Contact.ex-4 ご注文は兎ですか?
おひさしぶりです。
本編でやりたいことはやりきってる感じなので、久しぶりすぎて続きが全然書けなくなってしまっていました。
整合性やら横に置いた短め単話です、色々雰囲気違うと思いますがご容赦ください。
夏が終わり、秋がくる。
「……ええっと、アルバイトがしたい?」
空気は冷たいけれど、日差しは強い。厚着で出歩けば少し蒸す、そんな日。
僕は相談があって、近くの喫茶店で時間を取ってくれたミィと会っていた。
ミィのつぶやきに応じて何度もこくこくと頷いて見せると、整った顔が困惑に彩られていくのがわかった。
「サンちゃん、お小遣い結構もらってるって言ってなかった?」
こんな幼い女の子みたいな姿になって1年が過ぎ、色々慣れてきた。それでも一応元の年齢は高校相当、親からお小遣いは相応のものを貰ってる。
「…………たり、ない」
「んーと、何か欲しいものでもあるの? あ、栄司くんへのプレゼントとか?」
恋バナの気配に瞳を輝かせたミィからそっと視線を外す。最近あいつ、僕とちょっと距離がある。伊吹曰く『攻め過ぎて引かれてる、少し落ち着け』だそうで、僕のほうが浮かれてやりすぎたらしい。
冷静になってみれば、それこそ本物の幼女が年上の男の人に懐くみたいにずっとベタベタしてた。自分でもどうかと思ったので少しクールダウン中なのだ。
他の女の子の影があったら「ふしゃー」って威嚇くらいはしちゃうかもだけど、今は落ち着いてる。大丈夫だめいびー。
「違うとすると……まさかエーテルフロンティアのガチャが引きたいなんてことないだろうし」
「ッ」
聞こえてきた単語に、思わず肩がビクりとはねた。
少し前に1周年を無事に終えた世界初のVRMMO『エーテルフロンティア』、ソフトと機材こそ有料なものの課金手段は少なくて、開発資金やら運営資金はどうするんだろうなんて言われてた我らが運営が出した答えが、ガチャだった。
主にペットや騎乗アイテムが手に入るそれは、戦闘にはあまり寄与しないものの景色やあっちでの生活を楽しむエンジョイ勢の琴線を思い切り刺激してくるラインナップを揃えていた。
中でも有名キャラクターグッズメーカーとの期間限定コラボで、今は巨大な兎四郎を呼び出す人参笛が大当たりに入っている。
正直、めちゃくちゃ欲しかった。すんごい欲しかった。
でも出なかった。出なかったんですよ。
「………………」
気まずい沈黙のあと、ミィのパッチリした目が半分閉じていく。
「まさかほんとに……? まぁ、お金が必要だからアルバイトっていうのは健全だけど」
大昔から消えない人の業。世の中にはおじさんと一緒にごはんを食べてニコニコしてるだけでお金を貰える美少女限定の仕事がある。
冗談半分で言ってみたら栄司と伊吹にマジで叱られた。なので今は健全な方向にしかいかない。
姉さんと母さんには冗談でも言えない。流石にそこまでバカじゃない。
「でもね、サンちゃん中学生でしょ……難しいんじゃないかなぁ」
「…………ぅー」
問題はそこ。僕の今の身分は中学生、見た目は小学校中学年。とてもじゃないけどアルバイトなんて出来ない。どう転んでも違法なものしかない。
「メイリや牧田くんは……」
「ぁ――」
「無いね、うん。私に相談してくれてよかったよ」
なにか言う前に結論を出された。あのふたりに相談してもろくなことにならない予感はしたのだ。
入れてもらったギルド『グングニル』ではみんな後輩として可愛がってくれてる感じがあるけど、ギルマスとメイリだけはちょっと異質と言うか、ガチの気配を感じるというか。
