浮気と疑惑と溺愛と。時々負け犬の遠吠え
新作です。
某麻木コーポレーションに、と思ったのですが社長に拒否られましたので、短編で。
12月9日、おかげさまで日間1位でした! ありがとうございます!
ぽかぽか天気の昼寝したいなぁ、な午後。
秘書課のフリーズしたパソコンを見ていた私の後頭部に飛んできたのは、甘くて軽くて下品な声だった。
「え~、いいんですかぁ? うれしい~! ありがとうございますぅ」
語尾を伸ばすな、と言いたい。
ここは職場で、あんたは社会人だろうと。
ふわふわ甘々な髪に服。どこのお人形だよくそれで仕事できるな、と私なら間違いなく言うだろう。仕事しに来たんじゃありません男探しにきたんです、なその姿は本人は知らないが周りから見たらはた迷惑なものでしかない。
儚げ清楚系を演じる超肉食系女子は、ただ今業務中にも関わらず一人の男性社員をロックオンしたらしい。
「ああ、気にしないで。仕事で行けなくなったから。もったいないし」
そしてそれにロックオンされたのが自分の恋人だってことに、ねぇ。いやもう衝撃です。
向こうには私が見えていないようだ。会話は続く。でもあれ、いや、いいか。
「でも彼女さんとかぁ」
「もともともらいものだし、あいつこういうの好きじゃないから」
「え~でもぉ。わたしならぁ、神田さんにもらったのならぁすごくうれいいしぃ、一緒に行きたいですぅ」
お前はどこの幼稚園児だ。いや、幼稚園児の方がまともな口をきくかもしれない。むしろ幼稚園児に失礼だな、ごめん。
「天川さん、わざわざすみませーん」
隣でわざとらしい声をかけてくる女子社員に、なるぼどと納得。これを見せるためだったか、とメガネをつい、とあげて思った。
おかしいとは思ったんだよ、いつもなら見栄いい独身男性に甘えるだろうたかがエラーに、システムエンジニアを呼び出すなんて。しかも私を指名一択とか。
「いえ。じゃこれで」
瞬殺もんで解除すると立ち上がる。
あれとグルか。頭軽い系仲間なんだなきっと。後ろで無造作に束ねた髪がしっぽみたいに揺れる。
「失礼します、通してもらえますか」
見せつけるかのように出入口でしゃべってた二人に声をかける。
「え、テン? どうしてここに?」
「あら~、ごめんなさぁい? ついお話に夢中になっちゃってぇ!」
驚く男と勝ち誇ったように笑う女。メンドーだな。てか、フルメイクのその顔は厚み増してるんじゃね? ヒビ入ると困るからそのほくそ笑む程度に抑えてるのか。
「今ぁ、神田さんにぃ、映画のチケットもらったんですよぅ! もぅ嬉しくてぇ!」
「そう、よかったね。で?」
「え?」
ぽかん、とした女の隣で、多分私の恋人である神田海斗がにこり、と笑う。あ、こいつ私がいるの気づいてやがった。私の反応に満足したのと、嫉妬してくれないの? みたいな視線をよこされた。
こんな茶番になにを求めてるんだよ。あんまりくだらないことしてると別れるぞ、との意味を込めてにらみ返すと、わかったのかさらににっこりとした。
「昨日テン行かないって言ってたやつ。二番煎じの恋愛映画」
「あれはオリジナルが存在するし、そっちの方が泣ける。あんなキャストもスタッフも三流のリメイク映画なんて見る時間がもったいない」
「だよねぇ。聞かないで他所に回してもよかったんだけど、やっぱテンの意見が大事だから」
「……え?」
きょとん、としたよ今度は。そんなに意外かな、もともと海斗は笑顔で毒舌、身内以外は容赦しない性格だけど。
まぁ、それを補ってあまる美形顔がフィルターになってるんだろうけど。
「それより、どうしたの? 今仕事忙しいんでしょ?」
首をかしげた海斗に聞かれて、私は呼びつけた頭も尻も軽い方々をちらりと見やる。
「なんか茶番劇の観客に指名された」
「茶番劇? ……なるほど」
一瞬海斗の後ろに黒いオーラがぶわっとあふれたけど、冷気だけ残してすぅ、と消えた。相変わらずだなぁ、と笑いそうになるけど、仕事を思い出して海斗を見上げた。
「ごめん、仕事戻る。遅くなるかも」
見上げるのが疲れるほど、無駄に高い身長の持ち主は私を見下ろして顔を近づけた。
「ん、ご飯作って待ってる」
耳元で囁くなとあれほど!! ちっ、もういないし。
足の長さなのか? コンパスの差がでかすぎるのか? 156センチはチビじゃないやい!
