姉とその従者
「相変わらずみたいね。赤音」
僕は柔軟を一旦止め、膝を着き頭を垂れる。
「相変わらず、とは何がでしょうか?」
「そんなポンコツをいつまで連れているつもり?」
ポンコツ呼ばわりされております。
遠くから見ると赤音様と瓜二つ。
並び立てば間違われる。
僕は一発で見分けられるけど。
そう、この赤音様に輪をかけて辛辣な方こそ、
赤音様の双子の姉であり、神代家の次期当主でもある
神代琴音様。
隣には火鳳様もいらっしゃったな。
今僕は両者からきっと物凄く冷たい目で見下されている事だろう。
下向いてるから見えないけれど!
そもそもそんな目を見たくもないけれど!
慣れてはいるのだけれど…。
「なあ、こんなこと言われて恥ずかしく無いのか?」
「……」
火鳳様は間違いなく僕に聞いているのだろうけど、
答える気は無い。
この面子の中、許しも無しに口を開いたら後が面倒だ。
「琴音様、甲に発言を許してもいいですか?」
察して赤音様が尋ねてくれる。
赤音様は琴音様の事を姉とは呼ばない。
本人から直々に拒否されたそうだ。
まあ、妹の関係を絶ったも同然な僕に、
人のこと言えた義理でもない。
「勝手になさい」
「甲、火鳳様の質問に答えなさい」
「はい」
頭を垂れたまま僕は答える。
「誠に神代様の仰る通り、この身はポンコツで御座います故、
私に恥じる理由など一切御座いません」
「…だそうです。もうよろしいでしょうか?」
赤音様が会話を終わらせようとしているのが分かる。
「はっ、つまらない男ね。行くわよ、火鳳」
「分かりました、琴音様。
赤音さんよ、も少しましな従者でも紹介しようか?」
「結構です」
「あっはっはっはっは…」
笑い声が遠ざかって行く。
「……赤音様」
「…なにかしら」
「申し訳」
「謝らないでくれるかしら」
言葉を遮られる。
「いつまで下を向いているの?
さっさと体を解して備えなさい」
「はい。そうします」
また僕は柔軟に戻る。
ふぅ…。
「甲」
こちらを見ないまま赤音様が声をかけてくる。
「はい、何でしょうか」
「恥ずかしくないというのは本当?」
「ええ。恥ずかしくはありません。僕が力を使えないのは、
僕自身の未熟さ故です。ただ…」
「ただ、なに?」
こちらに振り返った赤音様に僕ははっきりと告げる。
「悔しさのあまりこの会場を滅茶苦茶にしそうです」
「…そう。ならいいわ」
何がいいのかは分からないが、赤音様は用意された椅子に座ったまま、
黙して僕の柔軟を眺めている。
雰囲気から察するに、機嫌が悪いわけではなさそうだ。
僕も赤音様の期待に応える為、出来る限りの事をしなければ。
せめて、これ以上赤音様が貶められないように。
第一試合が始まったようだ。
まだまだ時間はある。
集中力を高めて、万全の状態で臨ませてもらおう。
「赤音君に甲君、ちょっといいかな」
またここで声がかかった、が。
しかし今度は声をかけてきた人物を見て、
驚きを隠せなかった。
赤音様も同様のようだ。
僕達に声をかけてきたのは、
主催者であられる鷺谷様であった。
こちらに歩み寄って来る鷺谷様を見て、
僕は急いで膝を着いて頭を垂れる。
そして赤音様も同様に膝を着こうとする。
「いや、いい。そのままでいいんだ」
赤音様は手を掴んで止められる。
「鷺谷様、そういうわけには参りません」
赤音様も流石に困っている。
「いいから。甲君も立ってくれ」
「…」
「あぁ、そうか。甲君、発言を許可します」
鷺谷様が僕の立場を察してそう言ってくれる。
「鷺谷様、私はこのままで結構です」
僕が頭を並べて話の許されるような方ではない。
「鷺谷様、私達に何の御用でしょうか?」
赤音様が話を急かす。
「ここでは人目があるな」
人目をはばかるような話…。
またもやいい予感がしない。
「二人とも、周囲に気取られぬように、
鷺の間まで来てくれまいか」