第二話「九素頭のオフィス」
今日も九素頭、男一匹大地に立つ。そう、おれは神戸出身のさすらいの何でも屋「サラリマン」の社長兼、課長・従業員だ。
「今日の仕事は何かね?」
俺は神戸のとある場所にひっそりと構えたオフィスの、分不相応に高級な社長用の椅子に腰かけて、目の前に向かってそういう。
すると壁のなかからす~っと女の人が現れて、軽くお辞儀してから、一枚の書類をパイプ机に置いた。
「今日のお仕事はこのお湯になっております。社長様」
そういってかすかに笑いを顔に浮かべた女性。その消え入りそうなはかない笑みも、当然の事。彼女は幽霊である。しかも地縛霊の類のひどくたちの悪い者らしいのだが、年に一人少年を生贄にささげるだけで、このようにとても恭しく俺につかえてくれる。まことに優秀な秘書だ。
「ところで、次の生贄。否、報酬の日にちはいつだったかな?」
俺は一応それを毎回聞く。間違いでもしたらどうなることか。想像したくない。彼女の怒りはこのオフィスを木端微塵に噛み砕き、さらに周囲数百メートルに放射能に似た悪のオーラをまき散らすことだろう。
「いやですわ。それはまだ先の事。今回の少年の生きがいいですから。あと数か月
は持ちますわ」
幽霊秘書はそういって残酷な笑みを浮かべる。この凍りつくような美しい笑みこそ、人間の女嫌いの俺が、彼女を雇った理由である。
それに報酬が安上がりで良い。彼女への報酬は年に一回。それも少年が一人で良いのだ。少年と言っても美少年や純真な子、など文句をつけない。見た目が一八歳未満ならば何でもいいのだ。極端な話、中身がおじさんでも問題ないらしい。
だから俺は決まって悪がきを一年に一人見繕っては、彼女の前に差し出す。
丁度このオフィスにはふか~い場所を階段で降りて行った先に、薄暗い地下室があって、その地下室が彼女の自室兼、プレイルーム(笑)らしい。
そこでいったいどのようなオゾマシイ何かが行われているのかは想像しやすいが、そこは俺の選んだ悪餓鬼である。万引きや親の言うことを聞かぬという程度ではここへは来ない。もっと酷いいじめや凶悪犯罪を犯しながら、法では裁かれなかったもの。そういった極悪餓鬼を、決まって俺は彼女に差し出すのだ。
「ミチコさん。次の少年に何か希望はあるかい?」
ミチコ。その人畜無害そうな名前が彼女の名前だ。素人が彼女の名前を気安く呼ぶと命すら失いかねないが、俺は何でも屋のプロなので大丈夫なのだ。
「はい社長様。今回の子は大変骨太で楽しめました。ですので次回はできれば強い
子がいいです。最初のほうに頂いた細い子は、実は半年持たなかったのです」
「そうか。それは悪いことをしたな。まあでもこればっかりは世の中の悪人を選んでいるもんで、どうしようもない。でもできるならば次回も骨太の子を選んで来よう」
そういうと、ミチコさんの表情はとても明るくなる。
同時にオフィスのコンクリ製の地面から、彼岸花が芽を出して、あっという間に花を咲かせる。
「ミチコさん。このお花は例によって仕事から帰る前にお掃除しておいてくれよ」
「かしこまりました。いってらっしゃいませ」
こういった場合、帰ったら両手でも抱えきれないほどの彼岸花の花束が出来ている。それを毎回どうするか考えあぐねている俺だが、最近はお仕事に利用している。
どうするかというと、この花束を匿名で依頼主の気に食わない奴に送り付けるのだ。
するとどうだろう。よほど健康馬鹿な奴でもない限り、途端に萎縮しておとなしくなるのだ。
「じゃあ、いってきます」
俺はそんなことを考えながら、仕事へ向かう。彼女の体は距離があるとどんどん他の物と曖昧になっていくが、その凍りつくような笑顔だけは、俺がドアを閉じるその瞬間まで背中を心地よく刺激していた。