Contact.ex3-1 またの名を戦装束
幻想の地≪エピリフ≫。春先に行われたアップデートで追加されたマップだ、最新エリアにして攻略の最前線。数千年前に滅びた妖精族の遺跡というバックストーリーを持つこの地は、雄大な自然に囲まれた遺跡のような外観を持つ。
最近になって空を彷徨っている所を発見され、調査隊や商人が集まってひとつの街を形成していった。という設定らしい。とはいえ人が集まっているのは事実なので、そのうちインフラも整っていくことだろう。
というのも街としての機能は他の大都市と比べて明らかに乏しいものの、最新のダンジョンへのアクセスが非常に便利なのだ。僕の所属するギルド、『グングニル』も例に漏れずこの地に本拠地を移していた。
「サンちゃあああああああん!!」
「!!」
ログインを終えて視界が開けた瞬間、左側の死角から凄まじい瘴気を感じた。咄嗟に左前方に向かって勢いをつけて前転すると、先ほどまで僕の居た場所を猛獣の腕がすり抜けていった。危ない、反応が遅れていたら犯られるところだった。
「くっ、久々のサンちゃんなのに……」
というかログインしてノータイムで襲われそうになるなんて、いくら未開の遺跡といっても治安が悪すぎじゃなかろうか。猛獣を野放しなんて何をやってるんだエピリフの自然保護官は。
「サンちゃん、こんにちはだよー」
「こん、ちゃ」
警戒しながら飢えた猛獣と睨み合っていると、その肩を押さえて自然な形でブロックしながらミィが笑いかけてきた。小さく手を振って挨拶を返すと、近くにあるソファーに腰掛ける。
ギルドが勝手に使っているのは中規模の民家跡。流石に遺跡の建物だけあってボロさ目立つものの、メンバーの持ち寄った家具のおかげで居住環境はそこそこ整っている。室内を見回したところ、近くにはミィとメイリしか居ないようだ、ある意味丁度良かった。
「そ、いえば、メイリ、ひさしぶり?」
「そうだよ! もう一ヶ月だよ、寂しかった!」
六月に入ったあたりから、ゲーム内外含めてメイリと顔を合わせて居なかった気がする。
「実家の都合でログイン出来なかったんだよねー」
「まさかお祖母ちゃんがあんな長期間滞在するとは思わなかったのよ……」
何やらひどく疲れた様子のため、複雑な家庭事情が垣間見えた気がした。
「メイリのお祖母ちゃん、VR技術嫌いだからねー……」
ミィのつぶやきを受けて何となく理解した。たまにいるのだ、世間体、精神面、肉体面やら様々な理由で仮想現実にダイブする技術を危険視する人間が。カタログスペックでは安全が担保されているけど、過去の技術とは一線を画す超技術であることには変わりない。不安を抱く気持ちはわからないでもないので、何とも言えない。
とはいえ不安に思っても遊びたがる人の数は減らないだろう。そんな不安すら払拭してしまう魅力があるのも事実なのである。
「げんき、だして」
「出た、すごく元気でた」
軽く慰めようと頭を撫でるとコンマほどの間すら置かずに復活しやがった、早すぎだ。
挨拶代わりにじゃれあっていると、アラームを鳴らしながら僕の足元に小さな魔法陣が現れた。中から真っ白くてぷるぷるとした触感の、サッカーボール大の生き物が飛び出してくる。ペットの白ゼリット、兎五郎くんだ。
「っと」
飛び込んできた兎五郎をしっかりと抱きとめる、うちに来た当時と比べると随分と成長したものである。大きくはなっても可愛さは変わらず、ひんやりとしたゼリーの質感で抱き心地も抜群だ。
ペットは休眠状態になっていないとログインして五分ほどで自動的に召喚される仕組みになっている。そういえば昨日、眠気に負けて休眠にするのを忘れて落ちちゃったような気がする。踊る音符のエフェクトを出しながら腕の中に収まった兎五郎を撫でる。
「なんか、前に見た時より大きくなってない?」
「進化したんだよねー」
六月まではまだ手のひらサイズだったから、メイリの記憶もそこでストップしているのだろう。ミィの言うとおり、少し前にこの子は進化してしまったのだ。ペットの育成システムが実装されてから半年近くかけての成長だった。
他の子達はとっくに角が生えたり火が吹けるようになったりして、戦闘にもバリバリ参加できるというのに。まぁ、役に立たなくても我が子が一番可愛いのだけど。
