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風紀委員、異世界へ行く  作者: 明良啓介
2/5

異世界と女神

 まるであぜ道を走る車に乗っているかのような振動を肌で感じて僕は目を覚ました。

 固い床の感触が背中に痛く、全身が凝り固まったかのように間接が軋む。それでもなんとか上体を起こし、まだ朦朧とする意識の中薄目を開ける。

 ここはどこだ? 僕は死んだのか?

 視界を明確にしようと左手で目を擦ると、固く冷たい異物の当たる感触がした。左手を見るとその人差し指に見慣れない指輪がはめられていた。銀の指輪になにやら文字が彫られているが、今まで見たことのない文字で内容はわからない。気味の悪さに咄嗟にその指輪を外そうとしたが、まるで接着剤でつけたかのように人差し指の第二関節と根本の間で隙間なくはまっていて微動だにしない。すぐに諦めて周囲を見回すと辺りは白い布で覆われており、床には木板が張り巡らされていた。次第に脳が覚醒していくにつれ、先ほどから聞こえている音が車輪の回る音と馬の蹄の音だということが認識できた。どうやら僕は馬車の中にいるようだ。

 車内は薄暗く、床に置かれたランプだけがぼんやりと辺りを照らす。


「目、覚めた?」


 不意に聞こえた女性の声に僕は思わず飛びのいて白い布に背中を押し当てた。見ると僕の右斜め向かい――木枠にもたれ掛かるように白い長衣(ローブ)姿の女が座っていた。


「だ、誰ですかっ?」

「…………おっ、そろそろいいかな」


 女は僕の問いを無視して長衣から手を出すと、目の前の床に置いてあったカップ麺に手を伸ばす。しかもご丁寧に蓋の上に割り箸が置いてあり、蓋がめくれ上がらないようにしてあった。

 女はフードを外し、そこからまろび出た長い金髪を指でかき上げると、食事の邪魔にならないよう耳へと掛けた。あらわになった女の瞳は煌々と碧く輝き、鼻は高く均整の取れた顔立ちは造形美に溢れていた。顔の作りから察するに日本人ではないようだ。

 当惑する僕をよそに女はカップ麺を手に取ると、割り箸を割って麺を豪快にすすり始める。ジャパニーズソウルフードを食べる金髪の女性という不釣合いな組み合わせに僕は違和感を覚えたが、本人は至って普通に咀嚼している。むしろ手馴れているといってもいい。


「くちゃくちゃ……あんふぁも早く食べないと、麺が伸びるよ」


 女が横目で見ながら箸で指した先、僕の目の前のランプの横にカップ麺が置いてあった。蓋の隙間から湯気が漏れ出ている。目が覚めた瞬間、僕はてっきり自分が死んだものだと思っていたが、目の前には見慣れた食べ物が置いてあり、それは日常の延長線上にある物で、状況はより混迷を極めることとなった。


「あの……ここはどこですか?」

「あんたが醤油派か味噌派かわかんなかったから、とりあえずとんこつにしといたわ」

「いえ、あの、ここがどこか教えてもらいたいんですが……」

「とにかく麺が伸びる前に食べなよ。話はそれから」

「はあ……」


 とにかくここは女の言うことに従っていたほうがよさそうだ。僕は恐る恐るカップ麺を手に取り、とりあえず気を落ち着かせるべく食べることにした。

 ラベルを見ると『麺の超人――とんこつ味』と書かれていた。何度かスーパーやコンビニで目にしたことがある商品だが、まだ食べたことはない。

 僕は「いただきます」と手を合わせ、割り箸を手に取ると蓋を開けた。湯気が立ちこめ、油の浮いたスープが馬車の動きに合わせてゆらゆらと揺れる。そこから湧き立つ匂いにつられ、お腹の中心がぐるぐるとざわめき立つ。おもむろにスープを一口すする。脂ぎったとんこつの旨味が口の中に広がり、熱が身体の芯まで染み渡る。家ではあまり食べさせてもらえなかったインスタント食品の濃厚な味に思わず箸がすすむ。


「どう?」

「おいしいです」

「ほうか、よかったよかった」


 女が満足そうな顔で麺をすする。僕もそれに倣って黙々と麺をすすった。

 馬車の後方に目を向けると、馬車の開けた隙間から木々のシルエットが次々と遠ざかっていく様が見えた。どうやらこの馬車は夜の森の中を走っているようだ。本当にここは日本なのか? あのまま地中に埋まっていったと仮定するとブラジルかもしれない。