ちくせう、とのの字を心の中で書いてると、わざとらしいくすくす笑いが聞こえてきた。
「天川さんってぇ、神田さんと釣り合ってないですよねぇ」
下品な笑みだな。てか、海斗がいなくなったと思ったらすぐ豹変とか、甘い甘すぎだな。あんた達は海斗のことをなにもわかってない。相手にされてもなかったくせに。
「私のことをどれだけ知ってるのかな。見た目だけで判断とか、なにそれ頭軽すぎじゃね?」
言ってはいないが、もともと私は口が悪い。知ってる仲間内は馴れたものだが「まぁ、そこがいいよね」と口説きにきた海斗もどこかおかしいと思う。
「なっ、なんですって!?」
「ちょ、落ち着いて。負け犬女の言うことに目くじら立てることないわよ」
「そうそう、神田さんもすぐに目が覚めるわ」
私を貶める発言で自分のプライドを保とうとするのは、まぁ、いいんでないの。私がいないとこでやるならの話だけど。そもそも仕事中にこんなことやる時点で評価は駄々下がりだけどわかってる?
「負け犬、ねぇ。私のどこを見て負け犬と言うのか是非とも知りたいとこだけど」
私の時間を無駄にしてくれたお礼は、倍返しするのがよろしいんでない?
「既婚者に負け犬と言うあんた達は一体なんなのかね?」
首からさげたチェーンからシンプルなマリッジリングを引っ張り出して見せつけてやると、真の負け犬共は目を見開いていた。
「……う、ウソよ。だって、それじゃ神田さんとは」
「え? 神田さんの恋人じゃなかったの?」
「じゃ神田さんフリーなの!? やったぁ!!」
それぞれ好き勝手なことほざいてるけど、誰一人として正解じゃないし。
「アホだな。頭も尻も軽すぎて浮いてるんじゃね?」
「腰掛けにもならないねぇ、それ」
あきれた私の後ろで、少し低い声がした。言わずと知れた海斗である。いつの間に戻ってきたのか。いや、始めからフェイクだったのか。てか、エロボイスと言われるそれを耳元で披露するなとあれほど!
「だから指輪しなさいと言ったのに。エンゲージリングとセットでつけられるのにした意味ないでしょ」
「会社で見せびらかすのはもったいないじゃないか」
「会社で見せびらかさずにどうする」
見せびらかすのか? それ正しいのか!?
「え? きゃっ、神田さん!?」
そして今頃気づくのか。色々遅いぞ?
「神田さぁん! 天川さんがおかしなことを言うんですぅ! 既婚者なんてぇうそ言うんですよぉう! 神田さん知ってますぅ?」
おいおい、さっきまで普通にしゃべってたじゃないか。みんな見てたし聞いてたぞ? フロアの男共ドン引きしてるの見えないのか。
「テンは既婚者だけど、それがどうかしたの?」
こちらも知っててスルーかい。あ、とどめ刺すつもりか! 私の獲物なのに!
「海斗、ちょっ!?」
「テンは天川じゃなくて、神田甜華だからね。俺の大事な奥さんになにか用?」
「え!?」
あーあ、言っちゃった。てか、私が言うつもりだったのに!
そうだよ、海斗は私の夫ですがなにか? 苦情は受け付けない、知るものか。
結婚したのはもう半年前になる。私の誕生日に入籍した。プロポーズは海斗の誕生日だった。これすべてサプライズだった。海斗からの。なんてマメな男なんだ。
大体、フラッシュモブだか知らないが、徹夜明けの頭フラフラ意識朦朧でパソコンに向かってる私の横で、突然同僚が踊り出してみ? マジに救急車呼ぶとこだった。とうとう頭おかしくなったか、もしくは私の頭がおかしくなったんだと思ったのに、私以外のシステム管理課の全員がキレッキレのダンスを踊り始めた時はどうしようかと思ったさ。
さらにそこに海斗が乱入して、一糸乱れぬダンスを披露したのを見た私の思考は止まった。なにこの無駄に完璧なダンス。一曲丸っと呆けて見ていた私は、この後プロポーズ入籍結婚式ハネムーンと、怒涛の勢いで駆け抜けることになった。
「う、ウソよ。こんな女が神田さんとなんて、ウソ」
現在知ってる人は知ってる、知らない人はそのままで、という状況なので、彼女達は知らない人になる。まぁ、私のことを見下しまくってたのだからそうだろうな。
「こんな女、ねえ」
海斗の眼差しがすぅ、と細まって彼女達を見た。向けられた視線の冷たさに肩が跳ねたのがわかるけど、海斗は容赦はしないよ。意外と鬼畜なとこがあるのは、友人達は知ってるし。
「君みたいな男と女で態度を変える人の方が『こんな女』なんじゃないのかな」
会社に男漁りに来てる時点で評価は駄々下がりなのに、既婚者(海斗)にコナをかけ、既婚者(私)を見下す。それを隠しもしないあたり、人としても女としても終わってると思う。普通は思っても隠すだろう。常識なさすぎなんだよ。
「か、神田さんは騙されてるんですよ! あの人に家事ができるとは思えないし、神田さんの隣にも似合わな、っ」
「俺の隣が、なに?」
うわぁ、地雷を踏み抜いたよおバカさんが。
海斗の顔から表情が消えた。イケメンの無表情って人形みたいでちょっと怖いよね。てかお嬢さん方、あんなことしといて言っといて今さら海斗に媚びようとはいい度胸だなぁ。
「俺、見かけで人を判断する奴大嫌い。テンは料理上手だし家事もちゃんとできるよ? 今は仕事忙しくて俺がやる方が多いけど、休みの時はやってくれるし、俺にありがとうはかかさず言ってくれる。もらうのやおごりが当たり前な君達のありがとうより、ずっと気持ちがこもってるよ」
言葉だけじゃ足りないとか宣ってそのまま寝室に連れ込む奴のセリフとは思えない。しかも俺尽くしてる~とか言いながら何戦挑むつもりだこのピー。加減を覚えろバカ犬! ……いかん、なにか違う。
「だから、もう俺にもテンにも近寄らないでもらえるかな」
バカが移ったら大変だしね?