「あ、そだ」
ほのぼのと会話をしていて本来の目的を忘れるところだった。丁度よく女性だけが居合わせたことだし、協力をお願いしてみようかな。
「ふたり、じかん、ある?」
「大丈夫だよー」
「大丈夫! 今日は大丈夫!」
メイリのテンションが高いのが怖いけど、お願いして大丈夫だろうか。ま、まぁ何だかんだで常識はあるしきっと大丈夫だと信じたい。
「みずぎ、さがすの、てつだって、ほしい」
「全力を尽くすわ」
欠片も迷いのない、その真っ直ぐなメイリの瞳を受けて、僕はちょっとだけ後悔をした。
□
「サンちゃんの水着だもの、気合入れて探さないと」
「ついでだから私も水着欲しいなー、サンちゃんはどんなのが欲しい?」
狩りよりもやる気を漲らせるメイリの背中を見ながら、ミィと手をつないで遺跡の道を歩いて行く。ここでは実用品しか扱っていないから、水着なんかを探すには人の出入りが多い大都市へ向かわないといけない。
目的地は全てのプレイヤーが最初に降り立つ街にして、今や経済の中心となりつつある大都市の≪エスカ≫だ。一時期は人口の減ったエスカだけど、一瞬で街から街へ移動できる課金アイテムの翼の魔石に続く新システム、『スカイゲート』の登場によって一気に盛り返した。
ひとつ一〇円前後するが一度行った街にどこからでも自由に転移できるのが翼の魔石。
対して『スカイゲート』は各街のターミナルに設置され、つながった別の街へと一瞬で移動できる施設だ。この門の登場によって飛行船は完全に遊覧用の立ち位置に収まった。その代わり飛行船でのみ遭遇するレアモンスターやボスも居たりして、一応の住み分けはできている。
急造された雰囲気の漂うエピリフのゲートをくぐり、エスカへと移動する。
何度も訪れ、すっかり見慣れた街並みに目を細めながらメインストリートを歩く。かつては露店でひしめき合っていた道は、今は通行人しか見受けられない。
何故ならプレイヤーがゲーム内マネーで借りられる、テナント機能を有した巨大な建物が建造されてしまったからだ。古参プレイヤーは寂しがっている人もいるけど、職人はこの仕様を諸手を上げ歓迎した。
「デパートでいいよね」
「だねー」
建物は通称『デパート』、非常に解りやすい呼称である。五階建ての巨大モールの中、目的地となるエリアは三階にある。
「わ」
夏イベの発表を受けてレイアウトを夏模様に変えられた店舗が並ぶフロアは、今や女性プレイヤー達の戦場と化していた。
あっちを見てもこっちを見ても、女性プレイヤーの姿ばかり。中には鼻の下を伸ばした男性プレイヤーも混ざっているけど、迷い込んだ人たちは居心地悪そうに退散していっている。
サーバー中の女性プレイヤーが集まっていると言われても信じてしまいそうだ。
「すっごい人だねー」
「こんなに女性プレイヤー、居たのね……」
さすがのメイリ、ミィも呆れ顔である。……ってぼんやりしてたら見て回ることも出来なくなりそうだ。ミィの手を引いて適当な店舗へ行こうと催促する。
「あ、そうだねー、行こー」
「……なんか腑に落ちないんだけど」
ミィと繋いだ手をじっとみつめる猛獣の視線を受けながら、僕たちは適当な店へと足を運ぶのだった。
□
「にゃにゃにゃ! 見覚えのある白い子にゃ!」
どこかで聞いたような特徴のある口調だ。水着を物色するのを止めて視線を向ける。
金色の長髪に青い瞳、白い猫耳をピコピコと動かしているローブ姿の女性が僕を見下ろしていた。ばっちりと見覚えがある。兎五郎を貰った時の戦場イベントに初めて出会った……そう、『一三代目聖天使猫姫』さんだ。
やたら長いけど、ここまで突き抜けると逆に名前を覚えてしまう不思議。
「おひさし、ぶりです」
「久しぶりにゃー、春のギルド対抗戦以来にゃ」
攻城戦の実装以降、プレイヤー対戦の種類も充実してきていた。その中のひとつにギルド単位でパーティを組んで団体戦を行うコンテンツが有る。
グングニルも一応前線を目指していたギルドだ。中核メンバーの進級以降は活動はまったりになっているが、今年の春まではそういった対人戦にも積極的に参加していた。
「あ、にゃーこさんだー、猫耳さわってもいいですかー?」
「ダメにゃ、乙女の不可侵領域にゃ!」
