Contact.ex3-3 紺碧の神殿★
なし崩し的に七人で突入することになった新しいダンジョンの名前は、『紺碧の神殿』。
侵入用のポータルが設置されているのは湖に沈んだ神殿へ続く階段の前。雰囲気バツグンの場所。
人数確認を終えるなり我先にと中へ突入した僕を待ち受けていたのは、所々が水没した古びた神殿の風景。水の流れる音が、青白い光で照らされた不思議な空間に響いている。
環境音の広がり方からしても、空間的な広さは結構ありそうだった。もっとも、照明が要所に設置された光る石しかないので全容はとてもつかめないけれど。気になる点といえば足元が浸水している事くらい。
もっとも水位はくるぶしくらいまでだから、実際の行動にそこまで大きな支障はなさそうだけど。
「おっと」
「わっ、水?」
ばしゃばしゃと水の跳ねる音に振り返る。栄司とメイリとミィが移動完了したようだ。
「サンちゃん大丈夫だった? 怖くなかった?」
「もう、おちつい、た」
抱えて移動される時のどきどきと時間経過で緩和されたのか、今では心も落ち着いている。濡れていない石に腰掛けて、雑談しながら装備の確認をすることにした。
夏を前にしてエンチャントマスターから、最上級クラスのグリモワールになったことで僕の戦力も大分向上した。
大きく変わった点は、≪魔本術≫というアビリティを取得したこと。専用装備の魔導書を装備することにより、魔術師と賢者の魔法を最上級まで使えるようになった。つまり、上級クラスであるアークウィザードやワイズマンが使える魔法スキルが全て使える。
……もちろん、他の底上げスキルや能力が無いから実際の性能は大きく劣る。ていうかあらゆるスキルの攻撃性能はスキルレベルで大きく変わらない。付与でもそうであるように、職業アビリティによる強化の影響が大きいから仕方ないのだけど。
幸いにしてグリモワールは転職時点で純付与型に必要なアビリティは全て取れるので、後は純粋な戦力強化に集中できる。効率も上がってるし、夏が終わるまでにはレベル八〇――現行のレベルキャップ――に到達できるだろう。
そんな事を思い返しながら装備の点検をしている間に、続々とパーティメンバーがダンジョンに入ってくる。準備を終えた組は水を蹴って遊んだり、光景を眺めたりして時間を潰していた。
「静かだねー、なんか神秘的な雰囲気ー」
「水は奥に流れてるわね、水場が多いのかしら」
「みずぎ、ひつよう、かなぁ」
可愛い水着を手に入れたので、出来ることなら明るい所でお披露目したい欲もある。でも恥ずかしくもあってなんとも悩ましい。性能的に必要なら着たほうがいいなら切っ掛けになるんだけど。
「水着は必要になってからでもいいだろ」
「だな」
続々と揃っていくメンバーを尻目に装備の点検を終えて立ち上がる。ミィの支援魔法に合わせて僕も付与魔法をかけて準備完了。斥候役のすあまさんを先頭にして攻略を開始することになった。
□
エーテルフロンティアのダンジョンは、ギミックなどはあっても基本的に一本道だ。フィールドマップと比べても、プレイヤーの移動できる範囲はひどく狭い。これには賛否両論あるけど、僕としては解りやすくていいと思う。
探検や山登りはフィールドマップですればいいし、フィールドの方が見て回れる場所も充実しているのだから。
そんなわけで、実質一本道のダンジョンを軽い足取りで進んでいく。
道中で出現するモンスターは半透明な魚のゴーストみたいな敵だった。メイリがびびりながら『タウント』でヘイトを集めて、僕とギルマス、伊吹が中心となって雷魔法で処理していく。
「≪スペル・エミュレート『サンダーフォール』≫」
グリモワール用の攻撃スキルを口頭で発動させると、本から溢れ出る光が上空で小さな魔方陣を作り、そこから無数の雷の槍が降り注ぐ。ダメージを受けた半透明の魚がノックバックモーションを取って硬直した。
「≪スパークウェブ≫」
「≪チャージバースト≫……≪サンダーフォール≫!」
