落ちてきた自分
中井慎也はその日もいつもと同じ新宿のイタリアンレストランで昼食を取っていた。一緒に飯を食べている人間もいつもと同じ。思い返してみれば、自分はひどく無味乾燥な人生しか送ってきていない。親に言われるがままに一流大学に進学し、グレて一度留年こそするものの、無事卒業してそこそこ名の知れた広告会社に就職した。特に夢があるというわけでもないが、だからと言って何もしないでニートになり、周りから馬鹿にされたくもない。だから適度に勉強しつつ、同じ生活を繰り返し気づいたら30歳になっていた。
「お前いつもその、「トマトとニンニク」だっけか?同じスパゲッティーばっか食ってんな笑」
いつの間にか自分の昼飯を一足先に食い終わった同僚の真島が痛いところを突いてきた。毎日特に冒険をするわけでもない慎也は、パスタのメニュー選びさえ冒険しない。最近そんな冒険しない自分の人生に悩んできたところである。そんな悩みを持っていること自体が彼がごくごく平凡な証であることにまだ慎也は気づいていない。
「うるせえよ。まずかったら午後の仕事に響くだろうが。」
「飯ぐらいで、何馬鹿なこと言ってんだよ笑。新しい発見があって楽しいじゃん。その方が喜びでかいよきっと」
「はいはい。なんでもいいけど、今日の飯はお前の奢りだかんな?覚えてるよな」
「あー分かってる。分かってる。折角俺が奢ってやるんだから、冒険してもいいのになあ。。」
昼飯を食い終わった後、レストランのあった地下のフードコートから出て会社へと向かおうとした。これからまたコネで入っただけの上司に怒られた挙句、ミスの後始末をさせられると思うと気が滅入る。自分の暗い気持ちに相反するように燦々と輝く太陽に苛立ちを覚えながら、信号を待っていた。
ドサッ
その音はあまり大きい音ではなかった。だが嫌な音だった。
「おい、あれ。。。」
真島が自分の肩を叩いている。背中に悪寒を感じながら、ゆっくり後ろを振り向いた。
水たまりのような血を吐き出しながら地面に人が倒れていた。
もうすでに野次馬がその周りに集まっている。
「ビルから落ちてきたぞ。」「え、自殺?」「やだ、見ちゃったどうしよ。。。」「ツイッターにあげたらだめかな?」「早く救急車を呼べ!」「誰か医者はいないのか?」
「なあ見に行くか?」
真島が少し興味を示した。不謹慎だと分かっていても、自分も気になってしまっていることに慎也は気づいた。それどころか、自分の平坦な人生に起きたこの非日常にかすかな興奮を感じた。人をかき分け、もうおそらくは死体であろう男を見てみようとした。最後の人間の肩を退けた瞬間、慎也はビクッと体を引きつらせる。その死体と目があった気がした。得体の知れない何かを見ているような気がして気味が悪い。馬鹿なことをしたものだとすぐにその場を離れようとした。最後にふともう一度それを目にした時、息ができなくなった。
その得体の知れない何かは明らかに中井慎也その人だった。




