第一話「九素頭、大地に立っている」
神戸の夏は、神戸の中心、三宮の夏は暑い。
そうそう、俺の名前は九素頭悟朗。職業は何でも屋の一人ぼっちのサラリーマンだ。年齢は36歳。独身だ。
今日も俺はこの地元神戸の街で、様々な仕事をこなす。
なぜこんな仕事をするかというと、二つの理由がある。
一つはこの仕事はいろんな場所でいろんなものが食えるから。
もう一つは、そう、いつでも好きな時に便所に行けるからだ。
今日やってきたのは三宮センターなんちゃらという、にぎわった場所。俺はこんなにぎやかな場所は好きじゃない。
でもこの場所にはたくさんのおいしい店がある。俺は新しい店行くのが大好きだ。新しい店に入るとき、気を付けていることもある。
事前にレビューを見ないこと。
「この店は美味しい。世界一」
こんな文章に騙されて、アズくて高い店に入った時なんてたまらないだろう。自分の見る目のなさと金銭的な損失、満足感のなさでストレスがマッハだ。
しかし自分の考え一つで決めたならば、それはすべて自分の責任。甘んじて受ける覚悟もできるというものだろう。
そうこう考えているうちに、今日も目標の店が立ち並ぶ、地下食べ物街。このお気に入りの場所に俺は立ち寄った。暗い雰囲気、地元企業の会社員に何しているかよくわからない奴。怪しい外国人。その他仮面ライダーの怪人が出てきそうな雰囲気のあるこの場所は、実に様々な定食屋などの料理屋が立ち並んでいた。
「今日は何にするかな~?」
そういって俺はつい独り言を言ってしまう。
でもこの場所ならば何も誰も気にしない。周りも変な奴ばっかりだから。この前
外国語を話していた怪しい二人組が、通りをまがった瞬間霧のように消えていったのを俺は見ている。他にも足の端から触手がはみ出ている会社員や、目のクマが狸みたいな、もっと言えば頭の上から耳が生えている兄ちゃんともすれ違った。
(断じて言うが、俺は精神病ではない。まっとうまっとうの真人間だ)
こんな空間では少しぐらい独り言を言ったて、誰も見向きもしないのである。
「さて、今日はないを食うか……」
俺の胃袋はさっきからうなり声をあげている。時間は午後2時。もう胃袋は限界だ。仕事がこの時間までかかるのは、俺の手際の悪さが原因としても、この時間までお昼を食べれないのは苦痛だ。
でも、逆に考えると、この時間は普通のサラリマンは仕事に戻り、この場所は何時もにもまして閑散としている。
「おッ!?」
その閑散とした空気の中で、一筋の香りが、俺のあまり良くない嗅覚を刺激する。
「餃子かぁ~」
そうこれはニラの肉が皮に包まれて、勢いよくやけていく香り。餃子だ。
「今日の昼飯は餃子に決まりだな」
俺の腹もそういっている。決まりだ。
「え~と餃子の店は~あった」
あったあった。餃子の店。
この店はとても小さい店だが、こういう店がいい味出すんだよな。そう考えて俺は迷うことなく暖簾をぐった。
初めての店に一人で入るのに、最初はとても勇気が言ったことを思い出しながら、店の中を見渡す。小汚い。だがそれがいい。
「イラッシャイ~」
「(おうおう。店主は中国人か。この変なアクセントがいいね)」
俺はカウンター席に座ると、メニュー表を広げる。
「何にする?」
さっそく店主は笑顔で俺に聞いてきた。いい感じの対応だ。むすっとしてるのはたいていハズレだからな。でも少し聞いてくるのが早い。
「え~と・・・・・・」
俺はあんまり食べるものを具体的に決めてから店に入らないたちだ。餃子を食べるとは言ったが、何餃子を食べるのか。またセットにするかなど、几帳面に計算してから入店するようなタイプじゃない。
「じゃあ餃子セットで」
「餃子せっといっちょ~」
俺はあまり考えずに、ご飯の付いた餃子セットを頼んだ。俺は何にでもご飯を合わせる。チャーハンとご飯はないが、お好み焼きとご飯。餃子とご飯はありだと思っている。
「(さて、たのしみだ)」