硬直の隙をついて放たれた伊吹の魔法は、雷の糸で魔物を縛り上げて高確率で麻痺させるもの。続いてギルマスが次に撃つ魔法を強化するスキルを使い、僕と同じ魔法を放つ。
うん、落ちてくる雷の太さが四倍くらい違う。ついでにいうと落ちてくる量も倍以上違う。僕の魔法で二割ほどしか削れなかったライフが一瞬で削れて、床に落ちた魔物が溶けるように消えていく。
同じ魔法系の最上級職でもアビリティ構成でここまで違う。おかげでグリモワールでも純付与型が『エンチャする機械』や『戦える置物』の汚名を払拭できていない。火力と補助両方できるから、利便性は高いんだけどね……。
「取り敢えず、雑魚で厄介な敵はいなさそうね」
「……そうだな」
ドロップを確認しながらつぶやくのはメイリ。答える栄司は先ほど「魚の幽霊!?」と怯えていた彼女の醜態をなかったことにしたらしい。
それから何度かの戦闘を経て、メイリがゴーストに慣れてきたところで中ボス部屋に辿り着いた。今までのエリアが嘘のように明るい円形の広場。中心に円状に広がる湖があった。水深はかなりあって、暗くて底が見えない。
全員の入場を待ってから出口が閉じられると、湖から人形めいた美貌の人魚が浮かび上がってくる。どうやら戦闘開始のようだ。
「陣形準備! 後衛は遠距離に注意!」
「了解」
「ん」
ギルマスの指示を受けて、メイリと並ぶように剣を使う栄司が前に出て、後衛組はその後ろに固まる。弓持ちのすあまさんは中衛として中間あたりに立つ。
「――――♪」
人魚が口を開いてハープのような音色で歌い出すと同時に、湖から大量の雑魚敵……半透明な魚の群れが湧きだした。
「後衛は雑魚処理! 前衛は敵を通すな!」
「任せて!」
「ちょっと多くないかこれ」
ライフ自体は通常のモンスターより落ちるようで、栄司が剣で斬り付けると一撃で溶けるように消えてしまった。ギルマスは大技に入るようなので、僕と伊吹で雑魚散らしをやることにする。
アイコンタクトで簡単に打ち合わせて、使う魔法を選択する。……ほんとに出来てるかは分からないけど、相手は伊吹だし適当でなんとかなると信じたい。
「≪ユピテルプリズン≫!」
「≪カラーブースト・イエロー≫≪スペル・エミュレート『サンダーフォール』≫!」
伊吹が使ったのは雷をまとった魔法陣で敵を束縛する、賢者系最上級クラス『フィロソフィア』の魔法。出現したスパークする光の輪がくるくると回転して光の粒子をまき散らす。敵のライフが持続ダメージでジワジワと削れていくところに、強化した僕の魔法が合わさって一気に敵を蒸発させた。
カラーブーストは次に放つ特定属性の攻撃の威力を大きく上げる代わりに、触媒としてそれなりに価値のあるアイテムを消費する。必要がなければあまり使いたくない魔法スキルである。これだけやっても威力はギルマスの半分くらいなんだけどね……。
そして激しい雷のエフェクトが発生したせいか、ちょっと目がチカチカする。
雑魚敵が散らされたタイミングを狙い、すあまさんは弓で人魚を狙っていた。しかし結界らしきものに阻まれてダメージは与えられていない。
条件があるのか、そもそも攻撃対象じゃないのか……。手をこまねいている僕らを尻目に、人魚は歌の調子を変える、また次の雑魚が水中から現れる。
「でかいのいくぞ! ≪ヴォルテックロア≫!」
しかし、ちょうどギルマスも準備終えたようだった。人魚を中心に現れた雷の球体が炸裂し、部屋全体を埋め尽くすような放電現象が巻き起こる。
……システム的に許可された一部のマップ以外では、プレイヤーに攻撃できないために誤爆は発生しない。だけど攻撃自体はきちんとぶち当たる、正確には接触と同時にシステム的な完全防御が起こって無効化されるのだ。
何が言いたいかというと、轟音を立てて飛んでくる雷の束が怖い。めっちゃバリバリいってる。
しばらくして放電現象が収まると、やっぱり人魚は無傷のままで次の歌へと入っていた。
時間経過か、雑魚をどうにかするイベント戦闘っぽいなぁこれ。
