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よろず話  作者: 一文字核
孤独の便所~九素頭の生活~
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第2話の2「中華、芙蓉蟹とは何だ!?」

 俺はオフイスを出ると、傍の駐車場の端の方に止めてある、スーパーカブにまたがる。


「さあ仕事だ爺さん」


 このおんぼろは、ここ数年働いてきた中でずっと使っているものだ。高速道路には乗れないが、それでも十分な働きをしている。


「お!?仕事ですかい?今日はどちらまで?」


 そう、こいつは世にも珍しい話す原付である。俺はこのカブのライト部分に、秘書からもらったA4紙の、ちょうど地図が書かれた部分を見せる。


「ああ、この辺りですか。了解しました。しっかり掴っていてくだせえ」


 俺がカブにまたがると、何も操作せずともカブはひとりでに発進する。このカブを依頼の報酬としてもらったころは、こんな珍妙ではなかった筈だが。そう、いつぞやの地縛霊ミチコの騒動の時に、暗黒の瘴気を受けて、正気ではいられなくなったのだろう。

 俺は運転しなくともよいので、馬鹿な事を考えながら、A4紙を取り出して今日の依頼に目を向ける。


「なになに。今日の依頼は要人警護。期間は一日。犯人捕縛できれば追加報酬ね」

「要人警護ですかい?ハリウッドですかい?」

「お前は黙って運転してろ。歌うたったりするなよ?」


 こいつは運転していて気分が乗ってくると、直ぐに音痴な歌を世間に披露したがる。勿論傍目には俺が歌ってる事になるのだ。迷惑極まりない。

 俺は一応運転しているふりをしながら、今日も目的地に向かう。さいわいにもこの話す原付は、警察が来れば気配を察知し、即座に速度を落とすという、犯罪的に便利な機能も付与されているので、俺は安心してMP3プレイヤーから聞こえるメタルミュージックを楽しむ事が出来るのだ。


「旦那~もうすぐつきやすぜ」

「そうか。ご苦労」


 カブが爺らしいしわがれ声でそう言ったころには、お気に入りの今日が丁度一周した頃で、キリも良い。俺はカブのキーを抜くと、依頼主の居るであろう公園に近づく。


「うーん。さすがにこの時間にはいないか」


 俺は待ち合わせの時間より若干早く来てしまった。時間は丁度12時。こういう時すべき行動は一つだ。


「飯でも食うか~」


 そう言って俺はあたりを見回す。なんてことない住宅街のはずれにある公園には、丁度隣に中華料理店があった。


「そうそうこう言う所がいい」


 おれは迷うことなく店に入った。フルそうな扉を開く音が、油など長年の使用で茶色くなった壁紙が、何とも懐かしい気持ちにさせてくれるような、そんな店内に響く。

 厨房では白髪の混じった寡黙そうな男が料理をしており、恐らくはその奥さんであろう、明るそうなおばちゃんが食器を拭いている。


「いらしゃ~い。好きなとこどうぞ~」


 明るい雰囲気のおばちゃん。いいね。こういうのがいい。てえーぶる席に座り、メニューを見ながら俺はひとり頷いた。これぞ日本の中華料理だ。


「(さて、今日は何を食うか)」


 俺は店に入るときあらかじめ食べる物を決めるような無粋なまねは、よっぽどのことがない限りやらないのだ。メニューを覗くと、そこには無限のわくわくがあると言っていい。


「(おっやっぱりこれかな)」


 俺は天津飯を見つけた。これは俺の大好物だ。今日のメインはこれで決定。

 後は何を頼むか。俺はそれを悩む。ラーメン屋餃子もいいが、この後依頼主と会うのでニンニクや激しい薬味は駄目だ。

 俺はそれらが含まれるであろうメニューを除外しながら、ベストアンサーを探る。


「(おっ!?小龍包?)」


 そうだ。小龍包だ。あの肉汁が溢れだす奴はこういう店で食ったら上手いはずだ。少なくとも冷凍やインスタントよりは高クオリティーな完成品を持ってくるだろう。


「すいませ~ん」

「ハイ~」

「天津飯と小龍包ください」

「かしこまりました~」


 オーダは滞りなく進み、俺は一息つくと、おばちゃんの入れた水を一杯飲みながら、辺りをなんとなく見回す。壁には沢山のメニューが貼っており、中には聞いた事も無いメニューもある。


