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よろず話  作者: 一文字核
ヤン&ウェールズ
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暴走ラナウェイにキャバレーガールズ

Ⅰ話「暴走ラナウェイにキャバレーガールズ」


 ああ、自分はなぜこのような場所にいるのだろうか。

 そう思いながら馬車の隅に座っている青年がため息をつく。彼の名前はジョン・タイター。新大陸の新米記者である。


「楽しみにしてな糞野郎。てめぇは人生にはもう天国に行く以外の幸福がねえ」

「お前は敵にまわしちゃならねえものを敵に回したのさ。それもひとりじゃねえ。全部だぜ」


 砂ぼこりに塗れた体がきしむ。


「余計なこと言わねえで手ぇ動かせ馬鹿野郎ども!」


 苛烈な記事で頭角を現そうとしていた彼は、誰に恨みを買ったのか。後頭部に奔る激痛と共に、その恨み言を聞いたのである。そして次に気が付いたときは、もう手足をグルグル巻きの、口にはご丁寧に猿ぐつわを噛まされて声も出ない。

 そうしてこうして薄汚い幌馬車の隅っこで、一日中揺られ何日たったのか。道中もがくたびに革のブーツで蹴りを入れられはしたが、誘拐犯の中に男の体中の穴と言う穴を弄る趣味を持っているものがいなかったのは、この不幸な場においては多少幸運であった。


「兄貴。このブツをサウスカフスに持っていきゃあ、当分は遊んで暮らせますね」

「おおよ。あの田舎モンから巻き上げたおかげで、こっちはボロイ商売だぜ。これが終われば5人とも暫くは酒・飯・女に困るこたぁねえ!」


 ジョンの暗い未来とは反対に、前の方では酔っぱらっているかの様な陽気で景気の良い話声が聞こえる。


「これからは俺たちもただの賊じゃなくて名前を考えないといけねえですよ」

「じゃあワイルドバンチ強盗団ってのはどうだ? カッコいいだろ?」

「さっ最高っス!!」


 ジョンの乗っているこの馬車で、たった今ワイルドバンチ強盗団が結成された。


「そういやおいエンジェル。さっきからダンマリだがどうした?」

「兄貴、それが前方に人影が。ああ!! 女!! ほとんど素っ裸の女二人が手ぇ振ってやがる!!」


 素っ頓狂な声を上げた誘拐犯おひとり、エンジェルと呼ばれた男は、素っ頓狂な声を上げて馬車止めようとした。


「棚からチェリーパイとはこの事だぜ。景気よく行こうぜ皆ぁ!!」


 狭い馬車の中の温度が上昇し、男たちの色んな箇所の血流も早くなる。馬車は二人の女の谷間に向けて加速し、彼女達の目の前で止まった。


「お困りですかい御嬢さん方ァ」


 先程までの粗野な口調とは違い、いかにも自分は紳士なのですと言った口調。しかし内面と彼らが身に着けているボロからは漂う胡散臭さが拭えない。


「アノ~休憩している間にぃ~お馬さんが逃げちゃって困ってたのぉ~。おじ様達よろしかったら私たちをサウスカフスまで送ってくれな~い?」

「ホウシュウも払うわヨ~」


 女性の一人がその胸元に腕を押し当てって艶めかしいポーズ。真っ赤な太陽に照らされた短く切った金髪が、その艶やかな唇の紅を栄えさせる。もう一人はアジア系なのか。その美しい黒髪を掻き上げて、形の良い尻を突き上げている。アジア人特有の細い目は、彼女の発するミステリアスな雰囲気をより際立てる。枯れた爺さんでも卒倒生唾もの。

 もっともジョンはそれを見る事は出来ないのだが。


「ええ構いませんとも。どうぞ乗ってくださいな。不肖このパイク含め、私たちワイルドバンチ運送屋の道中も、あなたたちのような美しい人が加われば幸いだ」


 この安っぽい賊でも、リーダーとして一応の脳味噌は他より優秀なのか。それらしい名前を並べて幌馬車に引き込めば後は人数と腰に下げた銃を武器に料理する魂胆らしい。


「フゴゴゴ!! グゲ!」

「ボケが静かにしてろ」


 最後の抵抗とばかりにジョンは猿ぐつわの隙間から精一杯の声を出したが、この乾燥した荒野で劣悪な状態が長かったせいか、彼の声帯からはまともな音はでない。見張り番の蹴りをもらっただけである。