「うーん、攻撃無効みたいだし、雑魚処理優先で温存!」
「めんどくさいわねぇ」
「一応油断はすんなよ」
ギルマスの困ったような宣言を聞いて、力を抜いた僕たちはその後も湧き出る雑魚を処理し続けるのだった。
□
計五回、湧き出る雑魚を処理したところで人魚は水中に戻っていった。イベント戦闘だったらしく、少し拍子抜けした。少しして奥へと続く巨大な扉が開いていく。
「よーし、行くぞー」
ギルマスの号令を聞いて、更に奥を目指して歩き出す。扉の向こうには薄暗い廊下が続いていた。左右の壁には壁画のようなものが描かれている。何かの儀式や神話を示しているもののようだ。うーん、よくわからない。暫くすればまた考察が出るだろうし、後でゆっくり調べよう。
スクリーンショットをちょくちょくと取りつつ、さほど長くはなかった廊下を抜けた。
次のフロアに広がっていたのは、陽の光を受けてきらめく地底湖だった。天井は透明な材質で出来ているようで、上に広がる湖の水を透過して太陽の光が降りてきている。
湖の底は白砂が敷き詰められ、色づいた水晶のような質感の樹らしきものが無数に生えている。海底に広がるサンゴの森を連想させるような、美しい光景だった。
「綺麗……」
「きれい、だけど、どうする?」
見惚れる女性陣に混ざりかけたけど、残念ながら今はダンジョン攻略中である。ここから先は流石に通常装備では難しそうだ。
「完全に水中だなぁ」
「水着を用意してくるべきだったか」
ギルマスは手で水をかき回しながらつぶやいて、伊吹は真面目に装備の不具に溜息を吐く。
水着があれば問題なさそうだけど、無くても攻略できるようにはなっているはずだ。でも有利になる何かしらのギミックがある……といいなぁ。
「みずぎ、もちで、せっこう?」
「仕方ないわねぇ」
水着を持ってきているのは、このメンバーでは女性陣くらいのものだろう。おしゃれ用に衣装系のアイテムを持ち歩いてるのは主に女性だ。所持できるアイテム量の関係から、男性は実用的な装備が中心なことが多い。
実を言うと僕も半年前までは実用品中心だった、けれど着飾るのが楽しくなってきてからはおしゃれアイテムが増えつつある。今もインベントリには水着を含めて三着ほどの着替えが入っている。
「それじゃあ、着替えるから男の子はむこう向いててねー」
同意を得た所でミィが笑顔で男性陣に指示を飛ばす。もっとも着替え自体は一瞬。何も見えるはずがないのだけど、男の人に見られながらは気分的にも恥ずかしいのだろう。
僕は……ぶっちゃけてしまえば、伊吹とかには見られていても割と平気だったりする。
栄司だけは、裸を見られると顔から火が出そうになりそうで無理。ギルマスはなんか身の危険を感じるから嫌。その他の男の人も基本的には嫌……。我ながらよくわからない選別基準。おんなのこ教育担当の姉も呆れた表情を浮かべているくらいだ。
「見たらぶちのめすわよ」
「安心しろ、俺が興味あるのはサンちゃんだけだ!」
「だからサンちゃんの着替えを見たらぶちのめすって言ってんのよ」
メイリとギルマスのお馬鹿なやりとりを尻目に、手早く装備ウィンドウを出して着替えを済ませる。指先で装備を水中用に設定すれば、外見もローブからおニューの水着に変更完了。出来れば遊園地とかで見せたかったけど、冷静に考えれば人がいなくて助かったかもしれない。
メイリはブルーの三角ビキニ、ミィはオレンジカラーのビキニ。すあまさんは……僕の頭ほどあるとんでもない質量の代物を、赤いビキニで覆っていた。ていうか赤ビキニって、実は結構自分の身体に自信あったりするのだろうか、こわい、すあまさんが怖い。
「もういいよー」
「お、おぉ……天使のようだ……」
僕の姿を見て拝み始めそうなギルマスを意識から排除して、栄司のところへと歩いて行く。
うわぁ、そういえば水着なんて見せるの去年の夏以来だ。そう考えると急にドキドキしてきた。変じゃないよね、大丈夫だよね?
