プロローグ
主人公の名前を
『鬼頭義孝』から『鬼道義孝』に変更しました。
話題のソーシャルゲーム【Card・Story】――――通称CS。
その名の通り、カードが重要なゲームだ。
それだけならなんてことない、ありふれたゲームなのだが、このゲームは、わずか1週間にしてプレイヤー総数100万人を超えるという偉業を成し遂げた、かつてない大人気ゲームだった。
超美麗なイラストはもちろんのことだが、何よりこのゲームを人気にしたのが、イベントの上位入賞者に対する賞品だろう。
その賞品は、なんと自分の好きなイラストレーターを指名し、なおかつ自分自身のアイディアをもとに、世界に一枚だけのカードをもらえるという、すさまじいほどの豪華さを誇っていたからだった。
もちろん、ステータスなどの数値は決められているが、それでも自分のイメージしたキャラクターを、自分の好きなイラストレーターに描いてもらえるということが、何よりも重要なのだ。
課金システムを導入してはいるが、別に課金をしなくとも強くなれることも、人気の一つにつながる。
他にもまだまだ素晴らしいシステムを備えたCSだが、それでも俺――――鬼道義孝は断言しよう。
俺が思う、CSで一番の見どころは――――。
「――――女の子が可愛いことだと思うんだ」
「義孝って、とことん残念だよね……」
俺の熱い想いは、親友の伊集院正也には届かなかったらしい。
くせ毛な地毛の茶髪に、少したれ気味の目。
世の男性アイドルも裸足で逃げ出す整った顔立ちと、誰にでも優しいその性格から、『正統派王子』なんて呼ばれてるらしい。ちなみに、そんな正也と常に一緒にいるせいか、俺も『残念系王子』なんて呼ばれてたりするんだが……コレ、褒めてないよな? 何が残念なのか知らないが、何でも王子って付ければいいと思うなよ!
……まあそれはいいとして、俺の燃え滾る想いが伝わらないことのほうが問題だ。
「なぜだ? なぜ分かってくれない!? 可愛い女の子がたくさん登場するんだぞ!? 男のロマンだろう!?」
「いやぁ……だってそれ、ゲームの話でしょ?」
「ゲームって言うなあああああああああああ!」
それを言っちゃあダメだろ。
俺が叫ぶ中、正也は苦笑いしながら諭すように言ってきた。
「義孝……あのね? ゲームは所詮ゲームなの。それに、ゲームじゃなくても、可愛い子ならいっぱい現実世界にもいるじゃない? だから――――」
「リアルなんてクソ食らえッ!」
「――――うん、手遅れみたいだね」
正也は何かを諦めたような、晴れ晴れとした笑顔を浮かべた。
俺は別に現実逃避をしているわけでもないし、現実世界の女性が嫌いってわけでもない。……説得力ないけど。
ただ、小学校の頃、好きだった女の子に勇気を振り絞って告白したら、それからずっと避けられるようになり、中学校でも同じようなことが起きたため、軽くトラウマになっているのだ。
その結果、俺はゲームの中の女の子に夢中になってしまった。……あれ? これって現実逃避じゃね?
いや、好きな子に告白後無視されるのは、なかなかくるモノがあるぞ? 俺の家が男ばかりの道場やっているせいか、女性と仲良くなる機会が少ないし、なおさらだ。
一人過去の出来事に傷ついていると、いつの間にか終礼のチャイムが鳴り、担任の先生が姿を現していたので、正也は自分の席に戻っていた。
どこか納得できないまま、こうして今日の学校生活が終了したのだった。
◆◇◆
「正也のヤツ……俺を置いて、女の子たちと遊びに行きやがった……」
俺は、一人寂しく帰路につきながら愚痴る。
まあ、どうせ俺は正也たちのように遊べないので、仕方がないと言えば仕方がないのだが……。
先にも話したが、俺の家は【鬼道流】と呼ばれる流派の道場である。
しかも、教える内容は剣道や柔道、空手と言ったごく一般的なモノではなく、全てをひっくるめた戦闘術を教える道場だ。
……自分の家を悪く言いたくはないが、それでも殺伐とした家系だと思う。
事実、世界のスポーツ選手として活躍する各格闘技界の選手たちと戦っても、ウチの門下生が圧勝するレベルだからな。その門下生を瞬殺する俺や親父は、他人から見れば、もっと化物に見えるのだろう。
そんな家だからこそ、もしかしたら女の子たちが怖がって、俺を無視するようになったのかもしれないな。……言ってて泣けてきた。
「あー……帰ったら親父と組手かぁ……」
道場最強の師範である親父を倒して以降、毎日のように親父と戦っている俺は、精神的にも疲れていた。
何せ、親父は本当に化物なのだ。素手で岩を砕くのなんて当たり前。そんなヤツの相手をするのが簡単なわけがないし、楽しいはずがない。まあ、一度も負けてないんだけどな。
「ふぅ……稽古が終わったら、CSで癒されよう……」
次のイベント、いつ始まるかな? と考えながら、交差点の信号を待つ俺。