「(大根もちか~。某ホテルのコースでくったアレは最高だったな」」


 俺は別にこういう場所ばかり言っているわけではない。たまにはホテルでお食事もするのである。


「(おお!?芙蓉蟹フウヨウハイってなんだ?)」


 俺はその時、どこかで見た様な字だが、具体的なビジョンが思い出せないメニューを見つけてしまった。芙蓉蟹。蟹の文字が入っている以上。蟹料理なのだろう。あとの二文字は中華っぽいという感じ以外に、思い当たる節がない。


「(フウヨウハイ。芙蓉蟹。きになるな~)」


 俺の探究心は猫をも殺す。このまま食事を終えたら駄目だ。反射的に俺はそう感じると、心が勝手におばちゃんを呼んだ。


「すいませ~ん」

「はい~」

「フウヨウハイってやつください」

「はいかしこまりました~」


 頼んでしまった。フウヨウハイ。いったいどんなものなのか。俺の脳味噌と胃袋は互いに予想を出している。

 まず脳味噌は、過去に雑誌で読んだことのある、腐ったチーズのような香りがする濃厚なパン生地の何かを連想した。ああ、あれは中国は上海の屋台での話だったか。

 今はもう汚染が酷くて行けないだろうが、きっとあれの事だと俺の脳味噌は言う。

 次に胃袋。胃袋はそんな事よりも字的にカニ料理だと主張した。いったい蟹いがっどうなったらこの料理になるのか。胃袋も見当がつかないらしいが、蟹を使う事は確実らしい。


「はいおまちどうさま。天津飯です」


 装甲しているうちに、最初の天津飯が来てしまった。湯気が立つ。あんかけの湯気が。その下にあるのは沢山の卵を、大量の油で焼いたもの。その下にご飯。天津人に聞くとそんな料理は無いと言う、俺の大好物。天津飯。


「いただきます」


 俺はレンゲを持つと端から崩すように天津飯を掬い取る。卵は絹のようにとはいかないまでもやわらかく千切れて、下のご飯も丁度いい硬さ。

 口に入れるとその三種のハーモニーは絶妙である。これぞ天津飯。あんかけと卵のコンビは最強だ。


「うめぇ~」


 口に出てしまった。


「はい~小龍包ね」


 見計らったようにおばちゃんが小龍包を持ってくる。

 小龍包は全部で4つ。形は不揃いだが、肉汁がたっぷりで、端で持ち上げるとずしりと重い。


「(これこれ)」


 俺は中身が出ないように優しく持ちながら、ゆっくりと口に入れる。この時やけどしない為に、あらかじめ水を近くに置いておきながら。


「(これだ。美味い)」


 今度は口には出さなかった。何故ならば口には小龍包の甘い肉汁が隅々まで染みわたっているからである。


「ふ~」


 俺の満足感は果てしない。これぞ幸福だ。


「(ガツガツガツ)」


 心の中でも何も考えずに、後はひたすら舌に神経を集中させる。この美味を余すところなく味わい尽くすのだ。


「ふ~。さて。残るはフーヨーハイ!」


 天津飯を7割食べて、小龍包を完食した辺りで、おばちゃんが再びこちらへやってくる。


「はいフーヨウハイね」


 おばちゃんは大きめの皿を俺のテーブルに置いた。


「(なっなに!?)」


 俺は直後に電撃を受ける。これは、これは蟹玉ではないか。


「(そうか。フーヨウハイとは日本語で蟹玉か。カニタマって書けよ紛らわしい)」


 玉子料理が被ってしまった。もし俺の好物でなければこれからは苦しい戦いになった事だろう。


「(でもまあ、俺卵好きだし)」


 そう思い直した俺は、再びレンゲで蟹玉をすくい、口に運ぶ事を再開する。


「もぐもぐむしゃむしゃ」


 俺はそのまま何事もなく蟹玉を完食する。実際蟹は入っていない事も無い。という程度には入っていた。


「ゴチソウサマデシタ」


 俺は食べた食物に感謝すると、店のおばちゃんに支払いを済ませる。余計に逸品多く頼んだせいで、若干高いランチになってしまった。


「さて、食べた分、しっかり働くぞぉ!」


 俺は気合を入れながら公園へ向かう。さあ。仕事の始まりだ。


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