表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風紀委員、異世界へ行く  作者: 明良啓介
4/5

ラン・デ・ラント

 草と土の匂い。それは幼少の頃の夏休み、田舎の祖母の家の近所の小高い丘に登り寝転がったときの匂い。ひぐらしが鳴き始め、母親が夕食の時間を知らせにやって来る。


「なあ、起きろよ! おーい! ……もしかして死んでる?」


 しかし、聞こえてきたのは子供の声だった。先ほどから頬に当たり続けるくすぐったい感触に思わず目を開けると目の前には草が生い茂っており、今にも刺さりそうなほどに近かった。


「あっ、起きた?」


 焦点を遠くに合わせ、草の向こうを注視すると茶色い紐靴が見えた。

 腕を動かし体勢を仰向けに変える。青い空が一面に広がっている。高層ビルや高い建物がある都会ではなかなか見ることのできない空だ。すると脇からにゅっと帽子を被った短パン姿の少年が顔を出した。


「呼んでも全然起きないから、てっきり死んでんのかと思ったよ」

「こ、ここはどこだ? 僕は生きてるのか?」


 とりあえず状況を把握するために上体を起こす。若干、身体が痛むものの怪我はしていないようだ。少年はポケットに手を入れたままポカンとした表情で僕を見下ろしている。


「それは大陸のどこかって意味? だとしたらここはレクリアーム地方のレヴァノイトの近くの丘」

「どこだそれは? もっとわかりやすく説明してくれ」


 意識がはっきりしていくにつれ、まるで風邪で熱を出したときのように頭が痛み始めた。


「くっ……頭を打ったのか……」

「ああ、それはこの世界に来た影響だよ。来たばっかのときはみんなそうなるみたい。確か英雄の一人が異世界酔いって表現してたっけっな」

「異世界酔い? ……き、君は異世界のことを知っているのかっ!」


 異世界というキーワードを聞いて僕はまだ思うように動かない身体を無理やり起こし、少年の肩を掴んだ。


「な、なんだよ痛えって! ちょっ、おいっ、放せよ!」

「あっ、ああ……すまない……まだ頭が混乱していて」


 痛がる少年からすぐに手を離し、僕は言葉を待った。今は目の前にいるこの少年だけが疑問を解消してくれる鍵だ。焦って機嫌を損ねては元も子もない。それに相手は子供だ。見るからに僕よりも一回りは年下に思える。そんな子供に掴みかかるなんて僕はどうかしていた。反省しなければ。


「ハーモフェルトから話聞いたんじゃねえの?」

「ハーモ……ああ、あの女神のことか。一応話は聞いた、半ば強制だったが。確か、十二人の人間を元の世界に送り返さなければ僕自身も元の世界には戻れない、とか」


 確認するように僕は自分の左手に目を向ける。その人差し指には銀の指輪がはまっていた。親指で触れるとしっかりとした指輪の感触が感じ取れ、やはりこれは夢ではないのだと実感させられる。


「他には?」

「他には…………んっ?」


 僕はそこで初めて冷静になって少年から視線を外し、自分の立つ小高い丘から辺りを見回した。するとそこには大草原が広がっており、その先に今まで見たこともない造りの大きな街が自然の果ての終着点のようにどっしりと構えていた。それはまるで絵画かおとぎ話の中の世界のようでもあり、しかし五感で感じる風や草木の匂いは現実的で確かにそこに存在していた。


「僕は本当に異世界に来てしまったのか……」

「なんだかよくわかんないけど、元気だせよ」


 どうやら子供に心配されるほど僕の顔からは悲壮感が漂っていたらしい。そうだな。落ち込んでも仕方がない。今は状況を整理してやるべきことをやらなければ。


「とにかくさ、ここじゃなんだから街に向かいながら話そうぜ」


 とりあえず、この目の前にいる少年。言動から察するに僕の置かれている事情を把握しているようだが。


「まさかとは思うが……女神が言っていた助手というのは……」

「そう、オレのことだよ」

「いや、でも君は子供じゃないか」


 背丈からして十歳くらいと見るべきか。この世界の基準がわからないのでなんとも言えないが。

 少年は僕の言葉に気を悪くしたのか目つきを鋭くして睨んできた。といっても幼い顔立ちなのであまり迫力はない。


「見た目で決めんなよ。こう見えてもオレはこの世界のことにはかなり詳しいんだぜ。十二人の英雄を早く見つけるためには案内役が必要だろ? それともあんたはこの世界で迷子になりたいのか?」

「いや……すまなかった。よろしく頼む」

「おう。まかせとけ!」


 そう言って少年は犬歯をむき出しにして笑った。その笑顔は年相応と言った感じだ。とはいえ子供を助手につけるとはあの女神もなにを考えているんだか。

 

「そういやずっと気になってたんだけど、あんたが足の下に敷いてるそれなに?」


 少年が顔をしかめながらまるで汚いものでも見るかのように地面を指差した。見ると僕の靴の下で白い布がしわくちゃの状態になっていた。


「なんだこれは?」


 足をどけてその布を手に取って広げてみる。それは女神が着ていた白い長衣だった。昨夜の薄暗い馬車内と違って今は天辺に昇る陽の光のおかげで、白い布に着いた黄ばみや油の跡ような年季の入ったシミが鮮明に見て取れた。しかも僕の足跡というおまけ付きだ。


「うわっ、なんだそれ! きったねえな!」

「女神の着ていた服だ」

「マジかよ。あんたそれハーモフェルトから盗ったのか?」

「いや、向こうから飛んできた」

「なにその状況?」

「とりあえず街に向かうんじゃなかったのか?」

「ああ、うん。そうだな」


 僕は白い長衣を丸めて小脇に抱えると、少年を目で促した。しかし少年はその場から動こうとせず、横目で長衣に視線を向ける。


「あんたそれ持っていく気か?」

「当然だ。後で女神に返さないと」

「その辺に捨てときゃいいのに……てか、あんまこっちに近づけんなよ」


女神に使わされた助手だというのに酷い言いようだ。僕は白い長衣を少しだけ身体から離して持って歩き出そうとしたのだが、少年は僕の前に立ち塞がると右手を差し出してこう言った。


「ちなみにオレの名前はオサナメって言うんだ。よろしくな、クルス・ハーヴェイ」


 ――誰だそれは?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