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風紀委員、異世界へ行く  作者: 明良啓介
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風紀委員、異世界へ行く

 物語は礼に始まり、礼に終わる。


 ――のかどうかはわからないが、今日も僕はいつも通り校門の前で朝の挨拶をしていた。


「おはようございます」

「……お、おはようございます」

「おはようございます」

「えっ、ああ……おはようございます」


 登校してきた生徒たちは挨拶もそこそこに校門をくぐり抜けると、ほっとしたような顔で談笑を始める。校門の脇では生活指導の教師と僕を含めた風紀委員二名が立っている。どの生徒もこちらに気付くと一様に顔を強張らせ、目を逸らしながら考え事をするふりをしたり、明らかに中身のない会話で間を埋めてやり過ごそうとしていた。生徒たちからすれば、警察署の前を通るときのような心境に近いものを感じているのだろう。例えやましいことがなくても警察官や警備員の前を通るときは妙に緊張してしまうものだ。

 通り過ぎていく生徒たちは皆、今年に入ってデザインが一新された制服に身を包み、少々浮き足立っている様子だ。そんなときに油断は生まれる。

 この朝の挨拶はもはや通例と化しているが、それは礼節を重んじる心を育むために行っているのではなく、それとはまた別の目的がある。それは――


「おはよう来栖くん!」


 と言ってるそばから好個の例がやってきた。一人の女子生徒がゆるふわウェーブの髪を揺らしながら軽妙な口調で話しかけてくる。


「おはようございます篠崎さん、今日も元気そうで」

「まあねー。てか来栖くんも朝から大変だねぇ。ちゃんと寝てるー?」

「ええ、いつも夜十時には寝ているので大丈夫です」

「十時って……小学生じゃないんだから」

「健全な生活を心掛けているだけです」


 言いながら篠崎さんの全身を観察する。やはり今日も学校が指定するスカート丈よりかなり短い。

 膝上十五センチといったところか。ちなみにうちの校則規定ではスカート丈は膝中か膝より下となっている。クラスメイトとはいえ、ここは風紀委員として厳しく注意しなければ。


「篠崎さん、以前も注意しましたが――」

「ねえねえ、その制服のホック苦しくない? 一番上まで留めてるのなんて来栖くんぐらいだよ」

「身だしなみですから……いえ、そうではなくて――」

「これから暑くなるんだからさ。胸元は開けとかないと。そっちのほうがセクシーに見えてモテるよ」

「セッ……僕はそうなりたいわけではないので……それより篠崎さん、そのスカート丈はなんですか?」

「なんでって……見たまんまだけど。なに、気になるぅ? チラッ」


 篠崎さんがスカートの裾を指でつまんでスカートから伸びる健康的な太股を見せてくる。

 人が注意しているというのに一体どういう神経をしているのか。僕はこの人が苦手だ。

 僕が篠崎さんの態度に呆れ果てていると隣の後輩の風紀委員が「おおっ!」とか言って目を見開いたので、睨んで注意するとすぐに視線を逸らして業務に戻った。


「その丈の長さは校則違反です。今日のところは厳重注意で済ませますけど、次はありませんよ」


 そう言って僕はバインダーに挟んだ校則違反者リストの紙に名前を書き連ねる。ここに何度も名前を書かれた生徒は後日生徒指導室に呼び出されるという仕組みだ。

 しかし、篠崎さんは悪びれた様子もなくスカートをひらひらとさせている。


「だってさぁ、制服新しくなって前より可愛くなったのはいいんだけどさぁ、スカート長いと一気にかっぺっぽくなるんだよね」

「それは田舎っぺってことですか? 僕はそっちのほうが清潔感があっていいと思いますが」

「……来栖くんって女の子に幻想を求めるタイプ?」

「僕は良識を求めるタイプです」

「ふーん……あっ、そういえば! ねえ、聞いてよ。今日さあ、ここに来る前に喫茶デボンの前通ったんだけどね――」

「…………」


 全く人の話を聞いていない。それだけではなく、いきなり話題が変わったかと思うとこちらの返事を待たずして勝手に話を始める。実に恐ろしい。僕には彼女の思考回路が理解できない。一体脳内ではどんな処理が行われているのだろうか。しかも、僕の反応とは無関係に篠崎さんの話は続いている。


