プロローグ
「おばさん、こんにちは!今日もたくさん持ってきたよ!」
晴れた日の昼下がり。
少し傾いた太陽から降り注ぐ照りつけるような暑さが、肌をジリジリと焼くのがわかる。生ぬるい風がふわっと吹き渡り、青々と生い茂るイネノハを揺らしている。
シンは両手いっぱいに木の実を抱えたまま、薬屋の戸の前で返事を待った。
「はいはい、今行くよ。」
薬屋の戸が軋みながら開き、中から女性が現れた。鼻が長い、太めの中年女性。この町で唯一の薬屋の女店長だった。
「こりゃあまた、たくさん持ってきたねぇ。一体どこから採ってきてるんだい?こんなにたくさん赤の実が成っているのを、わたしゃ一度も見たことがないけどねぇ。」
「たくさん採れるところがあるんだよ、これが。場所を言ってしまうと僕の仕事が無くなっちゃうから、企業秘密とでも言っておこうかな。」
シンは得意になってそう言った。
「ふぅん。そうかい。」
薬屋の女店長が、シンのことを頭から足先まで舐め回すようにじっくり見回した。乱れた栗毛の髪、鼻先に泥のついた顔、ヨレヨレの服。穴の空いた靴からは、どこかで踏んだ拍子にくっ付いたと思われる草が、ひょっこりと顔をのぞかせている。
「変な気起こしたりして、盗みなんかしてないといいけどねぇ。」
そう言いながら、女店長はシンの目の前に紙袋を差し出した。シンはムッとしたが、何も言い返さず、黙って木の実を紙袋に入れた。
「この量なら、これくらいが妥当だろう。次もまた頼んだよ、シン。」
「ありがとう、おばさん。」
シンはお金を受け取ると、片手をあげて挨拶し、その場を去った。去りゆく小さな背中を見つめながら、女店長はやれやれと溜息をつく。
「哀れな子。ギークの奴も、あんなのさっさと忘れて新しい女を見つけてくるなりすればいいのにねぇ。」
「ただいま、父さん!」
「おかえり、シン。丁度晩ご飯の用意が出来たところだ。一緒に食べよう。」
家中に、ギークお手製のスープの匂いが漂う。ここのところ毎日スープとパンだけの晩ご飯だが、2人にとっては特に気にすることでもなかった。
「ただいま、母さん。」
写真の前で、小さな手を静かに合わせる。アンナは、小さな額縁の中で1人、屈託のない笑顔を浮かべている。その写真を見るたびに、シンは胸が締め付けられる思いをした。
「あー腹減った!いっただきます!」