「え、えーじ、どう?」
って、動揺して思わず本名を言ってしまった。
「あー似合ってる似合ってる」
栄司はそう言うと、もじもじとする僕の頭をぽんぽんと、軽い手つきで撫でてくれた。どうしよう、すごい適当にあしらわれてる。すっごい棒読み。なのに『似合ってる』という言葉がそんなのどうでもいいくらい嬉しい。
取って返してミィへと駆け寄ると、手を取り合って飛び跳ねる。
「よかったねー、可愛いっていってもらえたねー」
うん、言われてないけど嬉しかった!
「なぁ知恵を貸してくれ親友、最近どうあしらってもこうなんだ、俺どうすりゃいいの……」
「……俺を見るな、頼るな、諦めろ」
一年ちょっと前までバカにしていた『恋する女の子は無敵』という言葉の本当の意味が、今ならなんとなく解る気がする。
「メイリ、あの赤い髪のやつボスの生贄にしようぜ」
「ヘイト調整してみるわ」
□
水中ペナルティを避けた男たちを残して、すあまさんを先頭に僕たちは地底湖へと足を進めた。透明度の高い水の中は遠くまで見渡せるが、一応狼耳は装着したままだ。未だに探索においてあれを超える補助装飾に出会えていない。
酸素ゲージが少しずつ減るのを横目で見ながら、先を行くすあまさんたちを泳ぎながら追いかける。今着ている水着だと水中ペナルティの全ては無効化出来ないのだ。以前着た白いスクール水着がどれほど高性能だったかが伺えて腹立たしい。
見た目用のネタ装備ほど性能が高いところにスタッフの底知れない悪意を感じる。
げんなりした気分を癒すように、湖底に沈む水晶の森を眺めながら泳ぎ進む。少なくとも見える範囲では何もなく、至って普通の地底湖にしか見えない。
近くを泳いでいたミィと顔を見合わせ首を傾げる。
しばらく探索していると、唐突に地面が揺れはじめた。慌てて水面に浮上して酸素を補給する。
「何これ!?」
息を大きく吸い込んでいたすあまさんが、湖底を見ながら叫び声を上げた。白砂が敷き詰められた底が徐々にせり上がってきている。移動中に何かのフラグを踏んだのか、それとも単なる時限イベントだったのか。
「サンちゃんこっち!」
陸地へと泳ぎ始めたメイリに引っ張られて水中を移動する最中、振動を続ける湖底はついに水の上までせり上がった。砂が落ちたことで顕になった円形の水晶が、まるで足場のように湖面へと顔を出している。
「あし、ば?」
「ボス部屋みたいだねー」
足場のひとつに上がったメイリにミィと一緒に引っ張りあげられてすぐ、インベントリから出した本を手に身構える。すあまさんも別の足場に無事たどり着いたようだ。
入り口からは、栄司たちが慌てた様子で足場を辿ってこちらへ向かってくるのが見える。
しかし僕たちが合流するよりも早く、ダンジョンの主は姿を現した。
細長い身体をきらめく水晶の鱗で覆い、色鮮やかなヒレを優雅にくねらせたそいつは、湖面から顔を覗かせて僕たちを見ていた。頭の上に人形めいた美貌の人魚を乗せて、水晶のような瞳には何も映していない。
表示された名前は『水の巫女リシエ&水晶竜メルクリム』、どうやらあの人魚は巫女という設定だったらしい。その作り物のような顔の中、血色の悪い唇がゆるやかに歪められる。僅かに開いた口から漏れる歌声が、厳かに開戦を告げた。
「水中に落ちるとやばいぞ!」
「足場気をつけろ!」
着替えている余裕はちょっとなさそうだ、水中を縦横無尽に動く水晶の竜は水の砲弾を打ち出し、正確に僕たちを狙ってくる。しかし水着によって水耐性が上がったメイリが、苦も無く剣と盾で打ち払ってくれるので今のところダメージは無い。
「≪スペル・エミュレート『ライトニングセイバー』≫」