「そんでさ、私朝食抜いてたからワンチャン狙ってモーニングでも食べようかなって思ったの」

「ワンチャン? 犬種は?」

「はあ? なに言ってんの? ――んで店の中入ったら、奥に数学の高山が座っててさあ、やばっ、と思って速攻振り向いて出てったの」

「はぁ……ナルホド」


 どうしたものか。篠崎さんと会話している間にも、他の生徒たちは足早に校門をすり抜けていく。幸い、生活指導の先生と後輩が目を光らせ、数人の生徒に指導は行っているものの、早く話を切り上げないとこちらの業務に支障が出る。

 むしろ視界に教師の姿が入っているにもかかわらず、意に介さず雑談を交わす篠崎さんの度胸は尊敬に値する。

 そんな篠崎さんがなぜだか少し大きく見えた。今現在もこうして篠崎さんは僕の頭を飛び越してぐんぐんと大きくなっている――んっ? どういうことだ。比喩ではなく明らかに篠崎さんの背が僕より伸びている。

 見ると僕の目線の高さがちょうど篠崎さんのおへその辺りになっていた。


「ていうか高山一人で必死に食べてて、奥さんに逃げられたのかもとか思って、なんか見ちゃいけないものを見ちゃった……って、きゃあああああああああ! た、大変! く、来栖くん!」


 突然悲鳴を上げる篠崎さん。篠崎さんは高い位置からこちらを見下ろしながら慌てふためいている。その際、篠崎さんのスカートがはためき、無地の水色の下着が僕の視界に入る。だからあれほど注意したのに、短か過ぎると。しかし、そのことを指摘する間もなく篠崎さんは必死に僕の足元を指差す。


「どうしたんですか?」

「あし! 足元よく見て! 地面に埋まっちゃってる!」


 言われて下を見ると自分の腰から下がアスファルトの中に埋まっていた。まるで自分の足元だけ沼になったようにずぶずぶと身体が沈んでいく。


「本当だ……埋まってる」

「そんな冷静に言ってる場合じゃないよ!」

「そうですね。とにかく抜け出してみます……くっ!」


 抜け出すべく全身に力を入れようとするが思うように力が入らない。というより下半身の感覚が全くない。まるで腰から下の神経を失ったかのように身じろぎひとつ取れない。それでも上半身は動くため地面に手を置き、なんとか抜け出そうとするも、今度は手が地面に埋まりかけ、慌てて手を引っ込めた。


「せ、先輩! どうしたんですか!」

「来栖! なにがあったんだ!」


 この異常事態に気付いた後輩と教師が駆け寄ってくる。


「来栖くん! 手掴んで!」


 篠崎さんが僕に向かって手を出した。すでに僕の身体は半分以上アスファルトに埋まっている。どうやら僕を引っ張り上げてくれるつもりらしい。


「すいません篠崎さん、手に触れます」

「今はそういうのいいから!」


 篠崎さんは有無を言わせず僕の左手を掴むと、思いっきり上方へ引っ張った。

 しかし、全くといっていいほど僕の身体は上にいかない。それどころかどんどん地面に沈むように全身が埋もれていく。

 教師や後輩も加勢して、両脇から僕の腕を引っ張るも、腕がちぎれるほどの痛みが走るだけで身体は一切動かない。


「痛いのでやめてください」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろう!」


 教師がこめかみに青筋を立てながら怒鳴る。腕に力を入れているため、相当苦しそうだ。御年五十で無理はなさらないで頂きたい。

 とはいえ、僕の身体はかろうじて上げた腕と頭が出ている状態にまでなっている。僕はこのまま地中に埋もれてマントルで焼け死ぬのだろうか。いや、その前に窒息して死ぬのが先か。とにかく僕が死ぬことには変わりはない。

 今、両親に電話できるのなら「今までありがとう」と一言伝えたいところだが。携帯電話は教室の鞄の中にあるのでそれも無理だ。なぜこんなことに。ああ、父さん母さん、先立つ不幸をお許しください。


「来栖くん!」


 篠崎さんの悲痛な叫びが僕の耳に届いて、彼方に追いやられる。

 深い闇の中、僕の感覚は無くなり、やがてもがくことも声を上げることもできなくなった。


 ――そして僕は意識を失った。

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