朝貌の挑発
僕と赤音様は30分程時間をずらし、
待ち合わせ場所である鷺の間へ向かう。
会場に設けられている専用の部屋の一つである鷺谷の間。
鷺谷の間は特別な来賓などをもてなす為や、
選ばれた人間しか入れない鷺谷家専用の私室。
勿論僕は中に入った事も無ければ、見たことさえ無い。
恐らく僕達の同年代でここに入った人はいないだろう。
それぐらい特別な部屋だという事。
本来であれば名誉なことである故、
当然喜んでいる状況だろう。
巫女を守護する人間を育て上げ、
様々な技術を授け援助するのが鷺谷家。
守護者を目指す人間は皆、
鷺谷家に声をかけられるのを待っている。
見込み有りとされ声をかけられたものは、
守護者に大きく近づける事になるのだから。
だが今の僕は素直に喜ぶことなどできない。
例えどんな理由で声をかけられたとしても、
通常であれば試合前になど声をかけた例はない。
その上僕は少々特殊な身の上。
嫌な予感しかしない。
周囲にばれないように話さなければならない
極秘な話とは一体どんな話なのだろうか。
赤音様も同様に感じている様で、
先刻の話から黙り込んだままだ。
「いいかい?ノックを短く2回、後に一拍置いて3回。
その後の質問には『朝貌の花』と答えてくれ」
そう申しつけられていた赤音様。
朝貌の花、とは万葉集で秋の七草の一つを示した言葉。
朝顔、木槿、桔梗、昼顔など諸説あるが、
桔梗と言う説が最も有効だったはずだ。
僕はそんな他愛もない事を考えていた。
会話もなく、僕達は目的地へと着いた。
トントン、トントントンとノックをする。
すると中から声がする。
「何用でしょうか」
「朝貌の花」
赤音様が答えると中からカチリと鍵を外す音がする。
「どうぞ、赤音様に甲君、中へ」
僕達は付き人と思われる方に中へと誘導される。
部屋を見渡した僕は既視感を覚えた。
これは…。
似ている…。
「二人とも、よく来てくれた。
こんな時に呼び出して済まない。
そこにかけてくれ」
鷺谷様にそう言われ、赤音様は椅子に座る。
僕は横に控えて立っていた。
「甲君も座りたまえ。あとこの場では自由に発言しなさい」
「いや、しかし私は…」
「甲君、頼むよ」
頼まれても困る。
「…分かりました」
僕も赤音様の隣に座る。
「さて、甲君。この部屋のコーディネイトはどうだい?」
「…素晴らしいと思います」
何て答えろというのだ。
「そういう事を聞いているんじゃないよ。
似ているだろう?」
…何だって?
「甲…?」
「5年前に『亡くなった』母君の部屋に」
…っ!!
「甲!控えなさい!」
「…申し訳有りません」
赤音様の制止で我に返った。
「貴方も収めなさい。甲君を挑発したのは私です」
言われて気付いた。
後ろからあてられる凄まじい殺気。
「桔梗様、この者は本当にあの甲ですか。
今一瞬放たれた殺気は…」
「半端なものでは無かったな。
正直ここまでとは思わなかった。
さて、いくつか聞きたいことがある」
挑発に乗せられた。
冷静で居られなかった。
普段なら絶対にそんな事は無いのに。
母の部屋に似たこの部屋。
そして鷺谷様から投げかけられた言葉。
僕の平静はあっさりと乱されてしまった。
赤音様の視線が冷たい。
さながら絶対零度。
自業自得なので弁解の余地も無し。
「まず最初の質問だ。
君の体には何本埋まっている?」
これはまた、困ったことになったな…。