「あぁ、当たらないっ!」
狙って雷の剣を打ち出すものの、速度が早く避けられてしまう。水中にいては前衛組は手の出しようもないし、すあまさんの弓もあれに追いつかない。
「≪ラージ・マジック≫≪ヴィスコシティリキッド≫!」
範囲拡大スキルを使った伊吹の魔法は、粘性の液体を飛ばして相手の動きを鈍化させるもの。水中の敵にどれほど効果があるかと思えば、意外にも効果は覿面だった。明らかに速度が落ちた竜の身体に魔法が当たり、水晶で出来た身体を砕く。
これならいける、そう思った瞬間だった。
『≪アクアランス≫』
水晶竜に乗っていた人魚が機械的な音声で魔法名を告げた。遠距離攻撃を当てた僕と伊吹、すあまさんとギルマスへと向かって、水を固めて作った槍が飛んでくる。
「させない!」
「きゃあっ!」
「どわっ!?」
「しまった、アストロが」
僕へ飛んできた槍はメイリが割り込んで弾いてくれたが、ギルマスは近くに誰も居なかったために直撃を食らって水中へ落ちていった。すあまさんはギリギリで回避し、伊吹の分は栄司がカットしているので犠牲者はひとりだけだ。
「エース! すあま! ギルマスのフォローを!」
「解った!」
伊吹の指示を受けて栄司とすあまさんが足場を越えてギルマスの落ちた場所へと急ぐ。
だとすれば僕のやるべきことは敵の注意をギルマスから引き離すことか。
「≪スペル・エミュレート『トールスマッシャー』≫」
数秒の待機時間を経て完成した魔法が発動する。代償としてマナポイントをごっそりと持って行きながら、極太の閃光が動きの鈍ったままの竜を撃ちぬく。ボスだけあってかなりタフだ、僕の使う魔法の威力が低いことを抜きにしても、ライフゲージは殆ど削れない。
「≪ストロング・マジック≫≪フロストチェーン≫」
効果を強力にするフィロソフィアの補助スキルを使いながら、伊吹が氷の鎖を放つ。逃げようとする竜の体に青い光がまとわりついて、凍らせていく。無事に凍結の状態異常がついたのか、竜の動きが更に鈍くなった。
攻撃を縫うように打ち出される水の砲弾や槍は全てメイリがはたき落としてくれる。しかしこちらも致命打を撃つことは叶わず、お互い一進一退のままにらみ合いのような状況は続いた。
「ええい、よくもやってくれたな!」
その膠着状態も、水中から無事に復帰したギルマスが参戦したことにより、天秤が大きくこちらに傾いた。魔術師系列は伊達に魔法火力の花型と呼ばれていない、僕の魔法とは比べ物にならない威力の雷魔法が降り注ぎ、確実に竜のライフを削っていく。
……悲しくなんか無い、僕の本領は戦闘ではないのだから。
「このまま押し切る――」
「訳にもいかなそうだ!」
竜のライフが半分に近づいた頃、攻撃魔法を打っていた人魚がギルマスへ向かって跳びかかっていった。手には氷で出来たような三叉槍を持ち、手練じみた動きで攻撃を繰り出す。既の所で栄司が槍を受け止め弾く。
「エース! すあま! そのまま人魚を抑えてくれ! 魔法組は竜を攻撃!」
「任せろ!」
「わかった!」
栄司がメインとなって人魚の相手をして、短剣に持ち替えたすあまさんが隙をついて攻撃するという形式のようだ。流石にゲーム内でよくパーティを組むためか連携がしっかりしていて……なんだろう、ちょっとイライラする。
「竜も上がってくるぞ!」
栄司達に割いていた僕の意識を、ギルマスの声が呼び戻した。慌てて正面を見れば業を煮やしたのか、竜が水面から身体を出してこちらを直接叩こうと迫ってきている。
「てりゃあああ!」
メイリが伸びた竜の横っ面を、スキルの光を纏った盾で思い切り弾いたことで、ヤツの企みは潰えたようだ。倒れたところに僕と伊吹、ギルマスの攻撃魔法が次々と突き刺さる。