「ありがとうございます~。あなた方は紳士ですのね」


 何とも無防備な服装と顔で女性たちは羊の皮をかぶった誘拐犯たちに近寄っていく。


「さあ御手をどうぞ御嬢さん方。ようこそ我々の馬車へ」

「そしてそして、変な気は起こさないでもらおうか」


 幌馬車を運転していたエンジェルが腰から銃を抜き、女性たちに向ける。


「これはどういう事ですの?」

「無防備な御嬢さん方。羊の皮をかぶった狼を見分ける方法を教えてあげると言っているんです。なあに授業料は高いですがね」

「なぁんだそんな事。それなら知っていますわ。ウールを着ていても、てめぇら狼気取りの糞野郎どもは臭いですから。ねえリャン」

「ソウネ、ウェーヌ。100マイル先からでもその腐った臭いするデスダヨ」


 ああ、ここ数日聞きいていない優しげな女の声が、ここ数日聞き馴染んだ見知った口調へ。突然の事に一同は油断したのか、こういう場合は後退、もしくは闘争こそが最善だと、警告を発する脳味噌を無視してしまった。

 直後、なに糞とエンジェルの左手がリャンと呼ばれた女性の腕に伸びたが、そのては彼女へ届くことなく地面に落ちた。


「お前達にも王味噌空っぽバカ女と賞金稼ぎの見分け方おしえてやるよ」

「ナアニ授業料は少し高めだけどネ」


 エンジェルの左腕を綺麗に切り取ったのはリャンが背中に隠していた青竜刀。幅広の刀身は女の腕でも遠心力による加速で十分な速度と威力を発揮する。絶妙のタイミングで振り下ろされたそれは、真っ赤なエンジェルの血を滴らせながら、真上に上った太陽が反射して悍ましい赤色を光らせる。

 声も出せないワイルドバンチを尻目に、リャンは地面に転がったその左手を蹴り上げて目くらましに使い、同時に同じく革ベルトで背中に張り付けてあった細長い鉄製の暗器を投げる。弾丸よりも暗器は遅いが、リャンが投げたソレは適格に相手の眼球を捕えた。


「目があぁぁ!!」

「腕がねえぇ!!」


 ようやく広がる断末魔。パイクは腰に下げたコルトを引き抜くが、それよりもウェーヌの右手に光るデリンジャーの冷たさを、その禿げあがりかけた額に感じる方が早かった。


「私たちは生きてる糞は一つでいいと言われている。後は首だけでいいってな。お前も生首よりは生きてる方が好きなんだろ? なら銃を捨てな!」

「糞アマ賞金稼ぎかよ粋がりやがって!」


 そういう間にも三人目の子豚がリャンに切り刻まれて、五人目六人目は馬車の後ろから逃げ出している。


「このだだっ広い荒野で逃げる馬鹿が二人」


 そういってウェーヌは、同じく背中に隠していたピースメーカーを取り出して、文字どおり「ピース」を二つの背中にぶち込んだ。心臓を食い破った鉛玉は、代わりに先程からこの荒れ放題の地面に大盤振る舞いされている真っ赤な液体を、既に絶命したしたその体から勢い良く放出し続けている。


「てめぇら何もんだ。俺たちを殺ろうとするなんてカルテルが黙ってねえぞ!?」

「オマエらみたいな下っ端の為にウゴク親切な奴いないネ。それよりも処刑台でのパフォーマンス考えてるヨロシ」


 そう言いながらリャンは淡々と賊の首を切り取っては麻袋に投げ込む。真っ赤に染みた血が袋から溢れて地面を赤く染めるが、彼女自身は一滴の血も浴びていない。その笑顔も命のやり取りの後では張り付いたような不気味さが勝っている。


「さて積み荷は私の取り分。絞首刑の縄はあなたにっとね」

 そうしている間に、ウェーヌはパイクの手足を縛処刑される罪人がそうされるように硬く縛り付けられる。そしてジョンと同じく口を縛り、さらに上から顔にジャストフィットする麻袋を被せられた。

「おいリャン! 珍しい積み荷があるぜ。上物のワイン。ポルノ。おいここに居るのは人間様か?」


 そういってジョンは猿ぐつわを解かれ数日ぶりに自由の身になった。リャンの青竜刀に切り裂かれた無残な首なしの死体と、真上に上った太陽。そしてジョンが想像したよりもはるかに美しい彼女たちの美貌がひたすらに眩しい。


