現実と怒り
主人公の名前を
『鬼頭義孝』から『鬼道義孝』に変更しました。
急いで村のほうに走り、物陰に隠れながら状況を観察すると、そこは悲惨な光景が広がっていた。
「きゃあああああああっ!」
「ぎゃははははは! テメェら! 金目のモノと、女どもを奪い尽くせ!」
「お頭! 男どもはどうします? 奴隷にして売っぱらっちまいましょうか?」
「いいや、男は全員皆殺しだ! 何なら、男どもを捕らえて、そいつらの目の前で女どもを犯すってのもいいかもしれねぇな!」
見るからに盗賊ですよと言わんばかりの男たちが、逃げ惑う女性を捕まえ、果敢に抵抗する男を斬り捨てる姿が目に入った。
女たちは、抵抗虚しく、簡単に捕まってしまい、男は容赦なく殺される。
地球の……ましてや日本では有り得ないその光景に、俺の思考は止まった。
幸い、人が死ぬ姿を見て、嫌悪感を感じるモノの、吐き気や、動けなくなるといった障害はなかった。
ただ、目の前の光景に呆然としていると、俺と同い年くらいの少女が、盗賊のリーダーらしき人物に向かって、走っていく姿が目に入った。
「よくも私たちの村を……!」
「ああん?」
少女は、盗賊の頭に近づくと、懐から一枚のカードを取り出した。
「お願い、リリー!」
少女は取り出したカードを投げると、俺がグリン達を召喚した時のようなエフェクトを発生させ、やがて一匹の熊が出現した。
何だアレ……。
おそらく、あの少女の職業はカードマスターで、だから出現した熊も、グリン達と同じように、魔物の一種だと思うが……ウッドマンと同じように、CSじゃ見たことないキャラだな。
未だに目の前の惨状に呆然とするなか、微かに残っていた思考が、そう分析した。
呼び出された熊は、赤色の毛並みに、大型犬くらいの大きさを誇っている。まだ子熊なのだろう。
熊は、猛スピードで盗賊のリーダーに向かって、走り出す。
「チッ……カード使いがいやがったか」
リーダーは、忌々し気にそう呟くと、懐から少女と同じようにカードを取り出し、ニヤリと笑った。
「だが、残念だったな。俺もカード使いなんだよ」
そう言って、盗賊のリーダーが召喚したのは、CS内でもお馴染みだった、オーガだった。
グリンを凶悪化させ、さらに巨大化と筋肉ムキムキにしたような、緑色の肌を持つ、醜悪な『鬼』が、現れたのである。
その光景に、俺は再び混乱した。
…………は? CSのオーガは、グリンのようにもっと可愛くデフォルメされた姿だったはずなのに……。
オーガだけ違うのだろうか?
そんなことを考えていると、熊を召喚した少女が、絶望したような表情を浮かべる。
「そ、そんな……! どうしてオーガを……!?」
オーガは、CS内じゃ序盤ではかなり優秀な攻撃力を誇るキャラだったが、ストーリーが終盤に向かうにつれて、道中に出てくるようなザコキャラに成り下がる。
もちろん、序盤で優秀なのは確かだし、進化させれば、終盤でもスタメンを張れるほど、優秀なステータスを誇ってる。
そんなわけで、今のオーガに、そこまで脅威を感じる必要はないはずだ。……ゴブリンとかスライムしか持ってない、今の俺では微妙かもしれないが、それは魔物同士を戦わせた場合の話だ。
少女が絶望する中、盗賊のリーダーは、追い打ちをかけるようにさらにカードを数枚取り出し、魔物を召喚した。
その魔物に、俺は再び混乱させられた。
なぜなら……。
「ゲギャギャギャ!」
「グゲゲゲゲ!」
醜悪な顔立ちの、ゴブリンが五体、現れたのだ。
こんなのCSのゴブリンじゃない……。
グリンと同じ種族とは思えない、知性の感じられない鳴き声と、全然可愛くない見た目。
俺の心の中で、ふつふつと何かが沸き上がるのを感じた。
「オーガ! その熊を嬲り殺せ!」
「オオオオオオオオオオオオオオ!」
盗賊のリーダーが、オーガに命令を下すと、突進してきた熊を難なく捕まえ、そのまま持ち上げ、地面に思いっきり叩き付ける。
「ガアアアアアアアア!」
「リリー!」
少女の悲痛な叫びも届かず、叩き付けられた熊をオーガは連続で殴り続けた。
「やめて! もうやめて……!」
必死に泣きながらお願いするも、そのまま熊はやられてしまったらしく、召喚と同じエフェクトを発生させ、再びカードに戻ってしまった。
そのカードを、盗賊のリーダーが拾う。
「ほう? 【レッドベアー】とはな……こいつはいいモノが手に入ったぜ」
「お願い! 私のリリーを返して……!」
泣きながら、必死に訴える少女の顔を、盗賊のリーダーは引っ掴む。
「ああ? ……ぎゃははははは! よく見れば、スゲェ上玉じゃねぇか……」
「ひっ!」
「安心しろよ。テメェは俺がタップリと可愛がってやるさ」
厭らしい笑みを浮かべる盗賊のリーダー。
その表情に、少女は完全に戦意を喪失したらしく、ただ、絶望の表情を浮かべるだけだった。
――――もう、我慢の限界だ。
今まで呆然とする中、徐々に沸き上がっていた俺の怒りが――――爆発した。
地球のころより圧倒的な速度で、一瞬にしてオーガとの距離を詰めた。
速さが段違いに上がっているのは、≪身体強化:10≫の恩恵だろう。
そんなことを頭の片隅で思いながら、腰に差してあった刀――――【無斬】を神速で抜き放った。
俺の方を、ポカンとした表情で見ていたオーガの頭は、少しして、首からズレ落ちた。
そして、オーガを殺した勢いのまま、周囲にいたゴブリンたちを、一斉に斬り捨てる。
これだけの動作で、おそらく2秒ほどしかかかっていないだろう。身体強化様様だが、俺からいわせると、身体強化があるなら、1秒で終わらせたかったのが本音だ。
一瞬で片付いたオーガたちは、先ほど見た熊と同じように、召喚のエフェクトを発生させ、カードに戻った。
そこまでして、やっと盗賊のリーダーたちが気付いた。
「なっ!? 誰だテメェ!?」
「いつの間に!?」
「す、すごい……」
取り巻きの盗賊たちも驚き、そしてさっきまで絶望していたはずの少女も、俺の登場に目を見開いていた。
だが、そんな周囲の状況などどうでもいい。
俺は今、怒っている。
もちろん、今まで普通に生活していた人間の命を奪ったのだ。怒らないわけがない。
でも、この世界は日本とは違う。
赤の他人のために、本気で怒れるほど人間ができたわけじゃないし、自惚れてもいないつもりだ。
ならなぜ、俺が怒っているのか?
別に、容姿なんて人それぞれなわけだから、容姿で決めつけるのは悪いのは分かる。
だが、その性質が醜悪なら、話は別だろう。これは、容姿がよかろうが、関係ない。
つまり、何が言いたいのかというと――――。
「可愛くないヤツは死ね」
そう言うことだった。