これは自慢になるが、過去すべてのイベントにおいて、1位から3位までの間に入り続けてきた俺は、自他ともに認めるトッププレイヤーだ。稽古の合間に始めたバイト代も、全額課金に使う廃人だからな。
だからこそ、今度のイベントも上位入賞を狙っているのだ。
青信号に変わるのを待ち続けていると、突然悲鳴が聞こえてきた。
「何だ?」
その方向に視線を向けると、何やらナイフを持って暴れる一人の男が見えた。
男は、メチャクチャにナイフを振り回し、周囲の人間に斬りかかっている。
そして、男はそのまま俺の方へやって来た。
「はぁ、はぁ……お前も斬ってやる……!」
ヤバい薬でもやっているのか、目が充血し、焦点が定まっておらず、口の端には泡が溜まっており、息も荒い。どう見てもまともな状態じゃねぇな。
ただ、相手が悪かったとしか言いようがない。
男は、そのまま俺に大振りに斬りかかってきた。
「よっ」
その素人丸出しの攻撃を軽く避けると同時に、鳩尾に一撃。
本気で殴ると殺してしまうので、相当手加減して男に当身を食らわせたのだ。
それだけ、武術の心得がある人間の拳は凶器なのだ。
「がほッ!?」
口から空気を吐き出した男は、そのまま前のめりに倒れ、気絶した。うし、上出来。
自分の技の出来に満足していると、またもや悲鳴が上がった。
「今度は何よ?」
今日はやけに巻き込まれるな……などと思いつつも振り返ると――――。
「え?」
眼前にトラックがあった。
どうやら、トラックの運転手が居眠り運転をしていたらしく、アクセル全開で突っ込んできたのだ。
そのことを認識した瞬間、俺は足元に転がっていた男を死なない程度で蹴り飛ばし、避難させる。だが、それだけだった。そのことだけを、俺の体が反射的に行い、自分の身を守る行動までは間に合わなかったのだ。
それにしても……いやあ、まさかここまで接近されてて気づかないとか……気が緩みきってるって親父にどやされるなぁ……。
だいぶズレたことを考えていた俺だったが、トラックと近くの建物でサンドイッチにされるのだった。
◆◇◆
「ん……」
まどろみの中、優しい風が俺の頬を撫でる。……んん?
違和感を感じた俺は、その場から飛び起きた。
「…………ここどこ?」
飛び起きてみると目の前には鬱蒼と茂る木々が飛び込んできた。
「訳が分からん……」
思わずそう呟く。
確か俺は、ついさっきトラックと建物によってサンドイッチ状態になったはずだ。生きているはずがない。
目が覚めるだけでも不思議だというのに、目の前の光景は俺の暮らす街のどこにも当てはまらない森のような場所。もうどうすればいいんだ……。
「……俺、死んだんだよな……?」
ナイフを振り回す危ないヤツを気絶させたと思ったら、まさかの居眠り運転だぞ。どんだけ濃い一日だったんだ。
その上、普段ならトラックの存在に気付けたはずなのに、親父との組手によって蓄積された精神的疲れのせいか、避けるどころか気付くことさえできなかった。
「……だあああッ! クソッ!」
俺は再びその場に寝転ぶ。
今の状況は謎だが、死んだことに間違いはない。目の前に迫るトラックが、瞼の奥に焼き付いているのだ。ただ吹っ飛ばされただけなら受け身もとれただろうが、後ろに建物があったため、どうすることもできなかった。もう死んだ、と認めるしかない。
それは、とてもじゃないが受け入れたくない現実だった。
親父は厳しいとはいえ、嫌いじゃないし、お袋も好きだ。親友の正也とも会えない。
将来は道場を継ぐことになっていたかもしれないとはいえ、俺の人生はまだまだ先があったのだ。
それが、あの一瞬の出来事で終わってしまった。
そう頭が理解した瞬間、一気に心の中に溜まっていた感情が溢れ出した。
「クソッ! クソッ! クソッ! 悔しい……」
死んでしまったという事実に、俺は涙を流さずにはいられなかった。
◆◇◆
――――どれくらい時間がたっただろうか。
寝転んだまま泣いていたが、少し落ち着いた段階で起き上がり、現状の確認をすることにした。
「俺の格好は……あ?」
まず、自分の格好を確認するため、体を見下ろしてみると、下校中に着ていたはずの制服ではなく、何故か道場で使用している白色の袴に黒色の羽織。今は見えないが、羽織の背中には鬼神の顔が描かれているはず。
そして、さっきは気付かなかったが、背後には俺が稽古でよく使用していた刀と、普段から使用している巾着が落ちていた。
「なぜに刀と巾着が……?」
無駄な装飾は一切されておらず、斬ることに特化させたこの刀は、親父を初めて倒したときに譲り受けたものである。一応抜いて確認してみるが、濡れたような刃は、まさしく俺の刀に間違いない。
もう一方の巾着を拾い上げ、中身を確認すると、スマホと見たことのない金貨5枚、銀貨5枚、銅貨5枚が出てきた。
「……スマホ、使えるのか?」
使えるのなら、とても助かる。今の現状が少しでも分かるかもしれないからだ。それに、CSもできるしな!