「あ……りがとうございます。私の名前はジョン・タイター。サウスカフスで新聞記者をしています」


 口や手足に張り付いた違和感と、攫われるときに貰った傷を確かめながら、ジョンは二人を見上げた。


「エラクなれなれしい奴隷だと思ったら白人か。なんだお前? 男なのに売られる最中化かよ~運がねえな。生憎と生物はめんどくさいから換金する気はねえんだ」

「生首の刑終わったヨ。――――あれまあ、いい男じゃないカ。ウェーヌお前こいつ飼おう!」


 どうやらジョンはリャンの御眼鏡にかなったらしく、その少しやつれた顔を、生娘を誑かすキザ男の要領で持ち上げられると、顔についた泥を拭われる。


「お前こういうのが好みかよ趣味悪いな~」

「うるさいこのヘンタイ女。お前もこれくらいの好きだろ? ワタシこれ連れてくよ。ボウヤ、ブンヤ見習いなんてやめて止こっちコイ。イイ夢見させてやるですだよ」


 酒場で娼婦を口説くような安っぽいセリフと共に、リャンはジョンを拘束していた目隠しと猿ぐつわを弄りながら耳元でささやく。


「でっでも故郷の家族が心配してるので……」

「馬鹿野郎。いまからのこのこ故郷に帰りなんかしたら、今度はてめぇ一人だけじゃすまなくなるってことが解らねえのかよ。お前は少なくとも荒事専門のクズを金で動かせるような奴を敵に回しちまったんだぞ?」


 ウェーヌの言うとおり、リャンは数ヶ月前にとある記事を書いたことをきっかけに、このような事態になったと気付いている。

 具体的に言うと、ある保安官の秘密を間接的に暴露してしまったのだ。その事実にジョン本人も、縛られて売られるその時まで、気配の一つも気付けなかったというのが痛い所である。


「それは大変アル。オニイサン、悪いことは言わないから、ワタシたちと一緒にサウスカフスにイコウ。それともここで干物になる好きカ?」

「それは困る。困るけど……」

「リャン、あたしはこいつを連れていく事を許した覚えはないぜ? 第一こんな金にならない尋ね者をサウスカフスに連れってって何するんだよ? 絶対面倒が増えるだけだぞ」

「来る日も来る日も小遣い稼ぎダケジャ~。オタノシミを増やそうヨ」


 そう言ってリャンはジョンの顔に青竜刀を向ける。


「まだ死にたくないぃ!!」

「この気前のいいスプラッタは仕事でやってんだ。誰がただで殺してやるもんか!」

 ウェーヌがそう怒鳴る傍らで、リャンの青竜刀がゆっくりとジョンの頬に触れる。

「動くと色々ダイナシになるデスダヨ~」


 そういいながらリャンはジョンの髭だか髪だかわからなくなったものを剃る。髭剃りナイフにしては大きすぎるそれは、つい先ほどまでその全身に鉄火場を纏っていたせいか、血と油の混ざった臭いがする。


「できればもう少し小さい刃物でやってほしいんですけど……」


どちらかと言ううと襲う方に回りそうな二入が、今話すと唇が飛ぶぞ。というジェスチャーで抵抗を撃沈する。


「ほぉらデキタ。やっぱりいい男ネ」

「まあさっきよりはマシか」


 耳元で背筋の凍る刃の音を、名いっぱい響かせてから、そういってリャンは青竜刀を背中のショルダーになおす。ジョンの個人的な怠慢とここ数日の激動の日々で汚れきった体と、無法の限りを尽くしていた彼の髪を短く剃り、本来の顔が浮かび上がってきた。


「さあ、この馬車でサウス行くヨ。運転はヨロシクね」

「おい、食料は分けねえからな。リャンの分けろよ」

 髪を剃ったジョンの顔が気に入ってしまったのか、ウェーヌもこれ以上止めようとはしなかった。それどころか彼の顔を見ては嬉しそうな笑みを浮かべている。

「鏡とかあります?」


 ジョンをそのまま無視した二人は、馬車の内へと引っ込んで、積み荷のウィスキーの瓶を開けている。ジョンは投げて寄越された水を口に含ませて、乾きつつある血が染みついた服にそでを通すしかなかった。

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