プロローグ
右の側頭部から激痛が走る。
遅れて鈍い音が耳に入った。
衝撃により左下へ向く顔を、髪を掴んで強制的に上へと向けられ、
更に顔面を殴られる。
本来であれば、衝撃に耐える事が出来ない自分の体は、
遥か後方へと飛ばされてしまうだろう。
しかしご丁寧に僕の両脇は、
別の二人の男の手によってがっしりと抑えられている。
僕の目の前の彼は、まだ僕を殴り続ける事が可能の様だ。
「おらぁ!」
がら空きになっている腹に、遠慮なしに彼の蹴りが刺さる。
「ごぶ…うえ…げは…」
僕は今日の給食の中身を全てぶち撒く。
それを見て彼は心底愉快そうに笑った。
「はっはっは!情けねぇ!見ろよこいつ、吐きやがった!」
「はははははは!」
げらげらと馬鹿にして笑う声は止まない。
「おらぁ!手前、分かってんのか!?」
俯いていた顔を思いっきり殴られる。
意識が飛びそうだ。
一体いつまで続くのだろうか。
「ちょっと!あなたたち!何やってるの!?」
「やっべ!逃げろ!」
先生の登場で蜘蛛の子を散らしたかのように逃げ出して行く彼ら。
僕は地面に投げ出された。
「ぐ…ぺっ…」
吐いた唾に血が混じる。壁を背にして、もたれかかって座る。
「甲君、大丈夫!?」
ぼろぼろで俯いている僕を心配して、先生が駆け寄ってくる。
「先生!そんな奴に手を貸さなくていいよ!」
ああ…、俯いたままでも分かる。
この声は…。
「そいつ、頑丈なだけが取り柄だから。放って置いても大丈夫だよ」
「唯希…」
久しぶりに妹の名を口にした。最も、彼女には届いてないだろうが。
僕の大切な妹。色々とあって、仲は険悪。
険悪どころじゃないかな。絶縁状態ってのがしっくりくるかも。
「そんな…」
呼び止められた先生は戸惑いを見せる。
僕は顔を上げて唯希の顔を見る。
唯希からは蔑むような目を向けられている。
「先生、その子の言うとおりです」
僕は唯希から視線を外し、先生を見て告げる。
唯希は僕に名前を呼ばれるのを嫌がる。
「僕は大丈夫なので、行ってください」
「でも…」
「大丈夫ですから、放って置いて下さい」
少し強めに言う。
「そう…わかったわ…。あなたが大丈夫というなら、いいわ」
先生は一度言葉を区切った。
「でもこれは立派な校内暴力よ。
あの子達には然るべき罰が下されるべきだわ」
少し感心してしまった。
変わった苗字の自分を担任でもないのに覚えていた事もさることながら、
本来であればこの手の厄介事には教師であっても首を突っ込みたがらない。
実際今まで僕が目にしてきた教師は皆一様に見て見ぬふりを決め込んだ。
所詮は彼ら教師にとっても他人事なのだな、などと思っていたが。
今年着任してきた彼女は、随分と正義感が強いようだ。
だがそれは僕に対して発揮されるべきではない。
「先生!私に用があったんですよね!?早くいきましょう!」
「あ、九条さん!待ちなさい…!」
唯希は先生の返答も待たず、先に歩き出してしまう。
その御陰で先生も唯希を追って行ってくれた。
…ふぅ。
さて、用は済んだ。帰ろう…。