早速電源を入れて、確認してみると……。
「…………圏外じゃねぇか」
再び泣きたくなった。涙腺緩んでんのかな、俺。
そんな風に思っていると、スマホのメールに一通届いていることに気付いた。
「……圏外なのに、メール? いや、もしかしたら、このおかしな場所に来る前に届いたメールなのかも……」
取りあえず、迷惑メールの類でも来たのか? と思いつつ、メールを確認した。
そして、俺は絶句する。
『こんにちは、鬼道義孝さん。私はアナタの知識で言うところの、神という存在です。突然の事態に、いろいろと混乱したことと思いますが、こうしてメールを確認しているということは、ある程度落ち着いたのだと私は解釈させていただきます。さて、前置きもそこそこに、早速本題に入らせていただきます。まず、地球でアナタはトラックと背後の建設物に挟まれ、死にました。これは夢や幻でもない、完全な事実です。……ですが、本来アナタはあの場面で死ぬことはなく、アナタが行動不能にした男が死ぬはずだったのです。しかし、私とは別の存在である神が、アナタたちに分かりやすく言うならば……運命の歯車、と呼べるものを狂わせ、アナタを殺したのです。もうその神は、私が責任をもって完全消滅させましたが、もう既にアナタの魂は輪廻の輪に入り、次の生を受ける準備に入っていたため、地球で生き返らせることができませんでした。その代わり、アナタの入っていた輪廻の輪は、今現在アナタが存在している世界のモノで、その世界でなら、地球のときの状態で復活させることができたため、このような措置を取らせていただきました。それにあたり、アナタのなじみ深いものを数点、そちらに送ってあります。詳しい情報などは、今見ているスマートフォンで確認してください。スマートフォンには、今までになかった機能も追加してあるので、どうかご確認を。……このたびは、我々神々がアナタに大変な迷惑をかけたこと、心よりお詫び申し上げます。鬼頭義孝さんの第二の生に、幸多からんことを。【追伸】アナタのスマートフォンは、他者には操作することができません。また、壊れる心配も電池が切れる心配もなく、紛失されたとしても手元に戻ってくるようにしてあります』
長々と書かれてあったが、要するに、俺はどこぞの神に殺され、それに対するお詫びとして違う世界で生き返らされた……ということらしい。
そして、俺が今着ている服や巾着、刀にスマホは俺がよく使っていたモノだから、俺を殺した神と違う神様がプレゼントしてくれたということだろう。
取りあえず、いろいろと言いたいことはあるし、まず納得ができない。
俺の運命の歯車とやらを狂わせた神を、俺が直接殴りつけることもできないまま消滅させられたのも、正直に言えば、消化不良でしかない。
「何なんだよ、チクショウ……」
小さくそう呟いた俺は、さっき泣いたはずなのに、またもや涙が出てきた。
こういう展開の小説を多少は読んだことがあるものの、その小説の主人公たちのように割り切れない。
ただ、いつまでも俺のように悩んだり悲しんだりしているのもまた、進歩がないのだろう。
「……どこかで納得しなきゃダメなんだろうな……」
先延ばしでしかないが、俺は完全に納得できないままでも、取りあえず現状を変えるためだけに納得することにした。落ち着いたら、また気持ちの整理をしよう。
「……そういえば、なんかスマホに機能が追加されてるって書いてあったな……何が追加されたんだろうか?」
俺は早速スマホの画面を見て、追加された機能を確認することにした。
すると、今まであった電話のアイコンや、インターネットのアイコンなどは消えていたが、代わりによく分からないアイコンが多数あった。
そして、そこに表示されていたアイコンの一つを見て、俺は固まる。
「――――CSがこの世界でも遊べるのか?」
そこに表示されていたのは、俺の大好きなゲーム――――Card・Storyのアイコンだった。