序章:Episode3 醜悪な侵入者
今回少し短いです。
あと視点が変わるところがあります。分かりにくかったら申し訳ない・・・。
━━━柄の悪い高校生の一人、佐渡 将志は後悔していた。
最初は遊び半分のつもりだった。
高校三年生の夏、周りからは「あいつは留年確定」と諦められ、笑われ続けた俺はストレスが溜まっていた。
そんな時、俺に転機が訪れた。
世界変貌。後にそう呼ばれる世界の一大事件。
ストレスを溜め込んでいた俺にとってこの事件は、新鮮な刺激だった。
何かが変わった、そんな気がしたのだ。
多分この時に既に俺の中に冷静さというものは無かったのだろう。
その場の謎の高揚感に身を任せ、普段じゃ考えられないようなことが出来てしまう。
友達を数人集め、町を囲んでいる外壁を壊す。
溜め込んだイライラを解放したいがために、リスクを省みずに。
やろうと思えばなんでもやれてしまうのが人間の怖いところだ。
一つ下の理系の後輩を無理矢理引き込み簡易型の爆弾を作らせた。
化学薬品を調合したもので、仕組みはよく分からないが、気体に触れると爆発を起こすらしい。
世界変貌という事件があったからか、どこか皆夢心地だった。
本当に壁を破壊してしまうなんで誰も考えてすらいなかった。
結果は皮肉にも大成功。
広範囲に渡って爆発し、その場で見ていた俺達も吹き飛ばされた。
体の上に重い瓦礫が乗ってうまく身動きが取れない。
「くそっ・・・早く逃げねぇとっ・・・アイツがッ・・・!」
━━━俺、加藤優佑は逃げ出そうとした。
外壁が破壊されたのだ。
いつ外の怪物達が町の中に侵入してくるか分からない。
ここは危険だ。早く逃げなければ。
そう思い、荷物を投げ捨て後ろを向いて全力で走り出そうとした。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
後ろから、さっきの不良達だろうか。悲鳴が聞こえて来た。
俺は思わず振り返ってしまった。
二メートル近くある大きな体。
土塗れの桃色の皮膚に、浮き出た太い血管。
そして右手に巨大な包丁。
その醜い外見は、RPGでよく見るオークそっくりだった。
そのオークと思わしき怪物は周囲を見回し、近くで倒れている不良達に目をつけたようだ。
俺はそれを見て安心していた。
人として間違っているのは解っている。それでも、俺は見ず知らずの不良なんかよりも自分の命が助かる方を選んだ。
間違っていると解っていても、楽な方へ、楽な方へ。
普通の人ならこうする筈だ。そう自分を騙して。
「やめて!」
誰かが叫んだ。
恐らくあの怪物に襲われそうになっている不良を助けようして。
あの不良達の知り合いか、はたまたその場にいた心優しい善人か。
どちらにせよ性根の腐った俺とは違うな、と自嘲気味に首を捻ってその声を発した人を見ると、そこには先程別れた筈の野球部マネージャー、佐々浦麻衣が立っていた。
佐々浦は、佐々浦麻衣と言う人間は。
何も変わっていなかった、こんな時でも。
どんな時でも彼女は目の前の人間が困っていたら見過ごせない、優しい人間なのだ。
よく見ると右手にA4サイズの封筒を持っていた。恐らく俺と同じようにステータスを受け取りに来たのだろう。
俺は周りを見回した。
誰か、誰かいないのか!
正義感溢れるヒーローは!
あの心優しき少女を助ける為に立ち上がることが出来る奴は!
周りの人間はただ逃げ纏うだけだった。
恐らくは佐々浦が助けに入ったということに気づいていて、それでも。
周りの人間はただ逃げ纏うだけだった。
俺と同じように。
気づけば俺の足は止まっていた。
このまま逃げていいのか。
あのまま佐々浦を見殺しにしていいのか。
いや、このまま逃げたとしても俺は何も咎められないだろう。
むしろよく生き残ったと褒めて貰えるはずだ。
・・・このまま逃げた方が楽なんじゃないだろうか。
見ればオークは佐々浦に狙いを変えて手に持った包丁を握りしめ、今にも佐々浦を殺してしまいそうだ。
佐々浦は涙をボロボロ流しながらもその場から動かない。
いや違う。動けないのだ。
全身が恐怖で硬直し、体がピクリとも思い通りに動かない。
足が震えて押せばきっと倒れてしまう。
ここでこのまま逃げた方が、絶対に楽だ。
このまま逃げればオークに追いつかれることもなく家まで逃げ切ることが出来るだろう。
逆にここで引き返せば死ぬ確率は一気に高まる。
また部活のサボり仲間と下らない冗談を言い合うことも出来なくなるだろう。
そんなのは嫌だ。絶対に嫌だ。
このまま楽な方へ流された方が━━━
「うぅらぁぁぁぁぁぁぁ!」
俺は走っていた。
真っ直ぐ、佐々浦の元に。
佐々浦は、いつも部活で笑顔を振りまき皆を癒してくれた。
クラス内の雰囲気をいつも明るくしようと努めていた。
いつも一生懸命で、全力で頑張っていた。
そんなしっかりと自分の意志を持った、立派な奴が。
こんな所で死ぬだなんて間違っている。
例えこの選択が楽でなかったとしても。
俺はそんなことは認められなかった。
俺は走りながら先ほど投げ捨てた荷物の中からバットの入った袋を掴みとる。
そのままバットを袋から出すこともせずに、包丁を振りかぶっていたオークに思いっきり叩きつけた。
ゴォン!!