別に嫌いではないし、メイリのことは仲の良い友達だと思ってるけどそれはそれ。
「コスプレ撮影会とかはじめかねないもんね~」
「…………」
最近、栄司にアピールする過程で「実は僕、可愛いのでは」なんてうぬぼれてはきたけど、流石にそこまでははっちゃけられない。
こちとら元は中学でやらかして引きこもり拗らせたモブ男子。「僕かわいい」なんてキャラやるのはハードルが高すぎる。
何よりそんなので友人からお金取るのはちょっと抵抗がある。
「何より、短時間でガチャ代稼げるようなお仕事は難しいかなぁ」
「だよ、ね」
10連1回3000円、他のと比較すれば安めだけど1万で30連。最高レアの確率は3%で、今回最高レアに設定されてるコラボアイテムは6種類の極悪仕様。大人はよくそんなお金出せるなぁってくらいに高い。
「別の方法考えた方がいいかもね~」
「…………たと、えば」
「持ってる人から譲ってもらう、とか?」
むむむぅ、確かに取引可能ではあるけど。そんな都合よく交渉できそうな人が持ってるとは限らないのが問題だ。
ほんと、どうしたのものかなぁ。
□
翌日ゲームにログインしてみると、目の前に騎乗兎四郎が鎮座していた。
デフォルメされた兎の顔なのに毛皮はしっかりもふもふの質感がある、耳を動かし鼻をひくひくさせる待機モーション。忠実にモデリングされた兎四郎が、長い胴を床にぴったりくっつけてだらーっとしている。
「それで、余りで1回分引けたから試しに引いてみたら1発で出たんだけどさ、正直使いみちなくて……お、サンちゃんおいっす」
持ち主であるギルマスが人参笛を片手に苦笑いを浮かべて話す、腸が煮えくり返りそうな雑音を聞き流しながら、僕はふらっと近づいて仮想キーボードを超高速で叩いた。
『ゆずってください、なんでもします』
「………………えン?」
「はいこっちなー」
「連行しろ!」
チャットを見るなり硬直してまばたきしていたギルマスが、他のメンバーに奥へと連行されていった。
「落ち着いたか、ガチになるなよ」
「超えちゃいけないライン考えろお前、シャレにならないぞ」
「すまねぇ、すまねぇ、危なかった……ヒッ」
何やらやりとりのあと振り返ったギルマスが短い悲鳴を上げてのけぞった。
何事かと後ろを見ると無表情のメイリが目を見開いて立っていた。視線はギルマスに釘付け。
僕も普通に悲鳴が出そうになって喉が引きつった。
「こほん、サンちゃんおはよう、あれ欲しいの?」
先程までの表情が嘘みたいに笑顔のメイリが僕を見る。なんて答えたらいいのこれ、欲しいけど絶対に口に出しちゃいけない気がする。
「その兎が欲しくて小遣い突っ込んで爆死したんだ、そいつ」
兎四郎が視界を遮って気付かなかったけど、栄司もいたらしい。ものすごく呆れた顔をされてしまった。
『ほんきで凹んでるんだよ、あんまり弄ってると反撃するぞ』
「反撃ってなんだよ」
『おばさんに入れてもらって夜中に布団に忍び込んでやる』
「やめろ」
「アホなやり取りしてないで止めてやれ、サン」
同じく影になっていて気付かなかった伊吹に言われてメイリの方を見ると、今にもPKしそうな雰囲気をまとってギルマスに近づいていっていた。
「めいり、まって」
『自分で交渉するから!』
言葉の直後にメッセージウィンドウを出して慌てて止めに入る。
「サンちゃん、まっててね、すぐ奪ってあげるから」
「メイリ落ち着け、譲ることは問題ないからっ!」
必死のギルマスの呼びかけに何とか止まったのを見て、ほっと胸をなでおろす。
というか何でこんな感じになってるの。例の夏イベント以来どうにもタイミングが合わなくて会ってなかったけど、なにかあったの?
