう一度問いただした。


「ごめん。 よく聞き取れなかった。」


「この成績なら日本の大学に進学できそうって言ったのよ。」


私は耳を疑った。


日本の大学に進学・・・?


それはつまり・・・。


「もしかして私、日本に戻ら ないといけないの?」


「そうよ。」


認めたくない、知りたくない、聞きたくない。


お母さんが言っていることはつまり日本に戻れということ。


アメリカとおさらばしろということ。


「よかったわね。 日本に帰りたいって言っていたじゃない。」


そんな春の時のことを言われても。


それにあの時帰らなかったから今の私がいる。


私はやっとアメリカが好きになれたのだ。


なのに日本に戻れなんて無情すぎる。


「どうして戻らないといけないの?」


「質問を返すけどあなたはずっとアメリカにいるの? 高校を卒業したらどうするつもりなの?」


「それは・・・。」


考えていなかった。


今の生活が楽しすぎて考えることをやめていた。


そうだ、私は高校3年生だ。


高校を卒業すれ ば将来を決めなくてはならない。


私は何も考えていなかった。



次の日、学校で友達に将来についてを聞いてみた。


まずはスフィアから。


「将来? 馬に関わる仕事に就こうと思うの。 ほら私って乗馬を習っているじゃない。 だから・・・ね。」


なるほど、自分の趣味を仕事にするか・・・。


他の人にも聞いてみるか。


「うちは実家の農業を継ぐよ。」


「俺は進学して理数系の道に進む。」


「僕は就職だよ。」


ついでだからエリーナにも聞いておこう。


「あたいっすか? あたいはバイクになりたいんっす。」


物になるのか。


みんな自分の将来をすでに決めているのか。


みんな別々の道を進もうとしている。


内容はともあれ、あのエリーナですら将来を決めている。


なのに私は何も決めないのか?


私は何もせずにダラダラとしているのか?


また前の生活に戻るのか?


