序章:Episode4 反抗
今回も前回に引き続き短いです。
頑丈な非常用扉を紙のように引き裂いたオークは大して疲れた様子も無く、その血のように赤黒い瞳でこちらを睨みつけていた。
俺は土煙が舞う中でなんとか金属バットを手繰り寄せ、オークから離れるように転がり込む。
何故ここがバレた?
いや、そんなことはどうでもいい。
どうする?
俺ではこのオークは倒せない。
救援を待つか?
だめだ。
来るかもわからないし、そもそもそれまで生きていられるとは限らない。
では、逃げるか?
それが一番現実的な策だろう。だがしかし。
「この野郎・・・唯一の出入口の前で・・・!」
なんとかしてあそこから引き離さないと行けない。
そんな俺の思考が読めているのかオークは中々動こうとしない。
頭悪そうな見た目の割に知能レベルは高めのようだ。
自分のいる場所が唯一の逃げ道と知っているらしい。
くそっどうする。
唯一の逃げ道は使えない。
いっその事屋上から飛び降りるか。
柵も付いていないし上手く着地出来れば・・・
いや、無理だな。
この建物はこの町で一番大きな建物だ。
恐らくここから地面まで20mはあるだろう。
着地がどうとかいう問題じゃなく死んでしまう。
・・・そうか。
その手があったか。
逆転の発想。
ここから落ちれば死ぬ。ならばここからオークを落とせばいい話だ。
金属バットで叩いても深手を負わせられない怪物が死ぬかどうかは微妙なところだが・・・やる価値はある。
金属バットを自分の前に構え、真っ直ぐにオークを見据える。
こちらの雰囲気が変わったことに気づいたのか、オークも包丁を握り直す。
「うぉぁぁぁぁぁぁぁぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「グオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
叫び声で己を鼓舞し、オークに突進していく。
それに対しオークはその大きな包丁を振りかぶり、勢いよく振り下ろす。
俺はオークの直前で止まり、横に転がり込んだ。
睨まれて、包丁を振り下ろされて、死の予感が頭をよぎった。
もしかしたらこの場で死ぬかもしれないという恐怖に竦んでしまった。
そんなことはさっき覚悟を決めたはずだ。でも。
どうしてもこの恐怖を拭いきれない。
━━━死ぬ、かもしれない。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
俺が竦んでいるのを見てオークは不気味に笑いこちらに突っ込んで来た。
俺にこいつを倒せるのか。
唯の男子高校生である俺に。
一般人の俺にこんな怪物相手なんて、ハナから無理な話だったのではないか。
オークが俺の目の前まで来て包丁を振り下ろす。
恐怖で竦んだ体を無理やり動かして左に倒れるように攻撃を回避する。
こいつを俺が倒さなきゃいけない理由なんてない。
そうだ。
確かにこいつは人に危害を加える。
倒さないといけないやつかもしれない。
でもそれは俺じゃなくてもいい筈だ。
誰か、他のもっとヒーローに相応しい人にこいつの相手を任せたっていい筈だ。
俺がやる必要はない。
今オークは出入口の前から離れている。
このまま逃げれば・・・
━━━流されてしまう自分が嫌いだ。
「!!」
俺は回避して倒れそうになった体を、左足で地面を蹴り立て直す。
そうだ。俺がやらなくたっていい。
そのまま右足を踏み込み体を回転させる。
脳裏に浮かんだのは、涙を浮かべた一人の少女。
彼女は、佐々浦麻衣は、この大きな流れに逆らった。己の意志で意識をも削ぐような濁流に逆らおうとしていた。
いつでも心に一つの芯が通っていた筈だ。
だからこそ俺は彼女に恋慕とは違う何か━━━それは恐らく憧れだ。憧れを抱いた。
ずっと憧れていたのだ。
強くて優しいあの少女のようになりたい。と。
「ずぉりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
遠心力を利用してオークの後頭部をフルスイングで叩く。
ぶつかった瞬間の腕に走る衝撃なんてどうでもいい。
ただ、全力で。
━━━━━それは、ありふれたちっぽけで流されやすかったガキの、世界の、大きな流れに対する、小さな、ほんの小さな反抗。
腕に雷が落ちたような衝撃が走るが歯を食いしばり、最後まで振り切った。
後頭部に衝撃を受け、よろよろと前に倒れ込むオークは首をすこし傾けてこちらを見た。
その顔は、こちらを見て笑っていた。
いや、嘲っていたと言うべきか。
己を殺せなかった、最大のチャンスをものにできなかった勇者紛いの愚者を嘲笑していた。
その醜悪な笑みを顔に貼り付けながら。
オークは役所の屋上から、瓦礫と共に頭から落ちていった。
ゴッッッ!!
