予期せぬ依頼
「君は今何本まで抜けるんだい?」
そうきますか。
「恐らく、2本が限界です」
3本目まで抜いたら、未熟な僕には
制御できるか分からない。
「では3つ目の質問だ」
はぁ…。
尋問されている気分だ…。
「1本抜いてみてくれないか?」
僕はちらりと赤音様を伺う。
「鷺谷様。あちらの付き人の方は?」
「大貴なら大丈夫さ。
私が信頼する者だから」
「そうですか。ならば、結界を」
「そうだね。私が張らせて貰おう」
キィン、とその場の空気が変わる。
「この部屋は特別製でね。
私の意思に反応して、自由に結界を展開できる」
何て便利な…。高いんだろうな…。
ってそんな事考えてる場合じゃないな。
さて…。
人前で上半身裸になるのは、
ちょっと恥ずかしいな…。
「ほうほう、両肩に2本ずつ、胸に1本、腹に1本か。
残りは両足に1本ずつといったところかな?」
「正解です。今回は左肩の1本を抜きます」
ふぅ…。
久しぶりでちょっと緊張する。
体に埋まった8つの金属の筒。
それぞれに父さん特製の釘が収まっていて、
露出している部分は釘の持ち手の所につけられている、
釘を抜く為の指が入る小さな取っ手のみ。
その取っ手の一つに指をかけ、勢いよく引き抜く。
「ぐっ!…うぐっ…!」
痛みは無い。
だが、急激にせり上がってくる吐き気。
膨れ上がる力を必死に抑えこみ、
集中して力を安定させる。
昂ぶる気持ちを落ち着かせ、
ゆっくりと力の流れを自分の中に形成する。
…よし。
「…予想以上だな」
鷺谷様が僕を見て言う。
「ありがとうございます」
「次の質問、いいかな?
次の質問は答えたくないのなら答えなくてもいい」
僕は短くはい、とだけ答えた。
「何故、隠しているのかな?」
来た。
ストレートに核心を突いてきた。
これはこの方の性格なのだろう。
だが嫌な気はしない。
回りくどいよりはいい。
「普段より抜いていてもいい筈だ。
何故隠しているんだい?」
だが、これには答えられない。
「……」
僕と赤音様は沈黙する。
「この質問に答えられない、
もしくは答えてくれないだろう、
という予想はしていた」
一拍置いて、鷺谷様はさらに続ける。
「だから答えなくてもいいよ。
大体の予想はついている。
近頃我らの中にも、
きな臭い動きをしている連中が居る事だしね」
やはり把握なさっているのか。
確証が得られるまでは動くこともできないがね、
と鷺谷様はこの話を締めた。
「その代わりと言っては何だが、
最後に一つ依頼したいことがある」
「依頼ですか?」
鷺谷様からの依頼…?
何だかただでは済まない気が…。
「お聞きします」
赤音様は険しい表情のままそう言う。
「甲君の相手、火の次期当主である火鳳竜也、
彼を君の手で倒して欲しい」
何故…?
そんな疑問が僕達を支配する。
「理由を今から説明するよ。
彼は慢心している愚者だ。それは分かるね?」
僕達は頷いて返す。
「確かに彼の才能は一級品だ。
だが、あの状態のまま実戦に出てこられても困る。
恐らく良くて戦死、悪くて逃亡の可能性さえある。
信頼に足る人物であるとはお世辞にも言えない。
だから、彼には一度完膚なきまでに
負けてもらおうと思ってね。それに…」
と、ここで言葉を区切って赤音様を見る鷺谷様。
「姉を守る役があんな者では嫌だろう?」
「……」
赤音様は答えなかった。
「鷺谷様、私にそんな実力は…」
正直な話、負ける気はしない。
慢心した火鳳様ぐらいなら倒せる。
…不意打ちすれば。
「ああ、甲君も謙遜しなくていいよ。
君なら1本抜くだけでも勝てるだろう。
だがね、それじゃ駄目なんだ」
何だって…?
「さて、ではここら辺で依頼といこうか」
鷺谷様の雰囲気が変わる。
思わず僕達の背筋も伸びた。
「神代赤音の従者である神代甲。
貴方に正式に依頼します。
貴方の封じられた力を開放し、
火鳳竜也を完膚なきまでに叩き潰し、
彼の天狗の鼻を折りなさい。
格の違いを見せつけるのです」
正式な、依頼だって…?
隣をちらりと伺うと赤音様も驚いていた。
「尚、老人達とは話がついています。
貴方が力を隠していた事もご存知のようです」
ばれていたのか…。
「3年間ひたすらに隠し、磨き続けた爪。
我らに見せて頂きたい」
……!!