私はどの道を選べばいいのだろうか・・・。



私は日本の大学に進学したい。


みんなそれぞれの道を進んでいるのに私だけが立ち止まっているわけにもいかないから。


それにいくら成績が上がったと言っても、センター試験まであと3ヶ月を切っている。


進学するなら早く日本に戻って日本の勉強をしなければならない。


私はとある大学のグローバル科に進学しようと考えている。


そこで異文化について学ぶのだ。


私がアメリカに来て様々な経験をした。


だがもっとアメリカについて知りたい。


この自由の国を知りたいのだ。


だから日本に帰る。


だけど・・・。


だけど怖い・ ・・。


またあの地獄に戻るのか。


私を受け入れてくれないあの国に戻るというのか。


私は不安で心配でどうしても踏み切れずにいた。



私はスフィアにこのことを相談した。


いままでの私は1人だったので自分で抱え込むしかできなかったが、今は違う。


頼り頼られる友達がいる。


信頼できる友達がいる。


私の初めての友達に悩みを打ち明けた。


「そっか・・・。 なでし子は日本に戻るんだ・・・。」


「だけど怖いよ・・・。」


うつむく私をスフィアは黙ってハグする。


彼女のぬくもりが伝わってくる。


人肌ってなんだか落ち着く。


「同じ国なら私がなでし子にしてもらったように助けるんだけど、海を挟んだ隣の国ではどうしようもない・・・。」


「そっ・・・そんな・・・。」


「大丈夫よ。 なでし子なら日本に戻ってもやっていけるわよ。 初めての友達が言うんだから間違いないよ。」


そうは言われても私は自分に自信を持てない。


不安が連鎖して、とてもポジティブにはなれない。


変わったつもりでいたが結局私は何も変われていないんだ・・・。



次の日、いつも通り遅刻ギリギリの時間に学校に行き、教室に入る。


しかし誰もいない。


いままで誰もいないなんてことはなかった。


だけどそれは黒板を見ると答えがわかる。


「なでし子へ、体育館に来るように。 3-A一同より。」


なるほど、これはサプライズか。


まったくここの人たちはサプライズやパーティーが好きだな。


今日は私の誕生日である。


みんなで私の誕生日サプラ イズをしてくれるのだろう。


それにしても体育館を使うなんてすごい大掛かりなことをするのか。


ただ昔の私なら驚くだろうが今の私はそうはいかない。


私はこの半年の間に散々サプライズをされたのだ。


だからこういう手口では驚かない。


もっとさりげなく体育館に誘い込まないと。


なんてことを思いながら私は体育館までやってきた。


体育館は窓という窓に黒幕がかかっており、中が見えない状態にされている。


サプライズ説がより強くなった。


何にせよみんなは私のためにサプライズを企画してくれたんだ。


だから驚いたフリをしないと。


体育館の扉に手をかける。


体育館を開けた瞬間、クラッカーが鳴ることはなかった。


パイが飛んでくるわけでもない。


中を見ると 長椅子が人数分だけ用意されてあり、そこにはクラスメイト全員が着席していた。


一体これはどういったサプライズのだろう。


何も起きる気配がないので私から言葉を切り出した。


「みんな何してるの? 仲良くイスに座って、教室間違えてるんじゃない?」


シーン・・・。


誰1人としてクスリともしないので、私は恥ずかしさのあまり顔を紅白まんじゅうのように赤く染めた。


自爆していると体育館の台に担任のジョージ・グリーンが立つ。


先生も加わったサプライズ・・・?


これから何が起きるのか、さらにわからなくなる。


「あの・・・グリーン先生。 これは一体何を?」


「お静かに。 そこに着席しなさい。」


「えっ・・・。 あぁ、はい。」


言われるままに空いている席に座 る。


みんなの顔が心なしか暗い。


誕生日サプライズじゃないのか?


「ゴホンッ。 では始めたいと思います。」


グリーン先生は咳払いをしてマイクに向かう。


「第二十四回臨時卒業式を執り行います。」


・・・卒業式!!?


まだ10月なのにどうして?


それに臨時ってどういうこと?


私はわからないことだらけである。


「3-Aの生徒、全員起立。」


ダッ・・・。


統率の取れた起立。


私以外の全員がイスから立ち上がる。


「国歌斉唱。」


国歌が体育館の中をこだまする。


国歌斉唱が終わると次は。


「卒業証書授与。」


そう言うとグリーン先生は黒い筒と卒業証書を台の上に用意する。


だがその数はたった1つだった。


「3年A組24番 山田なでし子。」


私の名前が呼ばれ、 現状をいまいち把握できていないままグリーン先生の前に立つ。


そして卒業証書を渡される。


「Ms.ヤマダ、私から君に言うことは何もない。 ちゃんと授業を聞いていればな。」


いや状況が飲み込めてないから笑えないよ。


何が起こっているのか教えてくれよ。


とりあえず卒業式の流れ通り自分の席に戻る。


卒業証書は1人分で終わり、次の項目に移行する。


「在学生代表スピーチ在学生代表、スフィア・ヘイネス。」


そう言われるとスフィアが立ち上がり台の上に立つ。


マイクの位置を調整して息を整える。


「・・・ビックリした、なでし子? 卒業式サプライズよ。」


卒業式サプライズ・・・?


「私にはこのやり方しかあなたを見送る方法が思いつかなかったの。 あなたは日本に戻って大学に行くべきだ。」


やっとわかった。


これは日本に帰るかどうかで悩んでいる私のために開かれたものだ。


スフィアは私の背中を押してくれているのだ。


「なでし子が日本で嫌な思いをしても、私は私がなでし子にしてもらったみたいにすることはできない・・・。 だけど離れたところからずっと応援してる。 なでし子は自分ではあまりいいように言わないけど、本当は人当たりがよくて世話焼きなツッコミ担当なんだよ。」


「スフィア・・・。」


「だから自信を持って。 あなたは強いの。 あなたなら日本でもやっていける。 でも、もし辛いことがあったりくじけそうになった時は・・・。」


スフィアは言葉を切る。


そして全員が深呼吸をして声を合わせる。


「「「私た ちを思い出して!! あなたには私たちがついているから!!」」」


「すっ・・・スフィア・・・。 みんな・・・。」


みんなの声が私の心を揺さぶる。


みんなの声が私の背中を押す。


みんなの声が私を元気にしてくれる。


涙で前が見えなくなった。


アメリカに来て何回嬉し泣きをしたっけ?