全身に衝撃が走る。
手がジンジンと痺れて思わずバットを落としてしまいそうになる。
それに対し当のオークは。
バットの当たった腹を軽く払いつつこちらを睨んでいた。
「うっそだろおい・・・!」
オークはこちらに狙いを変えたようでこちらに向かって包丁を横薙ぎに振り回して来た。
俺はそれを避けようと後ずさりしようとして仰向けに転んでしまった。
攻撃が外れたのを確認したオークはそのまま包丁を振り下ろす。
俺は無我夢中で右に転がり込み、慌てて立ち上がった。
オークは依然としてこっちを睨んでいる。
とりあえず、佐々浦は助けられたか・・・。
でもおかげでオークのヘイトがこっちに向いてしまった。
さてどうするか。
この場にい続けるとまた佐々浦に危害が及ぶ可能性がある。
ならば。
「着いてこいや豚野郎ッ!」
そう、逃げ。
俺には怪物とまともに戦うだけの力を持っていない。
かといって何もしなければ佐々浦にヘイトが向いてしまうかもしれない。
ならば俺に狙いを定めさせ俺を追いかけさせ、この場からあのオークを引き離す。
佐々浦が立ち上がってさっさと逃げてくれれば一番いいのだが、まだ足が竦んで立ち上がれないようだ。
その場にへたりこんで涙目でこちらを見上げている。
涙目+上目遣いのダブルコンボで俺は胸がタップダンスを踊りだしそうになる衝動をなんとか抑えた。オークより佐々浦にハートを止められそうになってしまった・・・。
佐々浦の癒しを受け、精神面だけ回復した俺は一瞬立ち止まり佐々浦の方を向き、安心させるように、ニカッと笑う。
多分顔が引き攣って変に歪んだ顔にでもなっていたのだろう。
佐々浦が一瞬潤んだ瞳を丸くして首をかしげている。
俺はそのまま振り返らずに走り出した。自分が先ほどまでいた、役所に向かって。
役所は田舎であるこの町では一番大きな建物である。
つまり逃げ隠れるにはうってつけなのだ。
壊れた外壁の中は空洞となっていて階段もちらりと見えたが、俺はあの中の構造を全く知らない。
中で無我夢中で逃げ回って行き止まりなんてバッドエンドはごめんだ。
中に入ると幸いにも中にいた人は既に逃げた後らしく、誰もいなかった。
俺は受付横の階段を駆け上がる。
あの足の短さなら階段を登るのはのは難しいだろう。
この建物の中で逃げ回って時間を稼ぐ。
そうすれば誰かが警察に連絡して助けが来るだろう。
そう思い役所の二階を走り回っていると、普段は閉じている非常階段の扉が開いていた。
扉の前に柵が囲ってあり、大きく点検中と書かれていた。
俺は柵を飛び越えて中に入り扉を閉める。非常階段を上がると役所の屋上に出た。作業中だったのか色々工具が転がっている。
丁度いい。ここで暫くやり過ごそう。
そう考えて俺は扉を背もたれに座り込んだ。
下の方で何かが割れたような音がする。オークが暴れ回っているんだろう。
夕方になった事で少し冷たい空気が俺の肌を撫でる。
外壁の向こうの山に沈みかけている夕日が俺を睨む。
そして俺の心臓の鼓動が、加速する。
・・・本当に警察は来るのだろうか。
あの場にいた人間が俺を気遣って通報してくれただろうか。
俺と同じようにあの不良達と佐々浦を見捨てた人達が。
いや。そもそも。
警察が来たところであの怪物を倒せるのだろうか。
不安が不安を呼び、段々とマイナスな考えが俺の頭を埋め尽くしていく。
俺一人であの怪物と対峙するのだろうか。
勝てるだろうか。
生き残れるだろうか。
ここは見つかるだろうか。
もし万が一ここが見つかったら出入口は一つしかない。
追い詰められるのか。
俺は・・・
俺の不安が頂点に達した、丁度そのときだった。
俺の頭上を破砕音と共に包丁がかすめていったのは。
非常用扉のあった場所の向かいには、二階で俺を探し回っている筈の醜悪な怪物が立っていた。
最後までお読み下さりありがとうございます。