「言葉も理解できないようなら……覚悟しといてね」
とどめは笑顔でした。そしてぽそりと呟かれる最終通告。触らぬ海斗に祟りなし。なむなむ。
余談というか後日談を少し。
あのおバカトリオは花形部所である秘書課からーーてか、あのおバカ肉食獣で秘書課?ーー庶務へと配属替えがあった。先日の一件は社内で知らない人はいないくらいに広まってるので、彼女達の毒牙にかかる男性社員はいない。
ならば外とばかりに合コンに参戦したらしいが、プークスクスと笑われて、相手にもされなかったとか。
「あー、だろうね」
家に帰って話したら、なぜか含み笑いの海斗。……なんかしたの?
「いや? ただ、友人達に話しただけ」
「あー、それは間違いなくこの街中に広まってるね」
相手見つからないかもなぁ。いや、そんなおバカを飼い慣らしたいとかいう奇特な輩なら……やめよう。他人の未来なんて想像してもしょうがない。
海斗は思ったより私との話が浸透していないことを知るなり、社内を二人で練り歩いた。イチャイチャしながら。……なんたることか! まさか自分がそんなバカップルみたいなことするなんて!
うおぉぉぉ! と思いだして頭を抱えて悶えると、ぽんぽんと海斗が頭を撫でた。
「疑いは晴れた?」
バレてーら。そうさ、疑ったさ。おバカトリオは外堀を埋めるべく海斗とつき合ってると噂を流してた。調べたんだろう私を牽制しながら、見せつけて別れさせるつもりで。
噂が本当なら一発ぶん殴って、とか思ってたんだよね。信じてなかったかと言われれば、実は疑ってはいなかったんだけど。
「……なんのことか」
「ん? あのおバカトリオはもう近づかないよ」
「なにしたの」
「さてね? ご飯できたよ」
そうか、そのせいもあっての報復か。八つ当たりとも言うが。私にしないとこがなんとも、なぁ。
食卓に並んだのは酢豚に麻婆茄子に中華スープ。キノコは入ってない、食べられませんがなにか。ほかほかのご飯にいただきますと手を合わせると箸をとった。
「そもそも、テンが指輪ちゃんとしてたらわかったんじゃない?」
うまうまと食べ進む私に、海斗が首をかしげる。イケメン旦那の攻撃。意外とダメージがくるものだ。なんだよ、かわいいとか。細マッチョな男なのにかわいいとか。言ったら寝かせてもらえないかもしれないから絶対言わないけど。
「ああいうのは、思い込みが全てだから。私が左手の薬指にしてるのを見たって、それが結婚指輪だとは思わないよ。実際負け惜しみなの? って言われたことがあったし」
「……それは、誰?」
問いかけてくる海斗の背後がどす黒くなってるんだけど、突っ込んだ方がいいだろうか。スルーした方が私の精神的平和が保たれるか、うん。
「……そんなわけだからして、指輪くらいであれらが納得するとは思えなかったんだよ」
誰、なんて言ったらその人が危険だ。百パーの確率で社会的に抹殺される(男なら物理も可だと? 闇討ちって便利だよねぇ、とか宣うこの夫。どうしよう)
「これからはちゃんとしとくよ」
「うん。そうして」
そしてその夜も大変な目にあったとさ。なにかって? 聞くなよそんなこと。海斗に消されるぞ?
そんな神田夫婦の元にコウノトリが訪れるのは翌月のこと。速すぎじゃね?
テンは外堀埋められまくりの告白~結婚。その後何人産むんでしょうね(笑)