『りばー、メイリと会うの1ヶ月ぶりだけど、何かあった?』
「1ヶ月ぶりだからだろうな」
わかんねぇ。
「病気が進行したんだよ……」
「?」
栄司が憐れみを込めた視線をメイリに向ける。なに、なんか持病でもあるの。
「毎日のように会ってるあんたにはわかんないでしょうねぇ……!?」
「やべ飛び火した!? 毎日は会ってないから、落ち着け」
「う、ん」
『ミィと伊吹と4人でサイゼでごはん食べてからだから、ゲーム内でも会うのは3日ぶり』
「それ知らないんだけど!!」
安くて美味しいで有名なファミレスチェーンでごはん会した後、暫く予定が合わなくて会ってなかった。それを伝えたらまだメイリが吠えた。
「だ、って……」
「俺がグループチャットで聞いたら忙しくて抜けられないと言っていたが」
突発的に決まったんだけど、ミィのスマホがちょうどバッテリー切れちゃってて、伊吹が『栄司たちとサイゼリアで食事するけど来るか?』って連絡したんだよね。そしたら忙し過ぎて出らんないって半ギレ気味の返事が来てた、スタンプ付きで。
「ざん、ねん」
「あれかあああああああああああああ!」
メイリが叫んで膝から崩れ落ちた、近くに脳波異常の警告アラートが出てる。激しい動揺とか精神的に凄いショック受けてると出るやつだ。
な、なんかいっぱいいっぱいみたい。
「ふふ、ふふふ、何が文化祭、何が青春……むさい男たちじゃなく、かわいいものに囲まれて生きていきたい……」
「たい、へ、そう」
聞いてみると文化祭の時期が近いとかで生徒会長様は大変らしい。
……かわいそうに。
□
「まぁ一応高価なアイテムだし、流石にほしいと言われてぽいっとわかってる譲るつもりはある落ち着け」
「どう、どう」
いつにもまして扱いの難しいメイリの頭を膝の上にのせてぽんぽんしながら、僕はギルマスとの交渉に挑んでいた。
こういうのも砲艦外交っていうんだろうか、違う?
「うぅ……サンちゃん、サンちゃんだけが癒やし……」
「よ、し、よ」
理屈はわからないけど、バーチャル世界でも僕が膝枕をするとメイリの中の何かが回復するらしい。だからメイリのためにやってはいるけど、何かってなんだよ怖いんだけど。
「でもアストロさん、ちょっと怯え過ぎじゃ」
見守っていたギルドメンバーがメイリの威圧に圧されるギルマスを見て笑う。だけど僕たちは全く笑えなかった。
「今のメイリ、扱い間違えるとリアルでなんかしてきそうだからな……」
ギルマスがぼそっと呟いた通り、リアルで繋がりあるんだよね僕たち。普段はまぁ冗談とじゃれ合いの範囲だけど、今日のメイリは精神的に限界っぽいからなぁ。
「…………」
案の定ドン引きされながら、僕は咳払いして話の軌道を修正する。
「じょう、けん、く……」
市場でいくつか出てるけど、この手のアイテムは正直結構お高い。実用一辺倒の超級装備ほどではないけど、相場的には簡単には手が出ないお値段だ。
しかも僕はガチャが出る直前に装備更新したばかりで、貯金も貯蓄もかなり厳しい状態。
「一日デ……また撮影会でもするか?」
また危惧してた撮影会が……でもまぁガチャ代せびるより、現物と交換でやるほうが健全な気がしなくもない。
一瞬出かけた不健全な単語に反応しかけたメイリの頭を撫でながら、僕は頷いた。
「その、くら、なら」
「でもなぁ、一回だけっていうのもなぁ、売れば……もうちょっと条件を詰めようか!」
ちょこちょこ欲望が漏れたりしてるけど、ギルマスは凄く僕にとって好条件で話をまとめてくれようとしていた。余力があるわけじゃなかったからありがたい。
……本当にありがたいなぁ。
メイリの頭を撫でる手を止めないようにしながら、ちょっと遠い目をしてしまう。
「……なぁリバー、こういうのも砲艦外交って言うのか?」
「……返答しかねる」
膝の上の限界さんを何とか宥めながら交渉を続けた結果、時間を短くした撮影会2回分と幾ばくかの借金で騎乗用兎四郎は正式に僕のものになった。
ついでにメイリとお出掛けする約束もしたけど、安い買い物だったと思いたい。