「サンちゃんに手をだそうなんて、私が許すわけ無いでしょうが」
力強く言うメイリだけど、水着姿じゃいまいち迫力がない。
「押し切るぞー!」
ギルマスの声に応じるようにどんどん魔法を叩き込む。栄司の方も順調なようで、以降は危なげもなく人魚と竜のライフを三割を削ることが出来た。
さて、問題は……。
「ここから、だな」
緊迫する伊吹の声に反応するように、僕たちも警戒を強める。
ゲーム全体から見るボスの傾向としては、ライフ残り三割前後まではそこまで強くない。レベルが適正で連携がしっかりしていて、ちゃんと対処ができるなら初見でも余裕で削ることができる。
問題はボスが通称『発狂モード』、狂奔状態に陥ってからだ。最近のボスは特に発狂時の行動変化が顕著で、強さが次元違いになる手合も居る。ヒーラーはひとりだけだし、一〇人ダンジョンに七人で入っているせいで補正がついてボスが弱体化されているとしても、油断はできない。
丁度ライフの三割を下回った人魚が叫び声をあげると、水晶竜が赤く発光して――爆音を立てて砕けた。
「なっ」
「うそっ」
ぎょっとする僕らの眼前を、分裂して小型になった大量の水晶竜が飛び回っている。隊列を組むように動いていた小竜の群れが、人魚の手振りに合わせて僕たちに向かって襲い掛かってくる。
「数が多い、気をつけろ!」
「げ、やばっ!」
流石に数が多すぎる、メイリでもカバーしきれなかった数匹の小竜が脇をすり抜けて、僕とミィの身体を突き飛ばす。
「あくっ」
「きゃっ」
攻撃力自体は、幸いな事に大したことがない。だけどこれはマズイ、数が多くて早いため前衛のカバーが間に合わず、後衛は敵を捌き切れない。
背中から水に着水するなり、水中からも新手の小竜が襲いかかってきた。咄嗟に手にしていた本ではたくが、殆どダメージになっていないようだ。
一応新しい小型モンスター扱いなので攻撃が通じることはよかったけど――ん、ってことは水晶竜はもう死亡した扱いになってる?
ってことは、もし人魚を削って竜が分裂するなら、別に竜の方は倒す必要はなかったりするのではなかろうか。
そういえば、竜は最初から人魚に従うような動きを見せていた。というか水晶で出来ている時点で、生物として単独で成り立っているとは思えない。中ボス部屋でも人魚がモンスターを操っているように見えたし、ここはそういうギミックなんだろうか。
つまるところ、人魚が本体。
「人魚をねらえ! 恐らくそっちがボスだ!」
体勢を立てなおしているミィを守るように本で小竜を迎え撃ちながら、水上へ視線を向ける。揺らめく水の先では、伊吹が人魚狙いの指示を出しているのが聞こえた。
何体目かの襲撃を打ち払った時、飛び込んできたすあまさんが僕たちを庇うように短剣を振るって周囲の小竜を倒す。ハンドサインで上がるように指示するすあまさんに頷くと、ミィと一緒に足場へと復帰した。
水上では小竜に守られた人魚と、栄司とメイリのペアの激闘が繰り広げられていた。
遠距離組は襲い来る小竜の相手で手一杯で、まともに支援もできていない。
「≪フィールド・マイトパワー≫≪フィールド・ガーディアンフォース≫」
栄司達が戦っている足場を中心に、バフを撒く陣を設置するスキルを使う。攻撃強化、防御強化、後は……。
「≪フィールド・リジェネレイト≫」
自然回復強化、これで少しは戦いやすくなるはずだ。
「わっ」
バフを察知されたのか、数匹の小竜が襲いかかってくる。足を滑らせかけた僕をかばうようにすあまさんが小竜を叩き斬り、僕を抱えて別の足場へと飛ぶ。これ地味に厄介だなぁ、迂闊に回復も飛ばせない。
