二日目と二度目のガチャ
主人公の名前を
『鬼頭義孝』から『鬼道義孝』に変更しました。
「ぬおおおおおおおっ!」
「ゴブゴブ~!」
俺は今、全力だった。……火を熾すのに。
「チクショウ! 現代っ子の俺が、なんで素手で火を熾すようなハメに!?」
口で文句を言いつつも、木の棒を両手ではさむように持ち、もむように回転させながら木の板に擦り付ける。
ゴブリンで猪を倒した後、俺たちは結局他の生物と遭遇することもなく、ただ闇雲に森を彷徨った。
その結果、川が流れている場所まで辿り着けはしたものの、気付けば辺りは薄暗くなりつつあり、これ以上の行動は危険という状況にまでなっていたのだ。
そして、暗くならないうちに火を熾すことにした俺は、手あたり次第乾いた木の枝や枯れ草なんかを集め、今こうして素手で火を熾すことに。
「舐めてた……素手で火を熾すのがこんなに面倒だったなんて……!」
時々木の棒がささくれ立っていたこともあり、トゲが掌に刺さって痛い思いをするなどという場面もあり、早くも心がくじけそうだった。
木の棒を回転させること自体は、大した苦でもない。これ以上に厳しい修練を積んでいるのだ、筋肉痛にすらならないだろう。
だが、それでもトゲが刺さるという地味な痛みや、地球では絶対にしないような行為をさせられているということを実感すると、精神的にクルのもがあるのだ。
必死に木の棒を回し続けていると、木の板から少しずつ煙が出てきた。
「キター!」
「ゴブー!」
俺はさらに加速して木の棒を回し続けると、やがて火種となるものができた。
俺はその火種を消してしまわないように、慎重に枯れ草を近づけ、手で覆いながらゆっくりと息を吹きかける。
「ふーっ! ふーっ!」
「ゴブ~! ゴブ~!」
俺の仕草を真似して、ゴブリンも息を送ってきた。
そんなことをしばらく続けていると、やがて火種は大きくなり、今では野営するうえで十分な火を熾すことに成功した。
「で、できたー!」
「ゴブ~!」
火を熾す作業が終わると、どっと疲れが出てきた。ヤベェ、もう火を素手で起こすような真似はしたくねぇ……。
せめて、道具があればいいんだけどな。弓とか火打石とか。
「あー、作業が終わった途端腹が減ってきたな……ゴブリン、お前はどうだ?」
「ゴブッ!」
「そうか、お前も腹が減ったか……よし、それじゃあ飯にしよう!」
「ゴブゴブ!」
早速スマホから猪の肉を取り出す。……今さらだが、絵面的にみると、すごい光景だな。
そんなことを思いつつ、近くに落ちていた木の棒を広い、軽く近くの川で洗うと、猪の肉をぶっ刺した。
「現代人のするような生活じゃねぇな……」
「ゴブ?」
猪の肉が焼けるのを眺めながら、思わずそうこぼす。
しばらくすると、猪の肉から香ばしい匂いが漂ってきた。
「せめて塩とか胡椒が欲しいんだけどなぁ……まあ、ないモノねだっても仕方ねぇか」
早々に塩や胡椒に対する未練を断ち切り、適当なところで猪の肉を焼くのを止めた。
「ほら、ゴブリン。熱いから気を付けるんだぞ」
「ゴブ~!」
猪の肉を渡してやると、ゴブリンは両手を上げて喜び、肉を受け取るとすぐに齧り付いた。
「ゴ、ゴブ!? ゴブ~……」
しかし、猪の肉は焼きたてなので、とても熱かったらしく、肉を持ったまま悶絶していた。
俺は苦笑いしながら、ゴブリンの持つ肉に息を吹きかけ、少し冷ましてやる。
「ほら、もう大丈夫太と思うぞ。でも、気を付けて食べろよな」
「ゴブ!」
俺の言葉に元気よく返事をすると、今度は慎重に肉を食べ始めた。
俺もその様子を見ながら猪の肉に齧り付いた。
肉自体は、なぜか獣臭いといったこともなく、普通に食べられた。
ただ、やはりというか、現代の日本で生活してきた俺からすれば、もっと味付けの濃いモノを食べたいなと思ってしまう。
どこか物足りなさを感じながらも、食事を終えた俺たちは、ゴブリンと話し合うことに。
「まず、お前の名前を決めたいと思う」
「ゴブ?」
俺の言葉に、ゴブリンは小首を傾げる。
……CSだった頃なら、考えられないことだけど、それでも今俺の一番の戦力はコイツなわけだし、何より可愛いコイツをずっとゴブリンと呼ぶのも忍びなかった。
そもそも、カードに名前を付けるといった習慣がないので、不思議な感じはするが、それでもあった方が名前を呼びやすいだろう。
「そうだなぁ……『ゴブリン』って種族名と、お前の肌の色である『グリーン』を掛け合わせて、『グリン』なんてどうだ?」
「ゴブ? ゴブゴブ!」
俺が名前を付けてやると、ゴブリン――――グリンは大きくはしゃぎ、俺の胸元に突進してきた。
「おっと……はは、喜んでもらえて何よりだ」
思わず俺も顔をほころばせていると、不意にある考えが浮かんだ。
それは、グリンのステータス表記に、名前の変更があるのかどうかということだ。
一応、グリンのステータスを確認してみると……。
【グリン】
レア:N
種族:ゴブリン
Lv:10(MAX)
魔力:1
攻撃力:23
防御力:21
俊敏力:21
魔攻撃:1
魔防御:1
覚醒回数:0
と表示された。
どうやら名前を付けた後などは、こんなことまで融通が利くようだ。
ステータスを確認したわけだが、俺はもう一つ知りたいことが出てきた。
それは、グリンのように、強化合成用のカードなどを使用しないで、カードのレベルが上がるのかということだ。