猫姫さんに気付いたミィが、にこにことしながら冗談を口にする。彼女のギルドと対戦で何度か戦う内に、うちのメンバーとも自然と交流が出来上がっていたので、面識があるのだ。
取り敢えず、猫姫さんがここにいることは不思議じゃないんだけど。それ以上に気になるのが、その。
「それ、きる、の?」
彼女のアバターは清楚系な感じなのに、手にあるのはこう、布地をゲームの倫理規定限界まで削減したV字の紐みたいな……なんていうんだっけ、これ。
と、とにかく。そんな社会に挑む心意気を形にしたような、ハードでロックな真紅の水着を持っていた。いくらゲーム内とはいえ、はっちゃけすぎなのでは……。
「あぁ、ちがうにゃ、これはmokeちゃんのにゃ」
「だから着ないつってんでしょ!」
陳列棚の向こうから顔を真っ赤にした赤髪の女性が飛び出してきて猫姫さんから水着を取り上げた。猫姫さんの所属する実力派ギルド、『猫耳学園』のマスターであるモケさんだ。真紅の左眼を隠す眼帯に赤いロングヘアー。黒い猫耳の毛がが興奮のせいか思いっきり逆立っている。
「全く、なんでこんなのばっかり選ぶのよ!」
「えー、でもきっと似合うにゃ」
ぐちぐちと文句を口にするモケさんの肩を、猫姫さんはからかうように叩く。……たぶん、普段からへそ出し足出しの女海賊ルックをしてるから弄られてるんだろう。
「あたしのはいいのよ普通で! ていうか、ロリコン魔導師んとこのお姫様じゃない」
「おひさし、ぶりです」
飛び出した色々と突っ込みどころのある呼称をまるっとするーして軽く会釈する。悪い人じゃないんだけど結構口が悪い。
「そっちも水着探しにゃ?」
「そうだよー、可愛い水着着てお兄ちゃんに褒めてもらいたいんだってー」
「!?」
ミィの言葉に顔が赤くなるのを感じる、いや、たしかにそのとおりだけど、そうなんだけど!
ずっと味方だと思っていた友人のまさかの裏切りに、愕然とした気持ちを隠しきれずミィを見上げる。信じていたのに、時たま飛び出すその毒とSっ気は僕には向かわないって信じていたのに。
「おぉー! 面白そうにゃ! 手伝うにゃ」
「はぁ、何……いやうんそうね、ここで会ったのも何かの縁だし付き合うわよ!」
目を輝かせる猫姫さんを見て、モケさんが呆れた表情を浮かべたのは一瞬だった。僕が口を挟む隙もなく手のひらを回転させたモケさんは、見事に猫の毒牙を避けきって見せたのだ。僕という生贄を盾にして。
「――――」
あぁ、やばい動揺してるせいか声がでない。くそっ、落ち着いてる時なら流暢に喋れるがリハビリは完了していないのだ。まずいまずいまずい、このままでは彼女たちの玩具確定である。
最悪なことに、ここには様々な種類の水着が存在している。このままでは何を着せられるかわかったものじゃない。
「そうと決まればどの路線でいくかだにゃー」
「セクシーなのは似合わないから、可愛いのかなー」
「そうか、意外と色っぽいもいけるかもしれないぞ」
攻勢に回ったモケさんがニタニタと笑いながら、猫姫さんから奪ったV字の紐を弄んでいる。怯える幼子になんて表情を見せるんだ。僕がいったい何をしたと言うのだ、過去の対抗戦で戦闘中に弓でヘッドショットかましまくった事を根に持ってるのだろうか。
「いやいや、流石に犯罪臭がやばすぎるにゃ」
「フリルのないかなー、サンちゃんはどんなのがいいー?」
「いや、いけるいける、いけるってこれ」
い、いやだ、あんなV字の紐はいやだ! きせかえ人形も嫌だ!
「ちょっと、何やってるのよ」
迫り来るモケさんを救世主の声が引き止めた。僕に似合う水着を探してくると、喜び勇んで飛び出していったメイリが戻ってきたのだ。この時ばかりは、メイリのことが白馬に乗った騎士にすら見えた。栄司の次にカッコイイ。
「メイリおかえりー」
「白い子のコーディネートの相談にゃ」
「衣装合わせ」
「ちょっと……」
いつもどおりのミィと、簡潔に答えるモケさんと猫姫さん。それを聞いたメイリは深くため息をつきながら、漁ってきたらしい試着用デザインの水着を取り出した。色とりどりで可愛らしい、小さな子が着るとよく似合いそうな水着ばかりを。
「私を除け者にして、そんな事していいと思ってるの!?」
僕はさ、知ってたんだ。
救世主なんて――居ないってことは。