前半は前衛が戦いにくくて、後半は後衛が戦いにくい戦闘パターンか。中々にいやらしい。
すあまさんが護ってくれてる間に本を槍に持ち替えて、完全に小竜対策に切り替える。上位の付与術は強力な分、マナの消費が激しい。魔法を使うには心もとないので、槍の方が効率よく倒せる。
それにしても、ボス戦で出てくる雑魚にしては随分と弱い。逆に数だけは無尽蔵の気がするけど。実際にギルマスや伊吹が範囲魔法で焼き払っているけど、少しも減る気配がない。
「みぃ!」
「やっほ」
杖で身を守りながらこっちに向かってきたミィと合流して、三人で背中合わせに小竜へ対応する。槍を振り回して近づいてくる小竜を撃ち落としながら、人魚のライフゲージを見る。残り二割……苦戦はしていても着実に削っていってる。
「あ、ギルマス落ちた」
「えっ」
『くっそおおおお』
すあまさんの声に反応してギルマスに視線を向けると、小竜にライフを削りきられたギルマスが水面に浮かんでいた。見事な土左衛門である。
「ごめーん、範囲外だよー」
回復にも射程範囲がある以上、移動しにくいこの足場もかなり厄介だ。何しろ支援が満足に届かない。ミィも頑張っているが、人魚と戦う前衛組への支援で手一杯のようだ。
「チィッ」
手にした杖を剣のように振るいながら、伊吹が足場を辿ってこちらへ来る。栄司ほどではないが彼も剣道経験者だ、杖で叩いてなんとかなる相手なら、接近戦でも簡単に遅れは取らない。
このゲームの良い所は、ステータスやアビリティ、スキル以外にもプレイヤーの技術力で応用が利いたり補えたりするところだと思います。
しかしまずい、メイン範囲火力が落ちたせいで小竜の数が増える一方だ。
「ちょ、まっ、ぐえっ」
小竜に的になりやすい胸部装甲を叩かれていたすあまさんが、乙女にあるまじき声をあげてのけぞった。どうやら喉に突撃を食らったらしい。痛みはほぼ無いといっても、見るだけで喉を抑えたくなる光景だ。
「エース、メイリ! 後衛が持たんぞ!」
何とかミィへの突撃は撃ち落とせているけど、今度は自分が無防備になってしまう。脇腹や脚に衝撃が訪れて、転びそうになるのを堪えながら槍を振るう。ここで生命線を失う訳にはいかない。
「ぐぬぬぬぬ!」
栄司もメイリも一刻も早く人魚を倒そうと、全力で攻撃をしかけている。
必死の攻防戦の中、人魚のライフが一割を切ったあたりで攻撃が強烈になったようだ。目に見えて栄司とメイリのライフ減少速度がはやまった。
「サンちゃん、しんじてるからねー!」
僕の背中に声をかけたミィが、全力で回復支援を始めた。ヘイトがずれて、小竜がミィへと殺到する。
当然だ、栄司と伊吹以外で、この姿になってから初めて出来た親友なのだから。ゲームの中でくらいはかっこつけて、守るくらいやってもバチは当たらないだろう。
ミィの顔めがけて突撃してきた小竜を槍で切り落とす。まだ動く、まだいける。
脇腹に、背中に、足に腕に走る鈍痛を無視して、ミィに届きそうな小竜だけを狙って貫いていく。横目で見た伊吹が大規模な魔法の準備を始めるのが見えた。どうやらターゲットが逸れたことで魔法を準備する余裕が出来たらしい。
一匹、二匹、四匹。最初は少数だったのに一度の攻撃で襲いかかってくる敵の数が倍々ゲームのように増えていく。スタミナの残量だとか自分のライフだとか、細かいことは意識の外に追い出した。
自分の体にぶつかる小竜は放置だ、ただミィに届かせないことだけを考える。反対側ではすあまさんも自分を盾にして頑張っている、負けていられない。
「≪ディストーションフィールド≫!」