グリンの場合、最初の戦力というだけあって、すぐに強化合成してしまったが、普通に考えれば、ゴブリンを強化合成用カードを使ってまで強くすることはない。
そして、俺が知りたいことは、この世界では、経験値という概念が存在するかどうかということだ。
このことばかりは、何故かスマホのヘルプ機能にも書かれてなかったので、自分で調べるしかない。
「取りあえず、次の召喚で試してみるかなぁ……」
「ゴブ?」
俺の独り言にグリンは首を傾げる。
そう、この夜を超えれば、俺は再びガチャが引けるのだ。
「そのためには、しっかり休まないとな」
こんなどこかも分からないような森で、しかも魔物がいるような場所で、安心して寝られるかと言われれば、寝られるわけがない。
しかも、寝る前の見張りができるような存在もいないのだ。グリンに関しては、言っちゃ悪いが、少々心もとない。
そんなわけで、安心して寝るということがどうもできそうにないのである。
「まあ、もともと俺は眠りが浅いし、似たような訓練を積んだこともあるからな……」
道場で、寝こみを襲われないようにするための訓練もした俺は、気配を完全に消せるような相手じゃない限り、何とかなると思っている。ここにきて、初めて自分のしてきた訓練が生かされている気がした。……地球じゃ使うこと一生ねぇだろうしな。
「ふぁ~……グリン、もう寝てしまおう。なんだかんだ言って、今日はいろいろありすぎた……」
「ゴブ!」
グリンは、俺の羽織の中にもぐりこんでくると、すぐに寝息を立ててしまう。
「はは……やっぱりグリンに見張りは無理か」
思わず苦笑いしながら、俺は野営のために付けた火を消すことなく、眠りに就く。
そして、思いのほか精神的疲労が溜まっていたようで、危険の多い森で、俺は不覚にもしっかりと寝てしまうのだった。
◆◇◆
「ん……ん? ……ハッ!?」
俺は目が覚めると、その場に飛び起きた。
「しまった……完全に深く眠ってしまった……」
一気に頭が覚醒したからこそ、自分のおかした失態に冷や汗を流す。
今回はたまたま運がよかったのだろう。普通なら、熊や昨日のような猪に襲われていてもおかしくない。それどころか、魔物もいるらしいし、命の危険はさらに高まるばかりだ。
「危ねぇ……本当に、早いとこ人里に行かねぇと……」
宿屋でも何でもいいから、神経を尖らせないでゆっくり寝たいと切実に思う俺。それと、できれば風呂にも入りたい。
ふとそんなことを考えていると、グリンが目を覚ました。
「ゴブ~……? ……ゴブ」
「起きたか? おはよう」
「ゴブ!」
グリンと朝の挨拶を交わした後、すぐそばの川で顔を洗った。
冷たい川の水が心地よい。
それぞれ顔を洗い終えると、タオルのようなものがないため、近くの大き目な綺麗な葉っぱで顔を拭いた。……痛かった。
「さて、残念ながら朝食はないわけだが……早速、ガチャを引こうと思う」
「ゴブ? ゴブ!」
グリンはガチャのことを分かっているのか分からないが、それでもテンションが高い。元気だな。
俺はCSを起動させ、一日一回無料ガチャを選択する。
すると、グリンを手に入れたときと同じように、目の前にガチャガチャが出現した。
「マジでどういう原理なんだよ……」
そう呟きながらもガチャを回すと、青色のカプセルが。……ちょっと期待していたりなんてしてないからな。
誰に言うわけでもない言い訳を心の中で呟きつつ、カプセルを開けると……。
「おっ、コイツはアタリか?」
「ゴブ?」
中から出てきたのは、背中にコウモリのような羽を生やした、真黒の可愛らしいキャラクター……【小悪魔】だった。
コイツは、グリンと同じレア度Nにしては使い勝手も良く、最終進化までさせると、CS内でもトップレベルのステータスを手に入れられるのだ。ただし、物凄く面倒くさい上に、そんなことまでして手に入れなくても、最終進化状態ではないにしろ、割と簡単にレアガチャでインプの進化後を手に入れられるのだ。誰も、インプから最終進化までさせるようなヤツはいない。
「それでも、今の俺には貴重な戦力だからな。それに、コイツは羽も生えてるし、空中戦もできるだろう」
「ゴブ」
早速手に入れたインプを召喚させる。
すると、グリンのときと同じようなエフェクトを発生させた後、カードに描かれていたような、可愛いインプが出現した。ただし――――超ちっちゃい。
「え、ウソだろ!? これが本当の大きさ!?」
なんと、出現したインプは、それこそ俺の掌に簡単に収まってしまうほど小さいのだ。
ここにきて、カードでは分からなかったことが、現実となって襲い掛かってくる。いや、たしかに小悪魔だけども……最低でもグリンくらいは大きいかと思ったんだが……。
やはり、俺の知るCSであって、CSでないのだ。いや、何言ってんだ俺。
混乱する俺をよそに、インプは小さい羽根で飛び上がると、これまた小さい三又の槍を携えて、俺の目の前にやって来た。
「キー♪ キキッ♪」
そして、槍を背中に背負いなおすと、可愛らしく俺の顔に抱き付いてきた。
それだけで、なんかもうどうでもよくなってしまった。大きさ? 小さくてもいいじゃない。
そんなインプの様子に、グリンは焦ったように俺の体に抱き付いてくる。
「ゴ、ゴブっ!? ゴブゴブ!」
それを受け止めながら、俺はこう思うのだった。
――――可愛ければ、それでいいか。