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よろず話  作者: 一文字核
孤独の便所~九素頭の生活~
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第2話の3「戦闘、これは日常ではない」

 仕事と言っても、今日の仕事は至極簡単な物だ。今日一日女性一人を守り切れば勝ち。報酬は……なんだったか。たしか現金で4、50万円程の、命を懸けるには割とケチな仕事。


「おっいたいた」


 依頼人と思わしき女性が真昼間の公園のベンツに座っている。


「すいませ~ん何でも屋の九素頭です~」


 そう言って俺が近づくと、女性の顔は花が咲いたように明るくなった。なるほど、こいつは美人だ。俺がエルフ好きでなければ今ので惚れていただろう。そして無駄な出費を増やすのだ。


「よかった。ちゃんと依頼通ったんですね」

「ええもちろん。で、今日のお話なんですが」


 俺を見て駆け寄ってくる女性。名前A4紙に記されていなかったが、彼女が立ち上がると、同時に公園奥からよくない気配も立ち上がる。


「おいおい。随分と早い出現だな……」

「どうかしましたか?」

「いえね、たぶんですが、あなたを煩わせる原因を見つけました」


 そう言って俺は腰のホルスターから武器を引き抜く。今日の武器は鋭いグルガナイフだ。この異様な形のナイフ、いや鉈は、俺の背骨に沿うように形がデザインされている。


「そいやーッ!!」


 俺は呼び動作は掛け声だけにして、早速暗闇にグルガナイフを投げ込んだ。


「むぎぃいいいいい」


 奥の茂みまで飛んで行った俺のグルガナイフは、恐らくは命中した。

 茂みは無造作に揺れると、異物をはぎだすようにして上空へ舞い上がる。


「ひい!?」


 その時俺も女性も見てしまった。今回の相手はケチな悪さを毎回繰り返してきたオヤジではない。もっと邪悪な何かである。

 その邪悪な何かは、水色の唾液を垂らしている。唾液を垂らすという事は、そこには口があり、口があれば一応の顔はある。

 その顔を2・3人の顔からなっており、中心部分には人間の物ではない、動物の長い毛が伸びている。その毛玉から生えた4本の手は、その全てに鋭そうな鎌を持っている。


「(あれ交互に振ったら怪我するよな~)」


 俺は冷静に脳内で突っ込みを入れつつ、手首に結わえてあった紐を引っ張る。すると先程投げたグルガナイフが俺の元へ戻ってきた。そうするうちに左手は自分のポケットをまさぐる。

 悠長に構えていると、相手は予想外の行動へ出た。


「伏せて!」


 どうやら思ったよりもこの化け物は素早いようで、一目散に女性に狙いを定めると、上空から鎌を持って急降下する。

 こうされると俺はどうしようもないので、右手のひもを切り取ると同時に、、左手をスーツの中、ジャケットの内ポケットの辺りをまさぐる。

 すると、さわり覚えのある感触が、俺の左手を侵食する。それはそう、鳥の丸焼きの内側。本来ならば内臓がしこたま詰まっていたであろう場所に、手を入れて気持ち悪がる。それとよく似た感触だ。それと同時に、秘書のサチコさんの、冷たい手が俺の腕に当たる。ミチコさんは俺の腕の存在を確かめると、左手に何かを持たせてくれる。

 そう、俺のジャケットの内側は、ミチコさんのプレイルームに繋がっているのだ。原理はよく解らないが、ひとえに彼女の好意の表れだと言えよう。


「せいやっ!!」


 俺は銃を引き抜いたらしい。俺の左手にあるのは、50口径の弾丸を打ち出す、DEの名前で世の少数の熊ハンターと大量の馬鹿共に親しまれるの大口径自動拳銃。しかもミチコさんはこれを改造しており、銃身は二倍。側面にはとライバル模様が彫刻されており、グリップは象牙、全体に毒々しい銀メッキが施されているとあっては、もうこれは世界一恥ずかしい銃だ。妄想果敢な中学生とてこのような愚行は犯さないだろう。


「えと、え~と。そう、死に晒せ!!」


 思い出したように俺がそう呟くと、この見るからに実用性皆無といった銃は、羽のように軽くなる。次に俺が引き金を引くと、全くの無反動で弾が出る。勿論音速で、重量思っているようで、飛び上がったバケモノは当たるとのけ反った。