一秒が何分にも感じるような戦いの中、とうとう伊吹の魔法が発動した。空間が波打つように振動しながら、僕たちを埋め尽くすように殺到していた小竜達を凄まじい勢いで押し流していく。
しかし、ほんの少しだけ足りなかった。魔法の発動と同時に最後とばかりに突撃してきた小竜の一撃で僕のライフは完全に尽き、死亡状態へと移行してしまう。
視界が切り替わる最後の瞬間に見えたのは、魔法の影響で一瞬だけ無防備になった人魚に対して、渾身の一撃を叩き込む栄司の勇姿だった。
□
かくして、新しいダンジョンでの初見ボス戦は無事『グングニル』の勝利に終わった。
戦闘不能者はギルマス、僕、そしてすあまさんの三人。勢いだけで突入したダンジョンの戦果にしては上々ではないだろうか。僕としては最後にミィを守り切れたので満足である。
「ありがとねー、サンちゃんかっこよかったよー」
「がん、ばった」
一段落して、今は戦闘終了後のボス部屋にて体勢の立て直しとドロップの確認を行っている。
ドロップの分配計算をしているギルマスたちを尻目に、全員の蘇生を終えたミィと水晶の足場に腰掛けて話しながら、足で透明な水をかく。
「それにしても、厄介な敵だったわねぇ」
「戦闘不能とか久々かも」
メイリとすあまさんは折角着替えたのだからと、湖をプール代わりにぷかぷかと浮かんでいる。面倒な計算は男連中に丸投げである。いっそ清々しいくらい女を使いこなしている感じがする。
「れんけい、と、たいさく、が、ひつよう、かも」
今回のボスは変わり種だったが、対策さえきちんと立てればスムーズに倒せそうではある。今回の苦戦の原因は前衛不足だ、火力をギルマスに頼った結果、前半は楽で後半で苦労したのだ。
栄司とメイリはどちらとも騎士系列の最上級職、『ロイヤルガード』。このクラスの特徴は隙のない補正値と職業アビリティ群だ。高い体力と防御力を武器に、どんな相手とも安定して戦える。そういった弱点の無さが強みでもあり、同時に弱みでもある。
メイリは防御やヘイト稼ぎを優先した盾型ビルドなので攻撃力はほぼ無い。栄司は両手剣を使うため攻撃寄りではあるものの、突出した火力は持っていない。
すあまさんは中衛である斥候系列で、純斥候型ビルドだから火力に期待するほうが間違っている。
うーん、強力な前衛火力……姉さん、呼んだらくるかなぁ。
「サン、ドロップ分けるぞ」
「あ、うん」
考え事をしているとお声がかかった、どうやらもう分配が始まったらしい。自分の分の分前をしっかりと頂いてインベントリに格納する。
「よし、んじゃダンジョン攻略おつかれさまでした!」
「おつかれ、さま」
「おつかれー、次は遊園地よね」
「おつかれさま、遊園地いったらジェットスライダーやってみようよー」
おつかれさまを言い合って次の瞬間には遊びのことを考えている、その元気さ嫌いじゃない。どうせ遊園地でも水着になるだろうし、損傷もしてないからそのまま行っても大丈夫かな。
「元気だなぁ……」
「げんき、が、いちばん」
「違いないな」
呆れる栄司に対して胸を張って答えると、伊吹が面白そうに笑った。
「外でまってるねー」
「サンちゃん待ってるからねー!」
そうこうしている間に、ボスを倒した直後に出現した脱出用のクリスタルに触って、ひとりずつダンジョンの入口へと戻っていく。僕もクリスタルに触れて脱出確認ウィンドウを出し、承諾ボタンをタップする。三〇秒ほどの移動待機時間が終わればお外だ。
「ゆうえん、ち、たのしみ」
「それよりも外の人混み、覚悟しとけよ」
移動の待機時間が終わる直前に放たれた、栄司の言葉に凍りつく。
外、人でごったがえしてるの忘れてた。
おまたせしました