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企画「ひだまり童話館」参加作品

ちいさなお日さま

作者: 霜月透子

さあいよいよだ。


ぼくはわくわくしていた。

それはもう心がふうわりと空に飛んで行ってしまいそうなくらいに。


そしたらちょうどさらりとした暖かい風が吹いてきた。

ぼくは風におされて前のめりになる。並んで立つ仲間たちが次々と旅立っていく。


よしっ。ぼくも! 


力強く足元を蹴る。そんなぼくの体を風がそっとすくいあげる。


うまく飛び立てたぼくたちを地上の仲間が見上げている。


おめでとう。おめでとう。

いやあ、めでたい、めでたい。


祝福の言葉がぼくたちをもっと風に乗せる。




一緒に飛び立った仲間たちは同じ風に乗り続けるわけじゃない。

川を渡ったり、町を越えたりしいているうちに、ぼくはひとりぼっちになっていた。


ひとりぼっちでふわふわと飛ばされる。


でも寂しくなんかない。

みんな別々のところへ向かったのだから。

ひとりぼっちはぼくだけじゃないんだ。

みんなひとりぼっち。




やがてぼくはそっと地上におろされた。


もうすぐそこまで夜がやってきていて、ぼくは自分がどこにいるのかわからない。

空にはお星さまが瞬き、僕のいる地上よりももっと下のほうにもお星さまが溢れている。

緑の草たちが「ぼうや、お眠り」とさやさや揺れて子守唄を歌ってくれる。

ぼくはお母さんを思い出してちょっぴり泣いてから眠りに落ちた。




お日さまが昇ると、そこはハコベやナズナがいっぱいの丘だった。


下の方にはたくさんの屋根が並んでいるけれど、この丘はずっと前から人は誰も訪れていない感じがした。


だって、虫や鳥たちがすごくたくさんいるんだもの。

ぼく、知ってるんだ。虫や鳥たちは人が苦手なんだって。

だからね、ここはもうずっと人が来ることなんかない場所にちがいない。


それはぼくにとっても嬉しいことだ。

ちょっと踏まれるくらいなら平気だけど、引っこ抜かれたりしたら大変だもの。




今日も風に乗ってぼくたちの仲間がやってきた。


どこからきたんだろう。


話を聞いてみたいけれど、丘は広くて、話をできるほど近くには降りてこないんだ。

この丘のどこかにいるのはわかるんだけど、それだけ。


ぼくはやわらかで温かな土の上に寝転がって、空を眺めたり、風になでられたり、草や木に慰められたり、鳥に子守唄を歌ってもらったりして過ごす。


お日さまが昇って、沈むまで。

お月さまが昇って、沈むまで。


そんなふうにのんびりと過ごしていたある日、ふうわりと降りてくる姿があった。


ぼくの仲間だ。


綿毛に日の光があたってキラキラと輝いていた。


なんてきれいなんだろう。


うっとり見つめていると、その子はぼくのすぐ隣に降りてきた。

その子の綿毛はふわふわで、種だってつやつやしている。

ほんとうにきれいだ。


その子はぼくに気がつくと、にっこりわらった。

ひとりぼっちじゃなくなったことが嬉しかったらしい。


それはぼくだっておんなじ。


ぼくたちは綿毛の先をめいっぱい伸ばして重ね合った。


なんだかそれはとっても安心できて。

きっとあの子もおんなじ気持ちで。


だからぼくたちはそのまま眠ったんだ。


お日さまはギラギラと照りつけて、蝉がワシャワシャ空気を引っ掻き回していたけれど、あの子と並んで眠ってしまえば、そんなことはどうでもよかった。

アツアツな毎日でさえ、気持ちよく感じるくらいに。




どれくらい眠ったのだろう。


ジリジリと焼けつくような日差しはなくなり、お日さまはまたやさしく微笑んでいる。


身体が地面に吸い付くような感じがする。

見るとほんとうに吸い付いていた。


びっくりしてあの子の方を見る。


そしたらもっとびっくりした。


こちらを見返しているあの子は、あのふわふわのあの子じゃなかった。


ぼくたちの重ねた先はつやつやの緑色をしている。

葉っぱだ。

葉っぱの端と端をちょこんと重ね合っている。


あの子は知らぬ間に姿が変わっていたことが恥ずかしいみたいだけれど、ぼくはそんなことは気にしない。


姿が変わっても隣にいたことが嬉しかった。


それにこの姿も悪くない。

風が強く吹いてもびくともしないし、雨が降っても流されることもない。




ぼくたちは少しずつ大きくなって、少しずつ近くに感じられるようになってきた。

葉っぱの重なりも広くなった。


南の暖かい風は訪れなくなり、近頃は北からつめたい風がやってくる。

お日さまも寒いのか、お寝坊さんになった。

そのくせ眠りにつくのも早い。


けれどもぼくは夜も好きだ。


ひえひえの夜は空気が透き通っていて、お星さまがたくさん現れるんだ。

たくさんのお星さまはぼくたちが眠っているうちに地上に降りてきて、丘の草たちの上で眠っている。

真っ白になって眠っている。


霜が降りるっていうんだって。


星が降りるじゃないんだね。

お星さまは地上に降りると名前が変わるみたいだ。


どんなにひえひえの日が続いたって、ぼくたちはお日さまの子。

ほかの草たちのように枯れたりはしない。

どんなに凍えたって、あの子と葉っぱの先を重ね合っていればだいじょうぶ。

いつかはかならずひだまりになる。

ぼくらのいるところにもひだまりができる。




ほら。南の暖かい風が帰って来た。


おかえりなさい。


丘のみんなで葉っぱを揺らす。


さらさら。さらさら。


ぽかぽかひだまりでぼくらはちいさなお日さまになる。

丘の上はちいさなお日さまでいっぱいになる。


ぽかぽか。ぽかぽか。


ひだまりでのんびりほっこり。


きっとこうして続いていくんだね。

たくさんの大切な日を重ねて。

たくさんのめでたい日を繰り返して。


ふわふわとぼくが旅立ったあの日。

きみが旅立ったあの日。

のんびりとした丘で出会ったあの日。

眠って過ごしたアツアツの日。

お星さまをまとったひえひえの日。


どれも大切な日。

ぼくの記念日。

ぼくたちの記念日。


きっとこれからも増えていく。





(おしまい)


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第6回企画「開館1周年記念祭」
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― 新着の感想 ―
[良い点] ほんわか温かいファンタジーな詩的童話ですね! この一年間の童話館の歩みが走馬灯のようによみがえってきましたよ。 そして、「ひだまり」というと想像されるあの植物! 一人ぼっちのさみしさのす…
[一言] 久しぶりにお邪魔いたします。 白井滓太と申します。よろしくお願いします。 地味に拝読させていただいております、『ひだまり童話館』様。まずは、一周年おめでとうございます。 一年を凝縮したよう…
[良い点] 全てのお題が順に出て来て 読みながら1周年をかみ締めました! ひだまりでノンビリほっこり 暖かな記念日をありがとうございます!
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