「……ぷはぁ……さて、お腹も膨れたことだし本題に入ろうか」


 女はカップ麺を完食すると、容器を床に置いて口元を長衣で拭った。よく見ると長衣が所々黄ばんでいる。なんかこの人生理的に受付けないな。

 僕もようやく本題に入るということで箸を止め、聞く体勢に入る。


「あっ、食べながらでいいから聞いて。とりあえずどこから話そうかな――とその前に。あなたの名前を聞いてなかったわね」

「名前、ですか? はい、来栖半兵衛(くるすはんべえ)です」

「はんべえ? 変わった名前ね」

「それは……僕の父親が時代劇や日本史が好きで、中でも特に天才軍師として知られる竹中半兵衛が好きだったので――」

「あー、その辺のあなたたちの文化は私にはさっぱりだから説明しなくていいわ」

「……そうですか」


 僕の説明はばっさりと切り捨てられた。てっきり外国の人はそういった日本の文化が好きだと思っていたがそうでもないらしい。だとすれば世の中には忍者嫌いの外国人も少なからずいるということか。まあ史実では農民のふりをして武器も日常生活にあるものを使用したりと意外と地味で格好いいものでもなかったしな――父親の言葉より抜粋。


「私の名前はハーモフェルト。調和を司る女神よ」

「めが………………えっ、なんですか?」

「だから女神よ。あなたたちの世界にもいるでしょ。ミネルヴァとかヴィーナスとかミズーリとか」


 この女は突然なにを言っているんだ。いや言葉の意味はわかるが、理解はできない。なんというかカップ麺を食べる姿を目にしていたので説得力に欠ける。それに、


「ミズーリはアメリカの州です」

「ああ、そうだっけ? それっぽい名前だからきっと間違えて覚えてたのね」


 間違いを指摘すると女はあっさりと受け入れた。どうやら話は通じるようだ。ただ、お互いの理解を深めるには時間がかかりそうだ。僕自身、なぜ自分がここにいるのか、そしてここがどこなのかも一切わかっていない。


「それで、あなたがその……女神だとして、僕はなぜここに?」

「そうね、普通はその疑問が最初に来るわよね。あなたがなぜここに呼ばれたか。それを説明するにはちょっとこの世界のことを話さなければならないわ」

「この世界……ですか?」

「そう。あなたたちのいる世界とは別のもうひとつの世界『ラン・デ・ラント』について」

「ラン・デ・ラント?」


 聞き慣れない固有名詞に思わず怪訝な声が漏れた。この話は長くなりそうだ。


「この世界の呼び名よ。あなたたちのところで言う、地球とかアースとかテラみたいな感じ?」

「……いや、ちょっと待って下さい。ということは今僕がいるのは自分のいた世界ではないということですか?」

「そう。ここはあなたたちのいる世界とは異なる世界――異世界よ」

「異世界……」


 にわかには信じられない話だ。僕らの住む世界とは別の世界があり、ここはその異世界だという。女の目は真剣そのものでそこには嘘がないようにも思えるが、今まで僕という人間を築き上げてきた知識がそれを拒む。


「まあすぐには信じられないと思うけど、目的地に着いたらすぐにわかるから。とにかくここはあなたにとって異世界であり、そしてこの世界は今危機的状況に陥ってるの」

「…………」

「ねえ、聞いてる?」

「あっ……はい」

「あなたたちの世界に災害があるように、こちらの世界には邪神という脅威が存在するの。それはあらゆる怪物を呼び寄せ、全てを破壊するもの。七年前、その邪神が現れ、この世界を混乱に陥れたわ。邪神は魔族の大群を率いて大陸全土に侵攻し、人々はそれに対抗しようと結集したけど魔物たちは皆強大な力を持っていて、この世界の人間たちでは対抗できなかった。やがて人々は劣勢を強いられ、大陸の半分近くが魔族によって占領されたわ」


 女は語りながらもじっと僕の目を見ていた。なぜ自分をこの世界に呼んだのか、それを諭すかのように女の目はなにかを訴えかけている。嫌な予感がしたので、カップ麺の中身を片付けることで間を埋める。


「この世界のバランスは完全に崩れ、さっきも言ったと思うけど私は調和を司る女神だから、それをなんとかしなければならなかったの。そこで私は考えた。この世界の人間に無理なら、よそから連れて来ればいいじゃないってね」

「――んぶっ! ……ごほっげほっ……」


 予感が的中して麺が器官に入ってしまった。


「あなた大丈夫?」

「いえ……はい、大丈夫です……」


 これは……まさか。はっきり言ってこの展開は僕にとっては望ましくないものだが、一応確認を取ってみる。


「まさか……僕をこの世界に連れてきたのは、その邪神を倒させるためですか?」

「……んっ? ああ、違う違う。あなたはそんなことしなくていいわ。だって邪神は二年前に異世界から来た人間たちによって滅ぼされたんだから」

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