「見たか幽霊さんパワー。幽霊が作った銃だから、重さほぼゼロ。反動ゼロ。弾丸∞。射程距離は任意。最高だぜぇえええ!!!」


 俺はついテンションが上がって、叫びながら銃を連射する。そりゃもう連射と言ったら連射だ。ゲームのチートモードのように、リロードも反動もない銃は果たして銃と言っていいものなのか。

 あるいはこのテンションの上がり様は、幽霊の作った武器の呪いの効果であるのかもしれない。


「しねええええええええ!!ハハハッ」


 俺は本当ならば5回ほどマガジンを好感しなくてはいけない状況にもかかわらず、弾丸を放ち続ける。最初はのけ反る程度だったこの化け物も、50口径の雨に耐える仕様にはできていなかったようで、たちまち高度を上げると地面に不時着。そのまま反撃を試みようとしたが、無残な最期を遂げた。

 化け物の死体は怪人よろしく白い煙を上げると、都合よくも跡形もなく消え去った。



「(うわ~。やってしもうた~)」


 射撃が終わると一気に押し寄せる羞恥心と歪む視界。


「でえじょうぶでしたか?」


 いたたまれなくなった俺は依頼人の女性に話しかける。銃は直ぐにジャケットしにしまった。ライトノベルの痛い主人公でなしに。玩具の様な銃で化け物を倒し、美女を救うなんて最悪の状況だ。俺はもっとダンディーに、レミントンやパイソンで渋く決めるのがいいと言ったのに。ミチコは頑としてそれを許さなかったのだ。


「はい大丈夫です」


 やはりちょっとやりすぎたのだろう。一般的な成人女性ならば、このような嘘くさいハリウッド映画のワンシーンのような戦闘風景を心理的に肯定出来うるはずがない。

 俺はこういう時の為の為に持っていた非常手段を実行に移す。


「えーと。貴方は本当に大丈夫ですか?今、貴方は何かみましたか?」

「へ?あ、ああたが銃を……」

「いいえ」

「でも……」

「いいえ。いいえ。いいえ。貴方は暴漢に襲われたのです」

「暴漢?」


 そうこの調子だ。同時に俺はポケットに入れていたガス状の違法薬物が入った小瓶を取り出すと、彼女に解らないようにふたを開ける。


「そう暴漢です。貴方は後ろから暴漢に何かガスのような物をかけられたのです。その後急いで私が体術で取り押さえ、事後処理をしてくれる人が暴漢を持っていきました」

「でもさっきから一瞬しか時間がたっていません」

「いいえ。それは暴漢のガスで貴方の意識が混濁していたからでしょう」

「でも、でも時計の針は……あれ?針がゆがんで見えるわ~」


 依頼人は急激に襲いかかってきた眩暈に驚く暇もなく、その場で萎れた花のように膝をついた。


「危ない!」


 俺は白馬の騎士がそうするように、彼女を上手い事抱きとめる。


「まだガスの効果が残っているようだ。急いで救急車を手配します」

「え!?大丈夫ですよ……大乗ぶうううう?」


 薬は相当に聞いているらしく、もう意識が朦朧としているようだ。

 しかしそれはそれで問題だ。この薬は同時に俺の良識をも蝕むのだから。


「い、いけません!そこで寝ていてください。いいですね?」


 いかん。眩暈が。回ってきた。だが、昼飯を戻すわけにはいかない。それはあの料理に対しての冒涜だ。


「ふにゅ~ぁ~ぬ」


 ばっちり決まって三千世界に精神を羽ばたかせている依頼主をベンチに寝かせ、俺は救急車を呼ぶ。そしてサイレンの音が聞こえる前にその場を離れた。


「どっは~。ちかれた~」


 これで今日のお仕事終了。お疲れ様俺。頑張ったぞこれ。今日も世間で甲斐甲斐しく飛び回る一般的な35歳には、到底できない狂気の沙汰だった。


「さて、仕事も終わった事だし、便所でも探すか」


 俺は袖についた化け物の返り血を手で拭いながら、周りにあるトイレを探しに行く。

 はっきり言ってこんなバトル漫画のような一日はめったにない。こんなものが日常であってなるモノか。


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