俺は周りの客をそれとなく覗く。俺の周りには客が二人。一人はおっさんで、昼間からビールを飲んでいる。お前はいったい何の仕事をしているんだ。半分自営業の特殊職の俺ですら、昼間からビールはないのに。
隣のおっさんは私服。何やら自分の所に来たメニューを写真にとっている。ブログにでもあげるのかな・・・
そう考えながら、俺は次にメニュー表を見た。すると、メニュー表の隣に、縦長の紙の束が添えられている。
「なになに・・・・・・(こ、これは、F○CEBOO○のプロフィールだと・・・!?)」
この紙を見た瞬間、俺の脳みそに電撃が走った。まずい。この店は外見からは想像もつかなかったが、ソーシャルな感じの店だったのか。
経験上、こういう無粋なことをする店に当たりの率は低い。俺は嘘で合ってくれと長いながら、餃子が来るのを待った。
「オイオマエ!それ違うイウタヤロ!コレコッチヤ!」
そんな時、いきなり店主が隣にいたアルバイトらしき青年に怒り始めた。決定だ。この店はヤバイ。
俺は頭を抱えたくなった。こういう店主や先輩が客の前で怒鳴ったり怒ったりする店はどうしても好きになれない。元来起こるという行為は威嚇行為であり、店員が客に向けてないとはいえ、普段の営業スマイル以外の面を堂々と見せるのはサービスの意識にムラができる行為だと、俺は常々思っている。
別にずっと笑って色とは言わないが、こういうのはとても嫌だ。さらに、こういう店の飯はまずいことが多い。まず気分がダメになる。
俺は意識してみないようにしながら、そっぽを向いて携帯を弄る。これしか逃れる場所はない。となりの中年は見計らったように帰り、私服のおっさんは食べることに集中している。
「(壁に貼ってあるメニューでもミヨウカナ~)」
おれはそう思って壁を見た。壁にはほかの中華ちっくなメニューがたくさん書かれていた。これを頼まなくて正解だ。こういう店は、普段客が頼まないようなメニューを平気で出している。いざ頼まれると当然のように適当なものが出てくるんだ。
「オイ!それダセ!」
「はい!」
怒られた店員が、俺が頼んだ餃子セットを持ってくる。
「ありがとうございまス」
なるべく嫌な顔をしないように俺はセットを見る。ここからは勝負の時間だ。
今までのマイナスポイントも、この飯がおいしければすべて許される。許されるのだ。
「いただきます」
静かにそういった俺は、まず何も付けずに餃子をひとつ箸にとる。餃子は王将のそれのように、一つにまとまっている式で、その一つを取るとぱりぱりといい音Gする。
「(これは期待できそうだ・・・)」
俺はそう思って餃子を口に放り込んだ。噛む噛む。味わう。
「(うーん。微妙)」
そう、微妙。マイナス点が覆ることはなかった。餃子はもっちりしているが脂っこく、無駄な油使いすぎである。中の具材も余計なものが入り過ぎていて、味にまとまりがない。何より餃子独特の肉汁と、ニラの味が全然しない。いったい何が
入っているんだ。
「オマエ何ヤッテルカ!」
店主の怒る声で箸が止まる。うーん。やっぱりこの店は最悪だ。
そう俺が思うと、胃袋の悲鳴は途端に鳴りやんだ。不思議だ。全然おなかが空いていない。
「(ここで俺がグルメ気取った変態ならば、剣も払わず、適当に文句付けて逃げてやるんだが)」
そういう妄想までしたくなる。橋の速度は最低。されど噛む回数は最小限に飲み込む。折角の昼飯が。
今の俺にはその事しか頭になし。
「はあ~」
それでも決して顔には出さず、俺は餃子を食う。まったくひどいもんだ。
「(他のメニューを頼まなくてよかった)」
追加メニューでガッツリ何ぞ考えていた日には、今以上の悲劇が待ち受けていた
ことだろう。そう考えて、何の気なしに、もう一度メニューを見たとき、またもや俺の脳みそに電撃が走った。
「コンニチワ~」
そう、奴はそう言って俺と目があった。茶色いからだの奴は、メニューと壁の間から俺を覗き込んでいる。そうあれだ。茶羽ゴキブリ!