わからなくなるほど泣いたんだな。


私はもう迷わない。


私は日本に帰る。


たとえどんな困難が立ちはだかろうとも、私にはみんながいる。


だから前に進むんだ。


卒業生代表スピーチは泣き過ぎて喋れなかったので飛ばされた。





私のためだけに行われた臨時卒業式から1週間後。


私は半年前のように空港にいた。


今日はジェシー&リッ●ーズはいないようだ。


荷物はすでにまとめ て日本に送っている。


半年間住んでいたマンションも明け渡した。


そう言えばトイレがお風呂と一緒であることにビックリしたな。


お世話になった人は全員挨拶回りをした。


泣いて別れを惜しむ人がいる度に私も貰い泣きをしていた。


このままでは泣き過ぎて、熱中症になるのではないかと思うほど。


空港にはクラスメイトのほぼ全員が見送りに来てくれた。


アメリカに来て私はいろんなものを学んだ。


そして見送りしてくれるような友達もできたんだ。


日本に帰ってもここでしてきたことのように友達と思い出を作れるかな。


もちろん不安がないわけではない。


でもみんなが私の背中を押してくれる。


だから前に進める。


スフィアは涙を必死に堪えている。


「なでし子、日 本に行っても元気でね。」


「ありがとう、スフィア。」


私はスフィアに近づく。


そして腕を彼女の背中に回す。


「大好きよ。」


「わっ・・・私もよ、なでし子ぉー!!」


スフィアもハグを返してきた。


涙と鼻水が混ざってぐちゃぐちゃになった彼女の笑顔はとても綺麗だ。


彼女はきっとこの国でみんなとうまくやっていけるだろう。


スフィアに続いて次々とハグをする者が増えていく。


「元気でね、なでし子!!」


「日本でも頑張るんだよ、なでし子!!」


「うほっ。 なでし子ちゃん、食べちゃいたいな!!」


また変態が1人混じっていたぞ。


みんなから一斉にハグをされ、おしくらまんじゅう状態になり雪崩のようにボテッと倒れる。


そしてみんなで笑いあった。



みんなと 別れ、飛行機に乗り込む。


前と同じ窓側の席だ。


ふっと窓の外を眺めていると、ある人のことを思い出す。


「そう言えばエリーナ、卒業式にも見送りにも来てくれなかったな・・・。 どこに行ったのよ、あのバカは。」


鬱陶しいくらい付きまとっていた彼女がいないと逆に寂しく感じる。


私にとって彼女の存在って大きかったんだなと改めて認識した。


日本まであと何数時間はある。


今日は少し眠ろう。



寝て起きたらあっという間に日本に到着していた。


久しぶりで懐かしい。


帰ってきたんだ、日本に。


見慣れた風景、見慣れた町、見慣れたエリーナ。


・・・エリーナ?


「ちゃっす、なでし子さん。」


「えっ・・・ちょっ・・・えぇっ!? なんで日本にいるのよ、エリーナ。」


清々しい顔をしてエリーナはそこに立っていた。


たしかに私は日本に帰ってきたはずなのに。


そして彼女は言った。


「日本、来ちゃった。 テヘッ(・ω<)」


だからテヘッじゃないわよ。


エリーナのバカっぷりには最後まで笑わせてもらった。





あれから5年の月日が経った。


山田なでし子、23歳。


私は大学を卒業して、観光の仕事をしている。


アメリカで学んだことを活かしてアメリカの観光地などを紹介している。


そして現在、学生時代にバイトで貯めたお金でアメリカに来ています。


5年ぶりのアメリカ。


土地も、食べ物も、人も、おっぱいもみんな懐かしく感じる。


久しぶりに第2の母校を訪れた。


何も変わらないアグリッシブ高校。


バカデカいグラウ ンド、バカデカい校舎、バカデカい教室。


みんな変わらないな。


校庭を歩いていると、ヒヒィーンと言う声がする。


声の方を振り向くとそこには大きなポニーがいた。


「ポニン子!! 久しぶり、あなためちゃくちゃ成長したわね。」


よしよしと頭を撫でる。


ポニン子も昔のように暴れたりしない。


しかし馬小屋は校舎から離れているのに、なぜポニン子がこんなところに?


「待ってー、ポニン子。」


ポニン子を追いかけてポニーテールの女性が現れた。


綺麗な金髪に2回りは大きい身体。


2mはあろうその人は・・・。


「スフィア!!!」


「なでし子!!!」


5年ぶりに親友と会った。


大人びた彼女は馬のインストラクターになったようだ。


夢を叶えられてよかったなと思う。


そして5年ぶりにハグし合った。





これは私の日常物語。


私の日常は、これからも続いていく。




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― 新着の感想 ―
[良い点] ギャグが多種類出ていて良かったです。 勉強になりました。 ただギャグを書くだけでなく突っ込みも上手いと感じました。 個人的にツボだったのが、変態が一人いるやMrマザー、シェフの気まぐれジュ…
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