重く鈍い音と、共に小さな振動が感じた。
恐る恐る下を見ると、地面と衝突してグロテスクに肉が裂け、血を撒き散らしているオークの死体があった。
・・・おぇっ、気持ち悪っ。
「とりあえず勝った・・・か。はぁ・・・。」
━━━俺は役所から出て自分の荷物が落ちているところまで戻ってきていた。
周りを見回しても誰もいない。
あの不良も、佐々浦も。
どうやら無事逃げたようだ。
いや、恐らく佐々浦は誰かに避難所か何かへ連れていかれたのだろう。
見ず知らずの不良ですら助けようとした佐々浦が仮にもクラスメイトを見捨てるとは思えない。
遠くの方からパトカーのサイレンが聞こえる。
どうやら誰かが警察に通報していたようだ。
「おっせぇよ・・・。」
警察が到着したら、色々と聞かれるだろう。
事情聴取というやつだ。
だが俺がそれに付き合ってやる義理もない。
このまま帰らせてもらうとしよう。
俺は傍に転がっているエナメルバッグを手に取り覚束無い足取りで帰路についた。
━━━その日の夜。
俺は自室の布団の上でA4サイズの封筒を持って寝転がっていた。
━━━俺は、弱い。
RPGだと雑魚キャラみたいなオーク一匹相手にビビってしまった。
それに、いつの間にか体中のあちこちに擦り傷ができていた。
クラスメイトの女子一人助けるだけでこのざまだ。
今のままではだめだ。
もっと、もっと力が欲しい。
この危険な世界でも、大切なものを守れるように。
強くなりたい。
そう思いながら封筒を開け、中身を確認する。
中には封筒にギリギリ入っている程の大きめの紙が一枚入っていた。
手に持ってみると画用紙のように分厚く、表彰状を思わせる。
そこには横書きのブロック体の文字で、次のような内容が書かれていた。
ステータス
加藤優佑
男
16歳
適正武器
:片手剣、片手槍、両手槍、片手斧、両手斧
スキル
:片手剣、片手槍、両手槍、片手斧、両手斧
魔法
:固有スキルにより使用不可
適正属性
:風属性
固有属性
:反抗属性
固有スキル
:反撃、物理法則操作(選択:熱量操作、水流・水圧操作、気流・気圧操作、電流・電圧操作、光量操作)、抗力強化
スキル説明
反撃・・・攻撃を受けた際に随意でカウンター攻撃ができる。
物理法則操作・・・物理法則を五つの中から一種類自由に操作する事ができる。精度、威力は適正属性に依存する。
抗力強化・・・自分に対する衝撃、熱、圧力、毒、魔法・スキルに対してある程度抵抗できる。
━━━━━ここで話は最初に戻る。
世界変貌により変えられたこの世界には、一人一人に基本の属性(火、水、土、風、雷、聖、闇)に加え、希に性格をデフォルトしたような属性が発現する者がいる。
その属性を持つ者はそれぞれ固有スキルを持っており、強力な力を持つ。
発現条件は【その属性に最も性格が沿っている】こと。
今後この『属性持ち』はこの世界で強力な戦力として重宝されることとなる。
加藤優佑の反抗記はここから始まる。
最後までお読みいただきありがたき幸せ。