「モグモグ(うお!!!やべええええええええ)」
俺の脳内は一気にレッドアラートだ。この店はヤバイ。絶対にヤバイ。早く帰って胃薬でも飲むか。
こういう場所なのでゴキブリぐらいいるだろう。しかし昼間から顔を出す店は、たいてい普通の店よりも幾分みえないところでこいつらと業務提携を組んでいる場合が多いのだ。
「ハグ!!」
俺はすぐさまスープで飯を流し込むと、さっさと店を出た。本当はこれ以上一口も食いたくはなかったが、出されたものは食うのが俺の性分だ。
「ゴチソウサマデシタ・・・」
「あ~い○○○エンね~」
出されたものに対して圧倒的に高く感じる金額を、俺はいやいや財布から出すと、逃げるようにその場から逃げた。本当にはしった。
そして、休憩所のような場所まで来た後、大きなため息をつく。
「あの店はハズレだ。二度と行かねえ」
そういって、俺は看板をにらみつけると、写真を撮ってネットに挙げた。
「タイトルはそう、ゴキブリパーティー」
まったく散々な日だ。
俺は煙草を吸わないが、懐に入れたライターを付けると、ポケットに入れていた煙草を取り出す。すると丁度休憩所にやってきた男が隣に座ると、こっちを見てきた。
「にいちゃん。ヒイかしてくれや」
品のない顔のこの中年男は、そういって俺に近づく。俺はもう今年で35歳だというのに、若作りなせいか、世間ではいまだにおっさんではなく兄ちゃんだ。
「良いですよどうぞ」
勿論そういって俺はライターの火をつける。
「アンガト」
ここでポイントなのだが、ライターを貸すのではなく、ライターを付けて、相手側に近づけるのだ。
すると男は必然的に俺に近づく。その距離はとても近いもので、頑張れば唇を奪えそうなくらいである。
(断じて絶対にやらないが。断じて)
次に近づくこの中年にを見つつ、俺は背中に括り付けていたあるものに手をかける。これは今日の俺の仕事道具。借り物なので大事に。だが、やるときはやる。
「ふ~生き返るわ~」
そういっておっさんは煙草の煙を吸い込む。今だ。
俺は背中からM9、通称ベレッタ92Fを素早く取り出す。ベレッタの先には特殊消音機が取り付けられており、その長い銃身ははっきり言ってあまりかっこよくない。
「なッ!?」
きっとこのおっさんの次のセリフは、なんやワレ!?だったのだろう。しかしそういう無駄口をたたく前に、おっさんは改造した25口径弾をしこたま腹に叩き込まれた。
「グボ!」
おっさんは血を吐いて倒れようとするが、俺はそれをベレッタで支えると、そのまま彼の服で彼の口から出た血をふき取る。
すると、さも寝ているような格好になる。これでお仕事完了だ。
「さて、クソでもしに行くか」
そういって俺は立ち上がる。おっさんは立ち上がらない。生き返りもしない。
おっさんの体はイスに座ったままだったが、彼の死を空間は察知したようで、俺以外の人間がその場にいないのを知ると、椅子の奥にある壁が、ゆっくりと開き、グロテスクな口が出現する。
「キメ~」
俺は思わずそういった。乱立したこの口から生える歯は、息絶えたおっさんをイスを舌のようにして持ち上げると、そのまま自分奥地へ放り込んだ。そう、おれが餃子を食うみたいに。
「げっぷ~ごちそうさま」
何とも行儀のいいこの口は、満足そうな息をつくと、そのまま元の壁に戻ろうとする。
「おいおい、あんた金預かってるだろ?」
そう、まだ俺は報酬をもらっていない。
「金・・・?ああコインね。俺のことキモいとか言った兄ちゃんこれがホウシュウな」
嫌味たっぷりに俺にそういう壁の口は、その金切声とだみ声が混ざったような奇妙な声でそういうと、くちからビニールに包まれた札束をはきだす。
それを確認すると、逆に俺はベレッタを口に放り込んだ。
「おえ・・・んじゃさいなら。またきてな~」
今度こそ口はその場から消える。それと同時に異空間から放り出されたように、あたりの空気が一気に変わっていた。
気がつくとそこには、ビニールに包まれた50万程の札束と、俺だけ。いつの間にか表に来ていた漬物屋の爺が、壁を見てボ~っとしている俺を不思議そうに眺めている。
「仕事終わり。さあ、二件目でも行ってみるか」
肩をポリポリと鳴らしながら、俺は家へと帰る。ア~今日も働いたぜまったく。
普通の料理レビューみてえ。なわけねえだろうがよ